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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
過去編
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赤のリベリオン【1】

今日からしばらく過去編です。

ウルシュラ視点になります。




 社交界シーズンが終わり、秋が深まるころ。ウルシュラが父の墓参りに行くと、すでに先客がいた。ウルシュラはその姿を見てわずかに目を見開く。


「エリシュカ」

「あら、ウルシュラ。墓参り?」

「……ええ」


 ウルシュラの父、先代フィアラ大公アルノシュトは先代女王に対する反乱を起こし、娘ウルシュラに討伐された……そう言われている。この場合、あまり真実は重要ではない。重要なのは、父が謀反を起こしたという事実だ。


 フィアラ大公家には立派な墓がある。しかし、父はその墓に入っていない。フィアラ大公を継いだウルシュラが認めなかったからだ。そのため、父の墓は、フィアラ大公家の墓から少し離れたところにちんまりと建てられている。母の遺体も、父の隣で眠っている。


 本当は、母だけでもフィアラ大公家の墓に収めようかと思った。母は、隣国であるスヴェトラーナ帝国の皇女なのだ。だが、ウルシュラは彼女を、『謀反人の夫に順じた妻』として扱った。その方が帝国側に事情を説明するのが楽だった、と言うのもある。


 そして、夫に順じた、という部分は間違っていないのだと思う。


 ウルシュラはもっていたフィアラ大公家の家紋にも使われているカサブランカの花束を供えた。少しだけ祈るポーズをとり、エリシュカを見ると、彼女は優しげな表情でウルシュラを見ていた。


「ウルシュラ。あなたの結婚式のブーケはカサブランカで作りましょうね」

「……何の話をしているのよ」


 女王命令でカラフィアート公爵家の三男とお見合いをしたウルシュラは、その返事を保留としている。身分的にはウルシュラの方が上なので、相手は返事を待つしかない。


 何が言いたいかと言うと、婚約者(候補)はいれど、エリシュカは少し気が早すぎだということだ。


 確かにカサブランカは結婚式のブーケなどにもよくつかわれる花だが、ウルシュラはフィアラ大公家の家紋の花だから持ってきたのである。ちなみに、エリシュカが持ってきたスターチスは、彼女の生家であるソウシェク大公家の家紋として使用されている。


「もう。素直になればいいのに」


 からかいの混じったエリシュカの言葉に、ウルシュラは思わずため息をつきそうになる。女王であるエリシュカは、愛だの恋だの結婚だのをしないだろう。別にしてもいいのだが、エリシュカの性格上、それはない気がした。


 だから、彼女は、彼女が妹のようにかわいがるウルシュラで、その疑似体験をして楽しんでいるのだ。少なくとも、ウルシュラはそう認識していた。


「っていうか、あなた、護衛は? 1人なの?」


 いくら貴族の墓が集まった場所とはいえ、女王が1人で行動など、ありえない。それに関してはウルシュラも人のことは言えないのだが、とりあえず今は棚に上げておく。


「さすがに護衛はついてきてるわよ。どっかから見てるんじゃない?」

「……それはそうよね」


 1人で王都をふらふらするウルシュラにすら、影ながら護衛がついているのだ。エリシュカについていなかったら何かの間違いのような気はする。


「彼がいるかもしれないから、期待した?」

「……エリシュカ。さすがに私も怒るわよ」

「あら、やめてちょうだい。あなたが怒ると怖いわ」


 ころころと笑ってエリシュカがそう言った。ウルシュラもつられて微笑む。わざとエリシュカが軽い口調で言ってくれているのがわかるから、ウルシュラもあまり深くは追及しなかった。





 俗に『赤の夜事件』と呼ばれる出来事から、3年が経っていた。







 △







 16歳のフィアラ大公令嬢ウルシュラは、女王候補として女王教育を受けることになった。


 レドヴィナ王国には、王家が存在しない。かつては存在したと言うが、現在は、八つある大公、公爵家の令嬢の中から1人を女王に選ぶ。女王選挙制を取っていた。ウルシュラは未来の女王候補と言うことだ。


 女王の任期は25年。治世残り3年の時点で、女王は次の女王候補の教育を開始する。大公、公爵家は娘を女王候補として教育させるわけだ。3年の研修期間ののち、国民たちに選挙で次の女王にふさわしい人間を決めてもらうのだ。


 女王になるには教養と民衆の支持がいる。人と言うのは意外と見ているもので、今のところ、選挙で選ばれた女王に「はずれ」はいない。


 今回集められた女王候補は全部で8人。25年ごとに女王候補が集められるため、八つの大公・公爵家すべてにちょうどよく年ごろの娘がいるわけではなく、実際、今回はカラフィアート公爵家から女王候補は出されていない。


 ちなみに、かつて、息子を娘と偽り女王候補に仕立て上げようとした愚か者がいたので、女王候補は全員、身体検査を受けることになっている。


 フィアラ大公令嬢ウルシュラ。


 ソウシェク大公令嬢エリシュカ。


 オルシャーク大公令嬢ジョフィエとマルツェラ。


 バシュタ公爵令嬢ユディタ。


 ニェメチェク公爵孫娘ミヒャエラ。


 ヴェセルスキー公爵令嬢イザベラ。


 ムシーレク公爵令嬢アレンカ。


 この8人が今回の女王候補である。オルシャーク大公家から2人出ている以外は、各一家1人だ。姉妹がいる家族もあるが、すでに結婚して相手の家に入っている場合もある。そう言う場合は、女王候補になることができないのだ。



 とはいえ、今回の女王選挙はすでに結果が決まっている、と言われていた。おそらく、次の女王はウルシュラである。そう言われていた。



 これはウルシュラの出自に関係がある。フィアラ大公家は筆頭貴族であるのだが、それ以上に、先代の女王の一族として有名だ。ウルシュラの父、現在のフィアラ大公は先代女王ヘルミーナの息子であり、ウルシュラはヘルミーナの孫になる。さらに、ウルシュラの母親は隣の大国、スヴェトラーナ帝国の第3皇女だった。


 先代女王ヘルミーナは、若干16歳で即位した、最年少の女王だった。しかし、その年齢で女王に選ばれただけあり、聡明で、そしてとても人気があった。そのため、次の女王はウルシュラだろう、と言われているのだ。


 そんな祖母の血を引いているからか、確かにウルシュラの聡明である。16歳と言えば、祖母が即位した年齢と同じだが、すでに法学者並みの法律の知識を持っており、洞察力にもすぐれていた。そんなに魔力は強くないが魔法も使え、剣も使える。文武両道と言っていいだろう。


 つまり、否定する材料がないのだ。何をやらせてもそつなくこなすし、悪いのは性格くらいだ。悪いといっても、ちょっとひねくれているくらいで、思春期の少女にはよくある話である。


 そんな思春期のちょっとひねくれたウルシュラは、同い年くらいの栗毛の少女の前に仁王立ちしていた。


「だから、早く帰りなさい。叔父上が心配してるわよ」

「帰らないわ! どうしてあなたが良くて、わたくしがダメなの!?」

「そりゃ、あなたがイルコフスキー男爵令嬢だからでしょうが。いくら先代女王の孫娘だろうが、あなたはフィアラ大公家の直系じゃないの。わかる? 女王の選出規範に、『女王候補は八つの大公・公爵家の直系の娘とする。ただし、他家に嫁ぎ、家から出たもの、大公・公爵家の血を引いていてもその家の出身を名乗れないものは除外する』となっているの。あなたはフィアラ大公令嬢を名乗れないんだから、しょうがないでしょ」

「でも、わたくしだっておばあ様の孫だわ!」

「それでも、法律に定められてるんだからダメなものはダメなのだ。どうしてもっていうなら、女王陛下に陳情しなさい」


 ウルシュラがバッサリと切り捨てると、少女は涙目になりつつも走り去っていった。ウルシュラはため息をつく。


「すみません。ウルシュラ様」

「いいえ。リビエナが迷惑をかけて申し訳ありませんわ」


 そう言うと、女王候補の座学講師、テプリー侯爵夫人は肩をすくめた。初めは彼女が対応していたのだが、手に負えなくなり、ウルシュラが呼ばれたのである。


 先ほどの栗毛の少女はイルコフスキー男爵令嬢リビエナだ。イルコフスキー男爵はウルシュラの父の弟なので、リビエナはウルシュラの従妹にあたる。年は彼女の方が一つ下。


 ウルシュラの父方の従妹と言うことは、リビエナも先代女王の孫娘だった。リビエナはそれが自慢で、本来なら男爵令嬢で女王候補になる資格はないのだが、こうして自分を女王候補にしろ、と押しかけてくるのだ。同じ先代女王の孫であるウルシュラへの対抗心もあると思われる。


 リビエナが、女王候補の教育が行われているレドヴィナ王国王都郊外のミゼラ城まで押しかけてくるのは、これで四度目である。そろそろ、リビエナの父に言って彼女に説教をしてもらおう。それでだめなら、祖母を召喚するしかないだろう。


「ありがとうございました、ウルシュラ様。次の講義は30分後から行いますので、そう皆さんに伝えてください」

「わかりました。失礼します」


 ウルシュラは型通りの礼を取ると、テプリー侯爵夫人と別れて女王候補たちの控室に向かった。


 女王候補の教育は毎日行われているわけではない。いわゆる週休二日で行われている。一週間のうち4日間は座学。座学はすべて、このミゼラ城で行われる。この城は女王候補教育のための城で、さほど大きくはない。


 そして、残り1日は実習である。実習と言っても、視察やマナー確認などが多い。マナーなどは、貴族の令嬢である彼女たちにはすでに当たり前となっているので、本当に確認の意味しかない。


 控室に戻ると、ウルシュラはまず言った。


「次の講義は30分後からだそうよ」


 はーい、と3名をのぞいて全員が返事をした。ウルシュラはすでに定位置となっているソファに腰かける。


「お疲れ様、ウルシュラ。あきらめて帰ってくれたかい?」

「一応はね。後で叔父に連絡を入れるつもり」

「それがいいかもね」

「それでだめなら、祖母を招喚するわ」

「……それは恐ろしいかもしれないね」


 そう言って、ウルシュラに話しかけてきた女性は苦笑した。彼女はバシュタ公爵令嬢ユディタ・バトルシークだ。年は26歳で、女王候補の中では最年長となる。これくらいの年だと結婚していることが多いのだが、ユディタは結婚する気がないらしく、こうして女王候補の教育を受けていた。ちなみに、彼女はウルシュラの剣の姉弟子である。


「どうしても教育を受けたいなら、伯母様のところに陳情しに行けばいいのに。その勇気がないから、ここに来るのよねぇ」


 さらっと毒舌を披露したのは、ヴェセルスキー公爵令嬢イザベラ・ハニーズディルだ。年は18歳で、ウルシュラより2歳年上になる。彼女の伯母は、現在のレドヴィナ女王シルヴィエの事である。彼女の父親が、シルヴィエ女王の兄なのだ。


「それも言ったわ。まあ、行かないでしょう」


 ウルシュラははっきりと言い切った。リビエナは怖がりなのだ。一人で十人を斬り殺したことがある、と言われるシルヴィエ女王だ。普通に考えて怖い。


「……鐘の音が、私を呼ぶの。ああ、どうして夕日は赤いの? どうしてあなたはそんなにも美しいの……」


 突然、マカロンを口にして微笑んでいた少女が訳の分からないことを言い出した。小柄な彼女は、女王候補の中で最年少の15歳。ニェメチェク公爵の孫娘でミヒャエラ・ハラトキーだ。彼女には芸術のセンスがあるのだが、そのせいか時々詩的な、わけのわからない発言をする。


 ちなみに、2年ほど前、彼女の兄とウルシュラは縁があったのだが、ウルシュラの方から断っていた。


「今度、夕日が赤い理由は調べておくわ」


 5人のうち最後の一人、ソウシェク大公エリシュカ・ハルヴァートがくすくすと笑って言った。年はイザベラと同い年で、18歳。ウルシュラは、エリシュカとは幼いころからの付き合いになる。エリシュカはウルシュラの親友を自称していた。


 かわいらしい少女たちのやり取りを微笑ましく眺めながら、ユディタがミヒャエラが食べたのと同じマカロンを口にした。


「ああ、確かにこのマカロンは美味しいね」

「確かに。どうやって作るのかしら」

「そこで、『どこで買えるのかしら』ってならないのがウルシュラよね」


 イザベラが苦笑してそう言った。普通の令嬢なら階に行くものだが、ウルシュラの趣味は菓子作りだった。


 ウルシュラの発言を聞いて、あからさまに鼻を鳴らして馬鹿にした令嬢がいた。仲良し五人組から少し離れて座っている3人の1人、オルシャーク大公令嬢ジョフィエ・ガイドシークである。年は24で、妹のマルツェラとは2歳違いになる。


 彼女は豪奢な金色の巻き毛を肩の後ろに流しながら言った。


「大公令嬢ともあろうあなたが、菓子作りですって? そんな下賤なことをなさっているなんて」


 基本的に、貴族の女性は厨房に立たない。ウルシュラの両親はあまりそう言ったことにうるさい人ではないので、ウルシュラは好き勝手しているのだが……。


「そんなことをしているなんて知られたら、女王候補の品位が疑われるわ。いっそ、女王候補をおやめになられたらどう?」


 と、これはムシーレク公爵令嬢アレンカ・セメラートだ。年は十九歳。どうやら、アレンカ、ジョフィエ、マルツェラは野心があるらしく、次の女王と噂されるウルシュラを敵視しているのだ。

 ウルシュラは、


「……」


 無言で彼女らを見つめた後に、エリシュカたちに言った。


「そろそろ講義が始まるわ。行きましょう。ミーシャ、いいからクッションはおきなさい」


 なぜかはよくわからないが、ウルシュラを慕ってくれているミヒャエラがクッションをアレンカたちに投げつけようとしていたので、あわてて止めるウルシュラだった。


「そうよ。ミーシャ。相手にするだけ無駄だわ」


 もともと性格のきついイザベラがそう言ってミヒャエラの手からクッションを奪い取った。「はいはい、行こうねー」とユディタがミヒャエラを連れて講義室に向かう。イザベラとウルシュラもそれに続いた。


 後から追ってきたエリシュカが、少し複雑そうな表情で言った。


「ウルシュラ。話し合ってみたら? 悪い人ではないと思うんだけど……」


 根が優しいエリシュカはそう言う。言動がきつい自覚のあるウルシュラははっきりと言った。


「無駄だわ。私の口調では、怒らせるだけだもの」


 イザベラほどではないが、はっきりものを言うウルシュラはプライドの高い人間を怒らせやすい。それをわかっているエリシュカも肩をすくめた。

「何とかならないの?」

「ならないから、これで16年生きてるのよ」

 直るなら、とっくに直している。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ツッコミ不在! ゆゆしき事態だ……。ちらっと出てきたミヒャエラはラディムの妹。少し電波です。

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