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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編
45/67

副宰相になりました

珍しく、ウルシュラ視点です。








 年が明けて新年、1月5日。基本的に新年は3日まで、宮廷は休みである。4日に配置換えが発表され、引継ぎ作業が行われる。引継ぎに時間が必要な高官は、事前に配置換えが知らされるので、年末までに引継ぎ資料を作っておかなければならない。


 そして5日。副宰相に任命されたウルシュラは、宰相補佐官室に来ていた。もともと筆頭宰相補佐官であったフォジュト子爵が内務省長官に出世したため、現在、宰相補佐官をまとめる人物がいないのだ。と言うわけで、



「副宰相に任命されました、ウルシュラ・ヴァツィークです。筆頭補佐官が決まるまで宰相補佐のまとめ役をさせていただきます。よろしくお願いします」

「……」



 とりあえず無難なあいさつをしたウルシュラであるが、返ってきたのは彼女を値踏みするような視線だった。ポーカーフェイスを保っていたウルシュラの頬がひくっとひきつる。


 宰相補佐と言えばエリートである。レドヴィナにも官僚になるための試験が存在する。年に一度、夏場に行われることが多い。女王の戴冠も九月に行われているため、それに合わせているのだろう。


 宰相補佐はそんな試験を勝ち抜いてきたものばかりだ。ウルシュラの祖母である先々代女王ヘルミーナが官僚になるための国家試験を一新。女王も貴族すら介入できない、エリートのみを選抜する試験とした。勉強すれば平民も官職を得られるため、平民、それに女性も毎年何名か受験している。


 貴族に連なるものは、縁故で宮廷内に官職をもらうことが多い。ウルシュラもそうだ。フォジュト子爵は、貴族でありながら国家試験を受けている。結局、受からなかったようだが、それなりの成績であったらしく、補佐官の間ではそれなりに敬意を払われていた。


 しかし、ウルシュラはどうだろうか。父を殺し、爵位を奪ったとすら言われる彼女だ。自称・21歳の小娘であり、縁故により官職をいただいているウルシュラに、エリート意識の高い補佐官たちが従うとは思えなかった。



 配役ミスだよ、エリシュカ……。



 ウルシュラはそう思いながらも当座の指示を出していく。とりあえず、ののしるでもいいから反応が欲しいのだが、補佐官たちはやはりウルシュラを観察しているだけだ。


「……最後に言っておくけど」


 ウルシュラは一連の指示を出した後、そう付け足した。



「あなたたちがどう思おうと、私は女王陛下に副宰相に選ばれた。だから、私はその役目を自分の能力の及ぶかぎり務めるわ。その上で、私のことが気に食わないのなら、いつでも補佐官をやめていいし、私の解職要求をしてもいい。ただ、私が気に食わないからと言って、仕事を滞らせるのはやめて。そんなことをしたら、私はなんと言われようと補佐官を総入れ替えする」



 一瞬、ざわっとしたが、それはすぐに収まった。ウルシュラ自身がなんと言われようとかまわないが、ここにいるのは宰相補佐たちだ。レドヴィナ内政の中心である宰相を補佐する人たち。そんな彼らがウルシュラが気にくわないからと政務を滞らせるとは思えないが、一応釘を刺しておく。


 釘を刺されたからか彼らのプライドの為かはわからないが、政務が滞ることはなかった。ウルシュラは教育省に配属された時のように、急激な行政改革は行わなかった。宰相のバシュタ公爵と元筆頭補佐官のフォジュト子爵が無駄のない政治体制を作っていたからである。そう言う意味では、楽であった。


 しかし、筆頭補佐官が決まるまでと言う条件で補佐官たちのまとめ役についているウルシュラには、副宰相としての仕事もある。とりあえず、補佐官たちは一応、ウルシュラの言うことは聞いてくれる。問題は内務省であった。


 内務省長官には、慣例として八つある大公・公爵家の当主が任命されることが多い。実際に、前内務省長官はオルシャーク大公。その前はラディムの祖父ニェメチェク公爵が長官であった。


 しかし、今回配置されたのはフォジュト子爵だ。内務省の官吏は上流貴族の出身者が多く、新しく長官となったフォジュト子爵をあからさまに下に見ている。年齢の関係もあるかもしれない。もとは筆頭宰相補佐官であったとはいえ、フォジュト子爵はまだ28歳だ。


 対応が冷淡であるものの、仕事はしてくれる宰相補佐官たちとバシュタ公爵のおかげで国は回っているが、内務省の仕事は遅く、図らずもオルシャーク大公が有能であったことが証明される形となった。


 その内務省の遅い仕事の影響が副宰相であるウルシュラのもとにまでおよび、ついには補佐官たちから内務省を何とかしてくれ、と嘆願が来るようになった。ここまで約2週間。ウルシュラもいろいろと限界であった。







「もう無理! いろんな意味で限界!」


 ウルシュラはエリシュカの執務机にばさっと書類を乗せながら言った。今日の護衛のおなじみエルヴィーンとラディム、それにたまたま室内にいたフォジュト子爵がびくっとした。エリシュカとバシュタ公爵は眉一つ動かさなかった。


「まあ座って。お茶でもどうぞ」

「あらどうも!」


 ウルシュラはソファに腰かけ、自分でティーポットからカップにお茶を注いだ。ついでに、エリシュカの分も入れる。お茶を飲んでひとまず落ち着いたウルシュラは、最初に尋ねるべきだったことを尋ねた。


「それで、どうしてフォジュト子爵は正座してるの?」

「内務省をうまく統括できなくてごめんなさいってことらしいわ」

「……そう」


 エリシュカは笑顔で答えたが、ウルシュラは微妙な表情になった。フォジュト子爵はこんなに体を張るような人だっただろうか。


「フィアラ大公にも、申し訳なく」

「いや、それはいいから」


 何となく居心地が悪くなりつつ、ウルシュラは謝ってきたフォジュト子爵にそう言った。内務省が統括できないのはフォジュト子爵だけのせいではない。


「それで、ウルシュラはどうしたの? 内務省とは違って、うまくいってるんでしょう?」


 エリシュカはウルシュラが持ってきた書類に目を通しつつ言った。ウルシュラは持参してきた冊子にペンを走らせつつ、「まあね」と答えた。


「組織的にはよくできていると思うわ。補佐官たちはプライドが高いけど、私が気に入らないからって仕事をおろそかにしたりはしないし。居心地は悪いけどね」


 基本的に、ウルシュラは副宰相の執務室にいるが、どうしても宰相補佐官室に行く用事はある。本当は行きたくはない。


「まあ、これは私の日ごろの行いとかもあると思うし、別にいいんだけど……各省庁から書類が上がってこないわ」


 ウルシュラの手の中で、ベキッと音を立ててペンが折れた。


「すみません……」

「今日はついに嘆願書が届いたわ」

「本当にすみません……」


 ウルシュラは華麗に無視しているが、フォジュト子爵は平伏していた。遠い東の国に『ドゲザ』という文化があるらしいが、それに似ている。


 まあ、確かに内務省がもう少しうまく機能すれば、ウルシュラの負担が減るのだが……。


「と言うかウルシュラ。何を書いているの?」


 エリシュカの問いに、折れたペンを持ち替えながらウルシュラは答えた。


「前回の国家試験の問題を解いてるの。どんなものかと思って」

「なるほど。宰相補佐官には国家試験突破者が多いものね……とけた?」

「まだ全部は解いてないけど。パッと見た感じ、半分くらいはわかる」


 官僚国家試験の問題内容は多岐にわたる。通常の政治経済から法学、文化、歴史まで。女王候補であったウルシュラは一連の高度教育を受けてはいるが、やはり女王に求められるものと官僚に求められるものは違う。


 これだけの勉学を治めているのだ。試験を突破したエリートたちが、縁故で官職をもらった貴族たちが気に食わないのもわかる。しかし、そんな試験も突破していない縁故推挙の官吏たちが、爵位だけで人を下に見るのは間違っているだろう。


 間違っているからと言って、それが簡単に直るわけではない。だが、宣言した通りウルシュラはいろいろと限界であった。


「……私が内務省にテコ入れするのは越権行為かしら」


 低い声で尋ねるウルシュラに、エリシュカはからりと笑って答えた。


「副宰相だから、いいんじゃない?」

「落ち着いてください、陛下! ウルシュラ、あなたもだ!」


 初めはウルシュラの剣幕に引いていたエルヴィーンがついに口をはさんだ。だが。



「私は十分落ち着いてるわよ」



 静かにキレるタイプのウルシュラはそう言った。表面だけ見ていれば、ウルシュラは落ち着いて見えるはずだ。


「とりあえず、内務省の官吏に文句を言ってくるわ。フォジュト子爵、行きましょう」


 内務省長官を連れて行かなければ話にならないと、ウルシュラはフォジュト子爵に声をかけた。エリシュカがエルヴィーンに同行するように言った。槍過ぎそうだったら止めろとのお達しのようだが、激しく余計なお世話である。


 ちなみに、有能だがあまりやる気のない宰相は、黙々と隅の机で書類を片づけていた。









 そして、ウルシュラは本当に内務省に突撃訪問した。大きな音を立てて扉をあけ放ち、背後に内務省長官と女王の護衛をひきつれた副宰相が乱入してきたのを見て、官吏たちはぽかんとした。


「ちょっと言いたいんだけど」


 ウルシュラが低い声を出すと、官吏たちは動きを止めた。彼女の声が室内に響く。


「仕事は早めにあげてほしいんだけど。あなたたち、宮廷に官職を持った官吏よね? 余裕を持って仕事を終えることくらい、できるわよね。それと、上司が気にくわないんなら、嫌がらせじゃなくて真正面から訴えなさいよ。解職要求でもなんでもすればいいでしょ。する勇気がないなら女王陛下に嘆願書でも出しなさいよ」


 どこかで言ったようなことをもう一度いい、ウルシュラは言葉を切った。ざっと室内を見渡していると、近くにいた官吏から「お言葉ですが」と声がかかった。


「私たちには今までやってきたやり方があるんです。突然変えろと言われても困ります」

「そりゃそうでしょうね。でも、あなたたちが変えようという努力をしていないからでもあるでしょう? 世の中は動いているの。と言うことは、私たちも動かないとついて行けないのよ。その場にとどまるには、走り続けなければならないという言葉があるのを知らないの?」


 背後でエルヴィーンとフォジュト子爵が「何、それ」と言うようなつぶやきをしたような気がするが、今は無視。


 訳の分からないことを言いかえされた官吏はむっとした表情になる。フォジュト子爵の方を睨み、言う。


「しかし! 子爵家のものが内務省長官になるなど、慣例に反します!」

「慣例は慣例であって、決まりごとじゃないでしょうが! 頭堅いわね! 自分より身分が低い人間に従えないっつーなら官吏辞めろ! そんなくだらないプライドは捨ててしまえ!」

「ウルシュラ」


 エルヴィーンから注意が飛ぶ。ウルシュラはこほん、と一つ咳をしてから言った。


「とにかく、文句があるなら本人に言ってあげなさい! 嫌がらせで書類あげないとか、ホント迷惑! あと一週間この状況が続いたら、全員内務省から叩き出すわよ!」


 全員!? と驚きの声が上がる。当たり前だ。連帯責任である。


 内務省は官吏の花形だ。外されるのは嫌だろう。ダメそうなら教育省の官吏と総入れ替えしてやる! 今のウルシュラには、それだけの権力があるのだ。


 じゃあガンバレ。と無情にもフォジュト子爵を内務省に残したまま部屋を出たウルシュラは、言いたいことを言って少し機嫌がよかった。だが、結局ウルシュラの暴走を止めなかった(止められなかったともいう)エルヴィーンはため息をついた。


「言いすぎじゃないか。フォジュト子爵がちょっとかわいそうな状況になるぞ」

「大丈夫よ。彼、頭いいし」

「そう言う問題じゃないと思うが……まあいいか」


 最近、エルヴィーンはウルシュラの説得をあきらめることが多い。どうやら、大きな被害が出ない限りは好きにさせておいた方がいいと悟ったようだ。どう考えても、労力と結果が釣り合わないからだ。ウルシュラは、自分が頑固な自覚はあった。





 果たして、3日後には普通に余裕を持って書類が提出されるようになって喜んでいたウルシュラであるが、フォジュト子爵に「みんなにおびえた表情で見られます……」と沈んだ表情で言われ、さすがに少し反省した。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


珍しくウルシュラ視点で書かせていただきましたが、彼女視点は書きにくい……エルヴィーンは心の中でひたすらツッコミを入れてくれるので書きやすいです。


話の中でウルシュラが言っている「走り続けなければ、同じところにとどまることはできない」という言葉は、「不思議の国のアリス」のハートのクイーンが発した言葉だそうです。赤の女王仮説、という仮説も存在するらしいです。

興味のある人はググってみてください。

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