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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
番外編
40/67

恋愛相談

と言うわけで、番外編。

時間軸としては、第4章【選択の理由】の少しあとくらいです。





 フィアラ大公ウルシュラ・ヴァツィークとのお見合いから二週間ほどたった。秋も深まり、山々では紅葉が見られる。そんな中、エルヴィーンはウルシュラを観劇に誘った。


 果たして、ウルシュラは誘いを受けたが様子がおかしかった。


 まず、迎えに行ったとき。フィアラ大公邸の玄関で、エルヴィーンはウルシュラに微笑みかけた。


「こんばんは、大公」

「……こんばんは」


 彼女は硬い表情で、ちらっとエルヴィーンを見上げた。それはそれでかわいらしかったのだが、エルヴィーンは自分の表情が強張るのを感じた。……どうしたのだろうか、彼女は。

 手を差し出すと、不思議そうな表情で見られた。そろそろ彼女の中の常識を疑ってもいいだろうか? そう思いながら、エルヴィーンはウルシュラの手を取ると、馬車に乗り込んだ。

 馬車の中では始終無言だった。エルヴィーンも多弁な方ではないため、この雰囲気の中ウルシュラに話しかけることができなかった。


 劇場に着くと、再び手を差し出す。今度はちゃんと手を取ってくれたが、恐る恐る、だった。


 今日の舞台は、よくある恋愛ものだった。と言うか、劇で恋愛モノ以外を選ぶ方が難しい。いつぞやに見に行ったオペラ『悲しき乙女のレクイエム』のような悲恋ではないだけましと思われる。

 ウルシュラは興味深そうに劇を見ていたが、エルヴィーンが自分を見ていることに気が付くと、途端に体をこわばらせるのだ。意味が分からん。


 結局、気まずい雰囲気のまま彼女を大公邸に送り届け、エルヴィーンは現在の住居であるレドヴィナの宮殿に戻った。



 表情の硬いウルシュラと出かけるのも2回、3回と続き、さすがに間が持たなくなってきたエルヴィーンは、ついに、自称ウルシュラの親友である現レドヴィナ女王エリシュカに相談した。


 昼の休憩時間にそんな相談をされたエリシュカは目を輝かせた。


「恋愛相談ね!」

「……」


 なぜそうなる。


 ちょっとふざけた回答をしたものの、エリシュカは真剣に考えてくれた。


「あなたと出かけるときだけそうなの?」

「たぶんそうですね。さっき王立書庫の廊下で会ったんですが、ふつーに『おはよう』ってあいさつされました」

「ふ~ん……」

 紅茶に口をつけながら、エリシュカは少し考えるそぶりを見せた。2人で出かけると表情が硬く、宮殿で会えばいつも通りのウルシュラに、エルヴィーンは混乱気味である。

「ねぇラディム」

「あ、はい」

 少し距離を置いてこの相談を眺めていたラディムがエリシュカに呼び寄せられた。そして尋ねられたのが、


「あなた、昔、ウルシュラの婚約者候補だったんでしょう? どうして縁談はまとまらなかったのかしら」


 と言うことだった。ラディムとウルシュラは同い年だ。はるか昔にお見合いをしたことがあるらしいが、縁談はまとまらなかった。その時から、ラディムとウルシュラは仲が悪い。


 当時を思い出したラディムはちょっとムッとした表情になりつつ、話してくれた。





 ラディムとウルシュラの婚約が考えられたのは、今から7年ほど前の事である。ラディムの祖父ニェメチェク公爵と前フィアラ大公であるウルシュラの父の仲が良かったようだ。そして、同い年である二人は引合された。


 もし、ウルシュラが一人娘でなければ、ラディムの兄との縁談も考えられただろうが、ウルシュラは一人娘だった。そのため、次男であるラディムにこの話が回ってきたのである。


 大人たちによって、2人は引合された。物わかりがよく聡明なウルシュラ(十四歳)は、大人たちがいる前ではおとなしくしていた。と言うか、大人たちが話しているところに、子供たちが口をはさむのは無作法である。そのため、黙っていたともいえる。


 黙っているだけなら、少々きつめの印象を受けるものの、ウルシュラは美人だ。白い肌と黒髪が絶妙なコントラストを醸し出しており、切れ長気味の釣り目に翡翠色の瞳。左目の泣きぼくろが眼を引く。ここまでは、ラディムのウルシュラに対する印象は良かったらしい。


 問題はその後。大人たちが退出してからだ。ウルシュラはもっていたティーカップをソーサーに戻してから言い放ったのだと言う。



『私はいずれ、大公か女王になるわ。あなたは女王の夫、もしくは大公の夫にしかなれない。それが我慢ならないと言うのなら、この縁談はなかったことにするわ』



 馬鹿にされたと思ったラディムは、その場で縁談を断ったのだそうだ。ちなみに、同じ訴えがウルシュラからも伝えられたため、そのままこの話はなかったことになったらしい。





 なんというか、14歳でもウルシュラはウルシュラなのだな、と感じさせる言葉である。エリシュカは当時を思い出して怒りに震えるラディムに言った。

「えーっと。それはウルシュラなりに気を使ったのだと思うわ」

「今ならわかりますが、あの言い方はないと思うんですよ!」

「……そうかもしれないわね」

 どうやら、ラディムのウルシュラに対する恨みは根深いようだ。


 話を戻す。


「と、言うわけで、ウルシュラは嫌ならすっぱり断ると思うの。つまり、断らなかった時点で、彼女はエルヴィーンに対して好印象を持っているのだと思うわ」

 つまり、断られたラディムは印象が悪かったということだろうか。まあそれはともかく。


「ほら、ウルシュラって言動がきついでしょ。性格もあれだし。まあつまり、人づきあいがあまり得意な方じゃないのよ。なんていうの? 警戒心が強いと言うか……人見知り?」

「……」

「……」


 あれで? と言うのがエルヴィーンとラディムの心情だった。初対面の人間にずけずけと苦言を発する彼女が人見知り……。


「……えぇっと。相手とどう接すればいいかわからないから、言動がきつくなる、と言えばいいのかしら。まあ、性格の部分もあると思うけど……つまり」

 ぴん、とエリシュカが指を立てる。


「ウルシュラは、自分のキツイ言動にもめげずに付き合ってくれるあなたと、どう接すればいいかわからないのよ。だからどうしても、一歩引いた付き合い方になるんじゃないかしら」

「……陛下の実経験ですか?」

「いいえ。わたくしは物心つくころには、ウルシュラと知り合いだったもの。でも、見ていればわかるわ。あの子はわたくしの妹で、親友だもの」


 たぶん、それはエリシュカの一方的な思いのような気がする。そう思ったが、エルヴィーンは口には出さなかった。

 とはいえ、本当にエリシュカが言ったように、ウルシュラが人との付き合い方が下手なのだとしたら、やはりエルヴィーンの方から行動を起こさなければならないだろう。相手がフィアラ大公でも、エルヴィーンの方が年上だ。




 と言うわけで、エルヴィーンはフィアラ大公が休みの日に大公邸へ突撃訪問した。

「どっ、どうしたの?」

 突撃訪問してきたエルヴィーンの全身を見て、ウルシュラは首をかしげる。エルヴィーンの恰好は、貴族の子息にしては簡素で動きやすいものだった。

「ちょっと街に出ないか」

 そう誘うと、ウルシュラは戸惑った様子を見せながらもうなずいた。


 ウルシュラは淡いブルーのドレスを着て出てきた。同色のつばの広い帽子をかぶり、足元はブーツ。エルヴィーンと同じく、仕立てはいいが簡素な作りである。


 いつもなら。王都の街で偶然出会ったなら、ウルシュラはにこにこしていることが多い。しかし、これまでのことを引きずっているのか、ウルシュラはエルヴィーンの隣を歩いているものの、ぎゅっと唇を引き結んでいた。顔見知りの店員から、「喧嘩でもしたの」と言われた。よく二人で歩いているのを目撃していたらしい。


「行きたいところはあるか?」


 尋ねたが、戸惑ったように見上げられただけで、返答はなかった。その様子がかわいらしいのだが、何となく調子が狂う。


 とりあえず、公園でも目指そうかと思い、歩き出す。何か変だな、と思って気が付いた。全体的にウルシュラが変なのだが、いつもは彼女がエルヴィーンを引っ張って歩いているのに、今はエルヴィーンが彼女を引っ張っている。だから、奇妙な感じがするのだ。


 と、思っていたら突然、背後から腕にしがみつかれた。そちらを見ると、エルヴィーンのやや後ろを歩いていたウルシュラだった。

「どうかしたのか?」

「……声をかけられたわ。あと、あなた、歩くのが早いわ」

「そうか」

 エルヴィーンは思わず微笑み、歩く速度を落とした。少し、彼女の調子が出てきたようだ。


 声をかけられたと言っていたが、ナンパでもされたのだろうか。何度も言うが、彼女は黙っていれば少しきつめの美女だ。服の生地もいいものなので、いいところのお嬢様に見えるのである。


 公園の木々はすでに紅葉が最盛期だった。調子の出てきたウルシュラはきょろきょろしながら歩いている。川も池もあるが、水鳥たちは南にわたってしまった後だった。

 だが、小動物はまだいる。リスやウサギが目の前を通り過ぎていくのを見て、ウルシュラが眼を輝かせている。

「動物が好きか?」

「小動物は好き。うちでも2匹、猫を飼ってるわよ」

「そうなのか?」

「うん。そうなの」

 おお。会話が成立してきた。いつも通りのことをした方がいいのかもしれない、と言う考えはどうやら当たったらしい。いつも通り、とまでは行かないが、だいぶ会話ができるようになってきた。


「肉球をぷにぷにしながら考え事をするのが最高なのよねぇ」

「そうか……肉球」

「なんだかあなたかそう言う間抜けな言葉が出てくるのは不思議だわ」


 とウルシュラはエルヴィーンを見上げて微笑んだ。それから、はっとしたように顔をそらす。しかし、腕は絡めたままだ。

「……その。ごめんなさい」

「な、何がだ」

 動揺しつつも尋ねると、ウルシュラは小さな声で言った。


「私、こういう時にどうすればいいかわからなくて……。今まで、誰かと楽しく談笑するってあまりしたことないし」

「……」


 そんな事だろうと思った。エリシュカの話を事前に聞いていたので、何となく予想はできていた。慣れてしまえばなんてことはないのだが、ウルシュラの口調はキツイ。初見の人が勘違いしてしまうのも仕方のない話だろう。


「だから、何を話せばいいのかわからなくて」


 しどろもどろではあったが、本人から話してくれて助かった。そう言うエルヴィーンもコミュニケーション能力はさほど高くない。

「……まあ、今更取り繕われても、こっちが戸惑うだけだ。本性はわかってるしな」

「……言葉がきつくて悪うございましたねぇ」

「あなたはひねくれてるだけだろ。外見に合わせてわざわざ言葉をきつくしていたら、そのまま定着したんじゃないか?」

「……」

 ウルシュラが視線を逸らした。まさかの図星だった。彼女のそのかわいらしいしぐさに、エルヴィーンは唇の端をひくひくさせた。


「まあ、今更俺に対して気を遣わなくても結構だ。気を使われたらこちらも気を使ってしまう」

「……そう? 確かに今更だけど、振り回して悪いなーって思うんだけど……」

「俺もあまり人づきあいとか、得意じゃないからな。振り回すよりは振り回されているくらいの方が落ち着く」

「……変な人」

「あなたには負ける」


 腕を組んだままそんな会話を繰り広げる2人は、はたから見ればただの仲の良い恋人同士にしか見えなかった。





「それで、首尾はどうなの?」

 いわゆる公園デートをしてから3日後、エリシュカにそんなことを尋ねられた。エルヴィーンが彼女に相談していたので、尋ねられるのはある意味当然である。

「……どう、と言われても困りますが。私が振り回すよりは、振り回される方が良いと言うことで落ち着きました」

「……よくわからないけど、仲直りできたならよかったわ」

 仲直りともちょっと違う気もするが、ほかに妥当な言葉がないのも確かなので、エルヴィーンはツッコミを入れないことにした。


「そのままウルシュラと仲良くね」


 聖女のような顔で微笑まれたが、考えていることは結構腹黒い気がした。






ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


恋愛小説を書く雲居ですが、恋愛小説を書くのは苦手です。書いてる間に、体がむずがゆくなってくるのです……。


今回は素直じゃないウルシュラとコミュニケーション能力の低いエルヴィーンとのデートでした。

いつもと同じ、じゃなく、婚約者(候補)とのデート、と考えるから、ウルシュラはぎくしゃくするんですね。……たぶんね。

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