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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編
47/67

流星群










 4月初旬。フィアラ大公ウルシュラとカラフィアート打公爵の三男エルヴィーンの結婚式が執り行われた。式を行ったのは王都の小さな、しかし伝統ある神殿だ。


 ウルシュラが式は小さくていいと言ったのだ。一生に一度の結婚式くらい、本当に自分たちを祝ってくれる人だけを呼んでやりたい、と言った。


 彼女の気持ちはわからないではなかったし、式に関してはウルシュラに丸投げしていたエルヴィーンは特に反論しなかった。


 そんなわけで、レドヴィナで権勢を誇るフィアラ大公の結婚式にしてはこじんまりとした式になったが、当人たちが気にしていないので誰からもツッコミが入らなかった。と言っても、招待客は豪華で、女王エリシュカ、宰相のバシュタ公爵と春の異動で帰国していたその娘、エルヴィーンの父カラフィアート公爵、特例で王都に来た先代女王シルヴィエと先々代女王ヘルミーナ。式の間中、新郎新婦は微妙な表情だったが、それも仕方がないだろうと思えるような面子だった。












「って、よく考えたらあなたが招待したんじゃないか」

「おばあ様には招待状を出したけど、シルヴィエ様には出してないわ。たぶん、エリシュカが送ったのね……」



 自由だな、女王陛下。


 というか、勝手に招待客を増やされて文句を言わないウルシュラもウルシュラである。



 結婚式を終えたその夜。書類上は夫婦になった2人は、何故か外出の準備をしていた。ウルシュラは胸元まで伸びた黒髪を緩く束ね、乗馬服を着ている。


「笑えって言われた時のあなたの笑顔、引きつっていた」

「笑えって言われたのに笑わなかったあなたの方がひどいわよ」


 書類上夫婦になっても、エルヴィーンとウルシュラはこんな感じだった。


 2人はフィアラ大公邸を出発した。出発したといっても、行く場所は近くの公園だ。


 春先。去年の暮れにウルシュラと約束した流星群を見に行くのだ。たまたま、今日、明日にかけて一番流星群がはっきり見える日なのだ。


「引っ越し作業は明日か」

「結局、式までに終わらなかったものね」

「覚悟はしてたけどな」


 エルヴィーンは馬を操りながらため息をついた。夜中にゆっくり馬を歩かせている2人は、人々の眼にはさぞ奇異に映ったことだろう。



 当たり前だが、この結婚はエルヴィーンがフィアラ大公家に入ることになる。つまり、現在のエルヴィーンは、『エルヴィーン・ラシュトフカ』ではななく、『エルヴィーン・ヴァツィーク』だということになる。


 さほど距離が離れていないので、公園にはすぐについた。


 もともとウルシュラの訴えで見に来たのだから当たり前だが、彼女は機嫌よさそうに馬から降りた。


「やっぱりほかに明かりがない方が星がよく見えるわね」

「そりゃそうだな」


 馬を木につないで戻ってきたエルヴィーンは苦笑して答えた。王都では夜になると街灯がともされる。店から漏れる明かりもあるし、貴族街や宮殿などは昼夜明かりが途切れることがない。


 そのため、あまり天体観測には向かないのだ。まあ、エルヴィーンはずっと宮殿から天体観測をしていたが。


 そんなわけで、公園内には街灯がないのだが、星の明かりである程度は明るい。とりあえず、お互いの顔は確認できるくらいには視界が効く。


「お、今流れたぞ」

「え、嘘」


 たまたま空を見上げたら星が流れたのでそう言うと、ウルシュラも顔を上げた。


「ああ、ほら、また」

「どこ!?」

「……ウルシュラ、実はあんまり視力よくないな……」

「……あなたよりは悪いかもしれないわ」


 何となく含んだもののあるウルシュラの言葉だが、エルヴィーンはとりあえず受け流すことにした。書類仕事をしている彼女の視力が落ちるのは仕方のない話である。


 芝の上に上着を敷いてやると、ウルシュラは遠慮なくそれに寝転がって空を見上げた。こういうところ、本当に遠慮がない。


「あ、今流れた」

「流れ星に願い事をするとかなうらしいぞ」


 寝転んだウルシュラの隣に座り、空を見上げながら言うと、彼女はからからと笑った。


「そう言うジンクス、多いわよねー」


 みんな好きよね、と言うような口調でウルシュラは言った。


「あなたは何か願い事はないのか?」

「パッと思いつかないわね……まあ、もう少し生きていたいわ」

「なんだそれ」


 21歳……先日誕生日だったので、すでにウルシュラは22歳であるが、若い女性の言葉とは思えない発言であった。


「そういうエルヴィーンは何か願い事はないの?」


 自分がした質問をそのまま返され、エルヴィーンも押し黙った。改めて考えると、確かにない。


「……俺も思いつかないな。とりあえず、あなたの隣にいられればいいな」


 少しふざけたような口調でそう言うと、ウルシュラは「あら、うれしいわね」とこれまたふざけたような口調で言った。


 ウルシュラの手がエルヴィーンの手に触れた。思わず彼は彼女の方を見たが、彼女は空を見上げたままだった。エルヴィーンは彼女のほっそりした指に自分の指を絡ませると、再び空を見上げた。


 さすがは流星群と言おうか、しばらく空を見上げていれば、星が流れる。


 2人とも無言だった。横になっていると、気が付いたらウルシュラは寝ていることが多いので、時々彼女の様子を見ながら、エルヴィーンも空を眺めていた。


 しばらくして、ウルシュラの瞬きの回数が増えた。ついにむくっと起き上がる。


「帰るか?」

「帰る。眠い」


 即答だった。エルヴィーンの手を借りて立ち上がりなら、ウルシュラは「また見に来ましょうね」とのんきに微笑む。上着を拾い上げながら、エルヴィーンは尋ねた。


「馬に乗って帰れるか?」

「大丈夫よ。そんなに距離ないし」


 と言いながら、ウルシュラはあくびをかみ殺している。居眠りで落馬でもされたらシャレにならないのだが……。


 ふと思いつき、ウルシュラの手首をつかみ、頬に手を滑らせた。頬の手にウルシュラがくすぐったそうに身じろぐ。そのままどこか、とろん、とした眠そうな目をした彼女にキスをした。


「な、何っ……!」

「目が覚めただろ」

「覚めました! 覚めましたよ、もうっ」


 睨んでくるが、涙目なのであまり威力はない。エルヴィーンは苦笑した。


「続きは帰ってからだな」


 うろたえるウルシュラがかわいらしかったので、ついそう言ってからかってしまったが、その辺はウルシュラだ。うろたえながらも、「帰ったら寝るわよ」という返答が冷静にされた。


 エルヴィーンは、「そうだな」と苦笑して、彼女の頬をもう一度なでた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


とりあえず、当初計画していた番外編はここまでです。

次からは過去編を投稿していこうかと思っています。

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