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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編(結婚後)
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イザベラ

番外編(結婚後)です。

元女王候補仲間のイザベラ視点です。







 イザベラは友人が結婚すると聞いて王都に戻ってきた。現在はナーヴラト伯爵子息に嫁いでいるイザベラだが、出身はヴェセルスキー公爵家だった。つまり、先代女王シルヴィエの姪であり、現女王エリシュカと同世代の女王候補であった。


 とはいえ、結婚するのは女王ではなく、同じく元女王候補のフィアラ大公ウルシュラだった。やはり同期の女王候補であったバシュタ公爵令嬢ユディタの次に結婚しなさそうな女が結婚するとは! 招待状を受け取ったイザベラは驚愕したものである。


 ちなみに、友達が結婚するから王都に行く、と言う手紙を父ヴェセルスキー公爵に出したら、その妹である先代女王シルヴィエに伝わり、先代女王が結婚式に出る、と言い出したというハプニングがあった。


 レドヴィナの筆頭貴族と言っていいフィアラ大公の結婚式にしては小さな式だったが、それが彼女らしいとも思う。気づかないうちに増えていた列席者に、新郎新婦の顔は終始こわばっていたが。



 ふふふ、と思い出し笑いをしているイザベラに、通りすがりの官吏たちがびくっとなり、彼女に道を空けた。今、イザベラはレドヴィナ王都の宮殿に来ていた。


 もともと、イザベラは嫁ぎ先のナーヴラト伯爵家の領地にいることが多い。王都に出てくるのは、夏の社交シーズンくらいだ。このまま夏まで王都にいてもいいのだが、去年生まれた子供が心配なのでやはり帰ることにしたのである。


 さて、帰る前にあいさつくらいするか、とフィアラ大公邸に行ったのだが、ウルシュラもその夫も不在だと言われたのだ。どこに行ったのかと聞けば宮殿に上がったのだという。新婚3日目で2人とも仕事をするのか、と思った。会ったら本人に言ってやろう。


 先代女王の姪であるイザベラは、あっさりと宮殿に入ることができた。父であるヴェセルスキー公爵も教育省長官として宮廷に官職を得たので、余計に入りやすかったのかもしれない。ちなみに、父ヴェセルスキー公爵は副宰相になったフィアラ大公の後任の長官である。


 エリシュカ女王治世は3年目となるがこれまで副宰相は置かれていなかった。そのため、しばらく資料庫になっていたという副宰相室にたどり着くと、イザベラは警備の騎士ににっこり微笑んだ。ちなみに、宮殿の警備はすべからく近衛が担っている。


「フィアラ大公はいらっしゃるかしら」


 生真面目そうな警備の騎士は「ご在室です」と言うと、イザベラに用件を尋ねた。


「フィアラ大公にお会いしたいの。イザベラが尋ねてきた、と言えば分るはずよ」


 イザベラがそう言うと、中から「聞こえてるわよ。入っていいわよ」と言う声が聞こえた。イザベラは遠慮なく両開きの扉を開いて中に入った。



「こんにちは、ベラ。こんな状況で悪いわね。適当に書類は動かしていいわよ」

「こんにちは、ウルシュラ。突然邪魔して申し訳ないわ……と言うか、すごいわね」

「これでも片付いたんだけどね」



 ウルシュラはそう言って肩をすくめた。光沢のあるグレーのドレスを着た彼女は、手にも大量の資料を抱えていた。それを自分のデスクに置く。


 イザベラは空いているソファに腰かけた。おそらく、来客用の長椅子ソファなのだろうが、二脚のうち一脚は大量の資料本が乗っている。そのうち一冊を手に取り、イザベラは言った。


「神経質なあなたにしては珍しい現象よね。片付かないなんて」

「優先順位が低いからね。春からインフラ整備が始まったし……」

「そう言えば、道路の整備をしていたわね。あなたの管轄なの?」

「残念ながらね。おかげで結婚式前日まで宮殿に詰めてたしねー」


 あっけらかんとして彼女は言うが、そうだ。


「ていうか、あなた、新婚よね? なんで仕事してんの?」

「仕事が終わらないからに決まってるでしょ!」


 そう叫んだウルシュラは涙目だった。


 女王候補として、一緒に教育を受けていた時から、ウルシュラは優秀だった。女王候補の中で最もよくできたと言っていい。おそらく、彼女が女王候補を降りなければ、エリシュカが女王となることはなかっただろうと思うくらいには頭がよかった。


 とにかく、ウルシュラは処理能力が高い。そのせいか、家庭環境のせいかはわからないが、しばらくひねくれていた。しかし、だいぶ丸くなっている気がする。


「……まあ、エリシュカはああ見えて大雑把だもんね。まあ、女王ってそんなもんでしょ。ある意味、エリシュカは女王に向いていたのかもね」

「拝まれてるけどね」

「ああ……でも、拝みたくなる気持ちはわからないではないわ」


 女王エリシュカは聖女のような面差しをしている。腹の中はどうあれ、それはイザベラにもウルシュラにも否定することはできない。


「っていうかウルシュラ。客にお茶くらい出しなさいよ」

「はいはい。今出すわよ……。そもそもあなた、宮廷まで何しに来たのよ」

「新婚のあんたが屋敷にいなかったから、わざわざ来たんでしょうが。明日、領地に帰るわ」

「なるほど。それは悪かったわ。気を付けてね」


 さばさばとそう言いながら、ウルシュラはイザベラに紅茶を出した。ちなみに、テーブルも使えないので、ソーサーごと手に持った。それに気づいたウルシュラがテーブルの上を片づけ始める。


 紅茶に口をつけたイザベラは顔をしかめた。


「渋いわ」

「そりゃあ悪うございましたね」


 イザベラもウルシュラもずばずば言いたいことを言うので、2人の会話はとげとげしく聞こえる。もちろん、2人とも悪気はない。


「それで、ウルシュラ。結婚してどうよ?」

「どうって、どういうこと? こうして仕事に来ていることで察していただきたいのだけど」


 たぶん、結婚しないだろうなぁ、と思っていた友人が結婚したため、イザベラもちょっとテンションが上がっているらしい。仲の良かった五人のうち、結婚していたのはイザベラだけだった。そこにウルシュラと言う仲間が加わったのだ。


 あわよくば、ウルシュラからのろけ話でも引き出してやろうと思ったのだが、不発に終わり、イザベラはため息をついた。


 そこに、ノックがあった。ウルシュラは書類を読みながら「どうぞー」と入出許可を出す。


「あ、来客中だった? ごめん」

「いいわよ。気にしなくて」


 イザベラは入ってきた近衛騎士にひらひらと手を振った。彼もウルシュラの結婚式に参列していた。彼女の従弟のツィリルである。フィアラ大公家の血筋は、全体的に目つきがきついのだが、彼は例外的にやさしげな目元をしている。


「すみません、イザベラさん……ウルシュラ姉上。陛下が呼んでる」

「……今度は何の用よ?」

「インフラ整備の追加報告と、今年の官僚試験の詳細、あと、各省の予算案を早く出せだって」

「わかったわかった。今から行くわ。はい、これ持って」


 ウルシュラはちょうどいいとばかりにツィリルに大量の書類を持たせた。


「ベラも一緒に行く? 私と一緒なら手続きなしに女王に会えるわよ」


 ウルシュラは副宰相だ。彼女を越える権力を持つのは、女王と宰相くらいだろう。ウルシュラがフィアラ大公であることを考えると、彼女は22歳にしてかなりの権力を持っていることになる。そんなことを考えながら、イザベラはウルシュラについて行った。






「あら、ベラも一緒なのね。いらっしゃい」


 エリシュカは相変わらず聖女のような笑みを浮かべてイザベラたちを迎えた。ツィリルが女王の執務机に書類を置いた。


「インフラ関係と官僚試験関係と予算案ね。全部明後日の貴族議会に出すから、目ぇ通しといてよね」

「了解。わかってるわ。だから呼んだんだしね」


 エリシュカがニコッと笑った。ウルシュラは乾いた笑みを浮かべると、断りなく来客用ソファに座った。イザベラもちゃっかりそれに続く。


「ウルシュラ。ついでに近衛の再編成……」

「無理」

「即答! どうしてもだめ?」

「っていうかそれは女王の管轄でしょうが。私が手を加えていいわけ?」

「わたくしにやれと言われても、わからないんだけど……」

「エリシュカ。あまり無茶を言うと、ウルシュラが本気でクーデターを起こすわよ」


 イザベラが呆れてツッコミを入れると、ウルシュラ本人から「そんなことしないわよ」と言われた。


「しないの?」

「しないわ。たぶん、大公位を返還して領地に引きこもるか、自殺するわね」


 相変わらず、ウルシュラは微妙に後ろ向きらしい。


「……エリシュカ。この子なら本気でやりかねないから、あまりストレスかけちゃだめよ」


 たぶん、今の状況でウルシュラが国家中枢から姿を消せば、国は回らなくなるだろう。


「……善処するわ……エルヴィーン、ウルシュラの精神面はよろしく」


 エリシュカは意外とそう言うところがあるのだが、できる人にすべてを丸投げしてしまうところがある。今も、ウルシュラのことは彼女の旦那に丸投げした形になる。


 ウルシュラの夫となったエルヴィーンはやたらときれいな顔立ちをしていた。ウルシュラも美人なので並ぶとお似合いである。しかし、彼もなかなかに変人であるようだ。



「わかりました。そうなったら、彼女を連れて逃げることにします」



「……」


「……」


「……」


「……大丈夫よ。逃げるなら、やること全部終えてから逃げるから」



 いや、そうじゃないだろ、ウルシュラ。あんたの夫の言葉にツッコミを入れなさいよ。



 イザベラはそう思わないでもなかったが、言葉には出さなかった。いや、出せなかった。冗談だろうが、冗談に聞こえないのである。


「ねぇ、エルヴィーン。あなた、ウルシュラに感化されてない? 気のせいかしら?」

「いえ。ただ、優先順位の最上位にウルシュラが来ただけです」


 しれっとした調子でエルヴィーンが答えている。質問したエリシュカはあっけにとられたように、「ああ、そうなの……」とうなずいた。ちなみに、今までの最上位は誰だったのだろうか。


 イザベラは向かい側に座っているウルシュラに向かって言った。


「あなたたち、確かに新婚なのね」


 そう? と首を傾げたウルシュラもしれっとしている。


 2人ともいちゃついている雰囲気はないのに、どことなく空気が甘いのはなぜだろう。2人とも自覚がないのが最も恐ろしい……。



 何となく安心すると同時に馬鹿らしくなったイザベラは、本当に翌日、領地へ帰った。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


はじめは、エルヴィーンとウルシュラがいちゃついてるやつを書いてやろう、と思ったのですが、この2人がいちゃついてるところが想像できないことに気が付きました。なんということ!

でもせっかくなので、砂糖とか砂とは吐きそうになりながら書いてみようかな、と思います。期待しないで待っていてください。


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