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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編(結婚後)
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ユディタ

今回はユディタ視点です。





 レドヴィナ王国の宰相であるバシュタ公爵の次女ユディタは、1年半ぶりに母国に帰ってきていた。



 別に家出していたとか、他国に嫁いだとかそう言うことではない。仕事だ。仕事でちょっと外国まで行っていたのだ。ちょっとじゃないけど。


 ユディタは外交官である。もともと人当たりがいい性格だし、しかも、レドヴィナの女王候補であったこともある。つまり、外交を行う人物としてはいろいろ都合が良いということだ。


 王族のいないレドヴィナでは、女王、そして女王候補、八つの大公・公爵家が王族の代わりに敬意を払われる。と言っても、女王候補は女王になれなければすぐに嫁いでしまうものが多い。仲の良かったイザベラなどがそうだ。


 さらにもう1人。ユディタが「あ、こいつ結婚できないかも」と思った元女王候補仲間が結婚したらしい。その情報を入手したのは、ユディタがレドヴィナに帰国した後だった。どうやら結婚式の招待状も来ていたらしいが、帰国していなかったので受け取れなかったのだ。



 何となく、父が自分に送り忘れたのではないかと思ったが、そこはツッコまないことにした。肯定されたらため息をつくしかない。



「そんなわけでただいま」

「あら、お帰りなさい。相変わらず男装なのね」


 宮殿への入り口で女王エリシュカに遭遇したユディタは軽い調子で声をかけた。エリシュカはツッコミを入れるようなことはせず、ふんわりと微笑んでユディタに声をかけた。ユディタは貴族の男性が着るような服を着ており、一般的な貴族女性の恰好ではなかったのだ。まあ、正装ではあるので、咎められる恰好ではないのだが。


「もう少し早く帰ってくれば、ウルシュラの結婚式に出られたのに」

「そうみたいだね……っていうか、エリシュカ。今、議会の時間じゃないの?」


 4月に入ったため、春期議会が始まっているはずだ。女王が出席するのは貴族議会だが、その貴族議会は午前中に行われる。午前だけで足りなければ午後にまで延びることもあるが、たいてい午前中で終了だ。



 そして、現在午前11時。



 これはどうやっても議会に間に合わないだろう……。ユディタはエリシュカと並んで宮殿内を歩きつつ、そう思った。


「王都郊外の農村まで視察に行っていたの。昨日帰る予定だったんだけど、街道で馬車の衝突事故が起こっちゃって。夜は危ないから、今朝方出発したのよ」

「なるほど」


 つまり、村に一泊したということか。その村の人、かわいそうに。まさか女王が泊まることになるとは思わなかっただろう。


 出発が遅れたうえに、エリシュカは馬車酔いすることがある。必ずではないが、特に疲れていると馬車酔いしやすいらしい。だから、できるだけゆっくり来たのだろう。



「あ、ちなみに彼がウルシュラの旦那さん。カラフィアート公爵の三男のエルヴィーン」



 紹介された近衛の騎士がユディタに向かって軽く頭を下げた。「あ、どうも」と自分も頭を下げた後、ユディタはツッコミを入れた。


「って、新婚の男を連れて行ったの?」


 ウルシュラが結婚してからまだそんなに間がないはずだ。仕事で夫婦を離れ離れにしてどーする。


「ウルシュラが連れて行ってもいいって言ったんだもの。そもそも、泊まるとは思わなかったし……」


 エリシュカが頬に手を当てて邪気なさげに笑った。それはそうだが、そう言う問題ではないような気もした。








 いったんエリシュカと別れたユディタだが、午後になってから女王の執務室へと向かった。宰相バシュタ公爵の娘であるユディタを止める者はいない。むしろ、みんな避けていく。


 女王の執務室には、宰相の父がいた。


「む。来ていたのか」


 父バシュタ公爵はユディタを見て表情を変えずにそう言った。


「まあね。私も一応国の役人なんだよ。知ってた?」


 呼び戻されたからには、おそらく配属替えはあるだろうが、役人であることに変わりはない。


「それで、これが簡単な報告書。こっちは土産」


 ユディタは右手に持っていた報告書の束と、左手に持っていた箱をエリシュカの机に置いた。エリシュカは「まあ、ありがとう」と微笑む。


 エリシュカが報告書に目を通しているときにウルシュラがやってきた。


「あらユディ。お帰りなさい」

「うん。ただいま。式に出られなくてすまないね」

「何となく原因はわかるからいいわ」


 副宰相ウルシュラがちらっと宰相を見た。宰相、視線をそらす。


 うん。やっぱり、バシュタ公爵が娘に招待状を送るのを忘れたらしい。ユディタの父は居心地悪そうに一礼すると執務室を出ていった。


「エリシュカもお帰り。もう少し早く帰ってきてほしかったわね」

「ごめんなさい。昨夜はよく眠れた?」

「眠れるわけないでしょ。女王がいないおかげで、決済が滞って、私と宰相は泊まり込んだわよ」

「ええっと。お疲れ様?」

「どうも。これ議事録。こっちは決済待ち書類」


 バシュタ公爵が置いたであろう決済待ち書類の上に、ウルシュラは無情にもさらに書類を置いた。どん、と言う音が聞こえそうなほどの量がある。


 と言うか、これを1人で決済待ちまで仕上げたウルシュラの能力がすごい。


「安心しなさい。案件ごとに分けてあるわ」


 ウルシュラがニコッと笑った。これは、いつもウルシュラがエリシュカに振り回されていることへの意趣返しなのだろうか。


「ところでウルシュラ」

「ん?」


 ため息をつきながら書類に目を通しているエリシュカの目の前に腕を組んで仁王立ちしていたウルシュラは、ユディタに声をかけられて彼女を見上げた。そう。ユディタはウルシュラよりも背が高いのである。


 ウルシュラもかなりの長身だが、ユディタはさらに背が高い。2人が女性たちの中に混じっていると、2人だけ頭が飛び出ている状態になるというわけだ。


「眼鏡はどうしたの?」


 1年半前、当時教育省長官だったウルシュラは、眼鏡に髪はひっつめ、どこの未亡人だと思うような濃い色のかっちりしたドレスを着ていたと記憶している。女王候補時代は眼鏡はかけていなかったので今まで気付かなかったが、今の彼女は眼鏡をかけていなかった。


 ユディタの問いを正確に理解した彼女はさらっと言った。


「割れたわ」


「髪は?」


「切った」


「ドレスは?」


「着てるでしょ」


「……」


 相変わらずの彼女の様子に、ユディタは苦笑を浮かべた。原因ははっきりしているのだが、大公位をついでから、ウルシュラはかたくなでひねくれている。


 ユディタはもう一度彼女の全身をざっと見る。やっぱり眼鏡はなし。長かった黒髪は胸元までになっており、ハーフアップにしてバレッタでまとめている。ドレスは相変わらず襟がある濃い青のものだが、袖や裾に明るい色をあしらっているので、未亡人っぽくは見えない。


「ウルシュラ、眼鏡割ったの2回目じゃない?」


 書類に目を通しながらエリシュカが言った。つーか、割ったの初めてじゃないのか。


「今朝方踏んで割ったのは私だけど、その前に割ったのはあの男だわ」


 と、ウルシュラは自分の旦那を指さした。やたらときれいな顔立ちをしたウルシュラの夫は周囲の視線を浴びつつも顔色を変えなかった。


「……じゃあ髪は?」

「切った」

「いや、なんで?」

「……イメチェン?」


 その言い訳は苦しいと思う。ドレスの趣旨替えもイメチェンで乗り切られた。「結婚したから?」と尋ねるとヒールで足を踏まれた。



「あら、かわいいわね」


 ユディタが持ってきたお土産の箱を開けたエリシュカが、中から髪飾りを取り出して言った。エリシュカは金髪なので、色は銀を選んだ。柔らかな光を放つサファイアがあしらわれている。まるで男性が女性に渡すプレゼントのような土産であった……。


「気に入ってもらえたならよかったよ。ウルシュラにもお土産はあるよ。取り上げられたけど」

「……取り上げられたって、何を持ってきたのよ」

「剣」

「……」


 ユディタとウルシュラは同じ剣の師に師事した兄弟弟子である。年は十歳離れているので、修業期間はかぶっていないが、結婚する気のなかったユディタは、剣の指導を手伝うこともあった。そのため、女王教育以前からウルシュラとは面識があった。



 師によると、ユディタとウルシュラは師が教えた中で最も出来のいい弟子だったらしい。



「そんなもの持ってきたら、宮殿に入るときに取り上げられるのは当然だわ」


 ウルシュラが呆れた調子で言った。当たり前だが、宮殿内では許可されたものしか帯剣することができない。ユディタが宮殿に剣を持ち込めないのは当たり前だ。許可があるものは近衛や軍の上層部で、フィアラ大公であり副宰相でもあるウルシュラすら、宮殿内で剣を持つことはできない。


 しかし、ウルシュラは力は弱いとはいえ魔術師であり、宮殿の出入りには別の許可が必要であった。


「あなたたちの師って、ヴィクトリエ様よね。お元気?」


 エリシュカの何気ない言葉に最も反応したのは、ウルシュラの夫の隣に立っていた護衛だった。


「え!? ヴィクトリエって、あの伝説の!?」

「……ついに伝説になったか、叔母上」


 ユディタとウルシュラの剣の師は、ユディタの叔母ヴィクトリエである。ヴィクトリエはユディタの父、バシュタ公爵の妹である。そして、先代女王、シルヴィエと同期の女王候補であった。


 先代女王シルヴィエにも、1人で10人を斬り殺したとか、様々な伝説があるが、ヴィクトリエの逸話もまたすごい。腹を空かせた一匹狼に果物ナイフで勝った、と言うのがユディタが覚えている中で最もすさまじい話だと思っている。


 そんな叔母は未婚で、現在旅と言う名の武者修行に出ている。年齢は50前後だったと思うのだが、元気である。


「ちなみに、ラディムはどんな伝説を聞いたの?」


 いつの間にかウルシュラが入れていた紅茶を受け取りながらエリシュカが尋ねた。ユディタもいただく。話をふられた護衛は「えっと」と言う。


「俺が聞いたのは、自分ちの領地に出る盗賊団を一夜で壊滅させたっていうやつです」

「ああ、それは本当。だけど、あの時はシルヴィエ様も一緒だったらしいよ」

「それ、女王即位前よね?」

「もちろん」


 ウルシュラはほっとした様子を見せたが、女2人で盗賊団を壊滅させた事実が変わるわけではない。他にも、大理石を一刀両断したとか、浮気性の友人に制裁を加えたとか、いろいろな話がある。


「と言うわけでウルシュラ。今日帰るとき、お土産の剣を受け取ってから帰ってね。ハルディナ侯爵に預けてあるから」


 ハルディナ侯爵は軍務省長官だ。ウルシュラが唇の端をぴくぴくさせて、「なんでハルディナ侯爵に預けるのよ」とつぶやいた。それを見て、エリシュカがくすくす笑っている。楽しそうなのはいいが、山積みの書類は何とかした方がいいと思う。









 なんだかんだ言いつつ、取りに行くのがウルシュラだ。昨夜泊りがけだったためか早めに解放されたらしいウルシュラが、夫とともに軍務省の受付にやってきた。


「ユディ。外務省にいるんじゃないの?」

「副宰相の仕事が終わったって聞いたから駆けつけたの。はい、これ」


 包装も何もなし。銀色の細身の剣を、ユディタは手渡した。これが、宮殿に入るときに取り上げられたお土産の剣だ。ちなみに、軍務省の受け付けは城の中央玄関に存在している。宮殿を護るのはおもに近衛騎士であるが、軍務省も不審者検挙に協力している問いことだ。まあ、この受付は主に不審物の回収、保管を行っているのだが。


 さすがに鞘から抜くわけにもいかなかったが、ウルシュラはユディタに渡された剣を眺め、「いい剣ね」と微笑んだ。



「大事にするわ。たぶんね」



 そう言いながらも大切にするのがウルシュラと言う女である。ユディタは「それはうれしいね」とウルシュラの頭をなでた。ウルシュラは少し不服そうな表情になる。


「やめてよ。小さな子供じゃないんだから」

「ごめんごめん」


 仲間内で最も頭がよく、現在では副宰相のウルシュラであるが、彼女を幼いころから知っているユディタにしてみれば、いつまでたっても手のかかる妹弟子なのだ。


「じゃあ、おやすみ」

「ええ。よい夢を」


 剣を抱えたままウルシュラが手を振った。護衛のサガか、何も言わずにウルシュラを待っていた彼女の夫がユディタに軽く頭を下げると、ウルシュラの肩に手をまわした。自然なそのしぐさに、ウルシュラがびくっとした。ユディタはニヤニヤする。


「かわいいねぇ」


 背後から「ちっ」という舌打ちが聞こえ、ユディタは受付の青年を見た。おそらく、恋人がいないのだろうな、と察してユディタがもう一度ウルシュラたちの方を見ると、何と2人は宮殿の玄関先でキスをしていた。


 再び、受付の青年の舌打ち。ついでに怨念のこもった視線が新婚夫婦に向けられる。ユディタは苦笑した。




 頑張れ、青年。そのうちいい縁があるよ。……たぶんね。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ユディタも元女王候補仲間。未婚です。ちなみに、ウルシュラの10歳年上なので、現在32歳の美女です。

最後の方、ウルシュラとエルヴィーンをいちゃつかせてみた……かな。それにしても、エルヴィーンは相変わらず名前が出てませんね。きっと、ユディタの中では、エルヴィーンは「ウルシュラの夫」で登録されていると思います。

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