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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編
41/67

美術館





 珍しく、ウルシュラの方から誘いが来た。美術館に行きたいそうだ。はっきり言ってエルヴィーンは芸術がさっぱりわからないのだが、珍しく彼女の方から誘いが来たので、行くことにした。


 さすがに自分で誘ってきただけはあり、ウルシュラは楽しそうだった。はっきり言うと、その楽しそうなウルシュラを見ている方がエルヴィーンは楽しかった。それくらい、絵画はよくわからない。


 ことあるごとにウルシュラの横顔を眺めていたら、当人から苦情が来た。


「ちょっと。美術館に来てるんだから、私じゃなくて絵を眺めなさいよ」

「芸術はよくわからん」

「じゃあ何ならわかるのよ」

「天文学かな」

「……聞いた私が馬鹿だったわ……」


 ウルシュラが呆れた表情でエルヴィーンを見上げた。エルヴィーンはウルシュラのような天才ではないから、脳の容量に限界があるのだ。ウルシュラは広い知識があるくせに、深い知識もあるのだ。何なのだ、この女は……。


 わからない、と言われたからか、ウルシュラは展示されている絵について簡単に解説してくれた。


「これは300年くらい前のイグレシアの画家、セレドニオ・デル・レイが描いた宗教画。聖女クリスティーナをモデルにしているのね。ちなみに、本物の聖女クリスティーナは赤毛だったらしいわ」

「なるほど」


 ウルシュラ曰く、セレドニオ・デル・レイが描いたらしい聖女クリスティーナ像は金髪だった。


「こっちは抽象画ね。わりと最近の絵画だけど……カルナ王国出身のマリアンネ・エルヴァスティが描いた、こっちも聖女画だけど……これは魔法理論をもとに描かれているらしいわね。ちなみに、マリアンネ様は現在もご存命よ」

「……これはよくわからんな」

「大丈夫よ。抽象画は私もよくわからないわ」


 ウルシュラはそう言いながらも解説はできるらしい。解説と言うか、概要のような気もするが。


 にしても、彼女の知識はどこにまで及ぶのだろうか。気になったエルヴィーンは尋ねてみた。


「これは?」

「それは、この国の画家イゴル・クラーチュマルが描いたスヴェトラーナ帝国の初代皇帝アレクセイの即位……の。レプリカ」

「レプリカ?」


 最後に付け足された言葉に、エルヴィーンが首をかしげた。うん、とウルシュラがうなずく。


「だって、本物はスヴェトラーナ帝国の宮殿に飾られているはずだもの。一度だけ見たことがあるわ」


 母親が彼の帝国の皇女であるウルシュラは、スヴェトラーナ帝国の宮殿に入ったことがあるそうだ。

 この絵の前でしばらくとどまっていたからか、学芸員が近づいてきた。彼はにっこり笑って言った。


「この絵画は我が国の画家イゴル・クラーチュマルが描いたスヴェトラーナ帝国の初代皇帝の即位の絵です」

「……」

「……」


 先ほどウルシュラが説明したこととほぼ同じことを言われて、エルヴィーンもウルシュラも沈黙した。学芸員は上機嫌で話を進める。


「長く、この絵の本物はスヴェトラーナ帝国の宮殿に飾ってあるとされていました。しかし、近年、その絵が見直されることとなったのです。なぜなら、我が国から同じ構図の絵が出現したからです」


 思わずウルシュラを見ると、彼女も眉をひそめて首をかしげていた。どうやら、そんな話は知らないらしい。


「鑑定の結果、こちらの絵が本物である可能性が浮上してきました。そのため、こうして飾らせていただいております」

「……そう」


 ウルシュラの返答に、学芸員は気を悪くした様子もなく、むしろ上機嫌に「はい」とうなずいた。


 その学芸員がいなくなってから、エルヴィーンはウルシュラに尋ねた。


「今の話し、どう思う?」

「どう思うったって……帝国であの絵を見たのはもう10年も前の話だし……それに、私は専門家じゃないからわからないわよ」


 それもそうか。なら専門はなんなのか、と聞いたら「私は法学者よ」と言われた。エリートだな、その返答。


「……パッと見た感じは、ここにあるのはレプリカのような気がするんだけど」


 小声で、ウルシュラはそう言った。一応、学芸員に配慮しているらしい。






 話は飛ぶが、美術館などは産業省の管轄になるらしい。教育省長官のウルシュラはもともとかかわりがないのである。

 しかし、国の頂点に位置する女王エリシュカには関係がある。外務省長官のチェルーストカ侯爵が女王のもとに直接報告に来た。


「陛下、スヴェトラーナ帝国からこんな書状が」

「何かしら」


 エリシュカはチェルーストカ侯爵から正式外交文書を受け取った。内容を読み、顔をしかめる。

「スヴェトラーナ帝国初代皇帝アレクセイの即位画の模倣疑惑……」

 エリシュカが簡単に略した書類の内容にエルヴィーンはあれ、と思う。その絵はウルシュラとのデートで見た。確か、彼女もレプリカのような気がする、と言っていた。


 そして、スヴェトラーナ帝国が関わると必ず呼び出されるウルシュラである。早速美術館の学芸員に絵を持ってこさせ、美術鑑定家に鑑定させる。


「うーん。やっぱりレプリカに見えるんだけど」


 鑑定家たちの後ろから絵を眺めていたウルシュラがそう言った。何を持ってレプリカだと彼女は言うのだろうか。エリシュカも首を傾げる。


「わたくしは本物を見たことがないのでわからないのだけど。どこかおかしいの?」

「おかしいの、って聞かれても困るけど。まず、色の濃さが違うし。あと、人物の配置も微妙に違うわね。それから、キャンバスももっと縦が短くて、横がもう少し長かった。まあ、レプリカじゃなくて同じ作品を2枚描いた可能性もないわけではないけど……」


 すらすらとそう言ったウルシュラに、エルヴィーンは呆れた。どうしてわかるんだ。


「詳しいわね」

「私には絶対記憶能力メモリーがあるからね。見たものはよっぽどのことがなければ忘れないわ」


 つまり、今の言葉は帝国宮殿で見た絵と比べた結果と言うことか。しかし、それではウルシュラは『違い』を発見できるだけで、『真偽』はわからないことになる。


「だから、私は美術の専門家じゃないって言ってるでしょ」


 表情を読まれたのか、ウルシュラからツッコミが入った。おかしいな。エルヴィーンは表情が読めないことで定評があるのだが。


「とにかく。帝国としてはこっちが偽物であっちが本物じゃないとまずいんでしょ。そもそも、この絵画はどこから手に入れたのよ」


 本当にそもそも、だな。どこから手に入れたのだろう。エリシュカは美術館の館長に入手先を尋ねた。


「この絵画の入手先は?」

「3年ほど前に没落したホリー子爵家ですな」


 館長の言葉に、エリシュカとウルシュラが眼を見合わせる。

「ホリー家って画商の? 没落したのは知ってるけど」

「ちょうど赤の夜事件のころだものね。ホリー家なら持っていても不思議ではないけど」

 3年前と言えばウルシュラが爵位を継いだころだ。つまり、赤の夜事件のころに重なる。ウルシュラが把握していないのも無理ない話だ。


 ホリー子爵家は画商だった。下級貴族にはままあることなのだが、貴族であるほかに自分たちで商売を手掛けている場合がある。大公家や公爵家がやろうものなら影響が強すぎて顰蹙を買うが、下級貴族の場合はそうでもない。


 ホリー家は祖父の代から三代続けて画商を担っており、そこそこうまく言っていたのだが、有名な画家の贋作をつかまされ、首が回らなくなった挙句に没落した。……はずだ。


 美術鑑定家たちは、この絵画を『イゴル・クラーチュマルが生きていた時代に描かれたものではない』と判断した。つまり、ニセモノである。


「一度、美術館の絵画を全部調べたほうがいいかしら」

「面倒だからやめた方がいいわ」


 巻き込まれる気がしたのか、ウルシュラがエリシュカにツッコミを入れた。そんな2人はスヴェトラーナ帝国に対して外交文書を制作中だ。と言うか、エリシュカは公式文書だが、ウルシュラが書いているのは完全に手紙である。だれに出すのか尋ねたら、スヴェトラーナ皇帝に出すそうだ。いわく、


「今ならロジオン皇太子の件で帝国側は私に強く出られないわ。だから、皇帝陛下に手紙を出すの」


 正直に言おう。意味が分からない。ウルシュラの考えがよくわからないので、エルヴィーンは深く考えるのはやめた。


「そう言えば、ちょっと調べてみたんだけど」


 そう言ってウルシュラが取り出したのは辞書のような本だった。見出しには『女王の国の美術―王を描いた画家―』と書いてあった。

「相変わらず本の虫なのね。全部読んだの?」

「読まないわよ。私、歴史家じゃないし」

 自称法学者であるウルシュラはさらりとそう言った。ちなみに、今日の護衛はエルヴィーンとカレルだ。ラディムがいないので、比較的静かである。


「そうじゃなくて、ここ」


 ウルシュラがずいっとエリシュカの方に開いた本を差し出した。エルヴィーンとカレルも興味を引かれて覗き込む。文字がびっしり並んでいた。


「これ? ジェホシュ・ジェパ。イゴル・クラーチュマルの甥にして弟子。画風が似ているので、間違われることがよくある」


 エリシュカがウルシュラが指さす部分を読み上げた。つまり?


「あの絵は、本当に2枚あったのかもしれないわ。帝国にあるものがイゴル・クラーチュマルが描いたもの。この国のものは弟子のジェホシュ・ジェパが家がいたもの。イゴルは若くして亡くなっているから、彼の死後にジェホシュが描いていてもさほど不思議ではないし」


 彼女によると、師の絵を模倣するのはよくあることらしい。ウルシュラ自身があれを『レプリカ』だと言ったが、今の彼女はあれはレプリカではないのかもしれないと言う。


「……まあ、わたくしたちは歴史家ではないものね。そう言うこともあるかもしれないわ」


 エリシュカがさらりと片づけた。話題が変わる。

「ねぇ、ウルシュラ。お兄様からワインをいただいたのだけど、一緒に飲まない?」

「私、そんなに強くないんだけど」

「飲み過ぎなければ大丈夫でしょう?」

「それはそうだけど」

「女王の晩酌に付き合ってくれるの、あなたくらいなのだけど」

 これは殺し文句だ。ウルシュラも性格が悪いと思うが、エリシュカも性格がいいとは言えないようである。


「……わかったわよ。付き合うだけだからね」


 ウルシュラはため息をつきながらうなずいた。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


行く先々で事件に巻き込まれる女、ウルシュラ。どこぞの探偵並みに事件を引き寄せている気がします。……さすがにそこまで引き寄せてはいないか。

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