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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第5章
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星空のノクターン【12】






 ウルシュラが完全復活を果たすまでに2日かかった。むしろ、短い方かもしれない。女医のルツィエには「驚異の回復力!」と言われたらしい。


 ウルシュラが目覚めた翌日、ヘルミーナとシルヴィエがそれぞれの現在の家に帰ることになった。もともと、かつての女王は現女王の要請がない限り、王都には踏み入れられないことになっている。かつての女王であっても、影響力は大きいためだ。そのため、王都に呼ばれても長居はしないことが慣例となっているのである。


「ヘルミーナ様、シルヴィエ様。どうかお気をつけて」


 雪は積もっているが、天気は晴れ。午前九時なのにまだ薄明るいくらいだが、魔法の光源を使用しているので、馬車が進むには問題ないだろう。

 エリシュカのあいさつに、ヘルミーナがうなずいた。


「エリシュカ女王も、お体にはお気をつけて。ウルシュラも無理をしすぎないのですよ」

「……はい」


 いまだにどこかぎこちないこの祖母と孫。再び何かを話しこんでいて仲良くなった、と思ったのだが、どうやら思い過ごしのようだ。とはいえ、ウルシュラは祖母であるヘルミーナの見送りを理由にこの場にいた。

 先にヘルミーナの馬車が出発した。イルコフスキー男爵一家は見送らなくてもいいのかと思ったが、昨日のうちに別れは済ませたらしい。手際がいい。


「シルヴィエ様も。お越しいただき、ありがとうございました」

「私の力が役に立ったならよかったわ。またお会いしましょう」

「はい」


 シルヴィエはヘルミーナとは違い、気さくに手を振りながら馬車で宮殿を後にした。しかし、エルヴィーンはシルヴィエのこともヘルミーナと同じくらいには怖かった。


 2人の馬車を見送ったエリシュカは、完全復活を果たしたばかりのウルシュラに笑みを向けた。


「ウルシュラ。決済がまだ残ってるの。手伝ってくれるわよね?」


 イエス、と答えることを前提とした問いかけ。だんだんエリシュカの性格が変わってきている気がする……。

「……わかったわ」

 上の仕事が滞れば、下の仕事も滞る。ウルシュラはうなずくと、女王の執務室に連れて行かれた。護衛のエルヴィーンとラディムは相変わらず見ているだけ……ではなく、図書館や各部署を書類や本を持って行き来させられていた。


「んー……」


 休憩用のソファとテーブルを大々的に使って書類の決裁をしているのはウルシュラである。エリシュカはいつもの通り執務机に向かって御璽を押していた。ウルシュラが書類を種類ごとに分け、エリシュカが内容を確認、御璽を押す。と言う作業をしているようだ。


 しかし、今ウルシュラがうなっているのは書類のせいではない。彼女がにらんでいるのは法律書。向かい側のソファには、積んであった書類と本をどかしてエリシュカが座っている。彼女は資料に目を通していた。


「この場合、反逆罪よね? フォジュト子爵は不問にするとしても、やっぱりオルシャーク大公とヘルベルトの処遇が問題よね……」

「ん、いや。そんなに難しい話ではないのよね、本当は。オルシャーク大公は反逆罪だし、そうでなくても女王誘拐の指示を出してる。私の屋敷を囲んだ証拠も出てるし。ヘルベルトは18歳で成人。自分の意志で父親に賛同した可能性が高い。このままいけば、2人とも国家反逆罪で処刑」

「……やはり、そうなるんですか」

「場合によるけど、怪しいと思われる親族すべてが処刑されたケースもある」

「なんですか、それは。どこの暴君ですか」

「いや、レドヴィナでの話だから」


 ウルシュラの言葉に、エリシュカははあ、とため息をついた。彼女は言う。


「できれば、殺したくはないものです……甘い、とあなたは言うのでしょう?」

「もちろんよ。自分を殺そうとした相手に、どうして優しくしなくちゃいけないのよ」

「でも、殺してしまってはそこでおしまいだわ」

「……まあ、そうよね」


 かつて、反乱を指揮した父を殺したとされるウルシュラはエリシュカよりもずっと重いため息をついた。


「……処刑しないのなら、流罪か幽閉よね。北方に流す? ヘルベルトの力があれば生きていけると思うけど」


 ウルシュラがなかなかに残酷なことを言った。レドヴィナの北方は極寒だ。人もほとんど住んでいない。そんな地に流すと言っているのだから、残酷と言わずしてなんという。


「まあ、わたくしはさほど法律に詳しくないし、ウルシュラに任せるけど」

「ちなみに、エリシュカだったらどうするの?」

「……そうね。わたくしだったら、身分を剥奪して、下級官吏として働いてもらうかしら。今は人手が足りないし、わたくしたちがバシュタ公爵に見張らせれば大丈夫だと思うの」

「……なら、それでいきましょうか」


 ウルシュラは少し間をおいてからそう言った。エリシュカが驚いて顔を上げた。


「えっと、結構適当に言ったんだけど!」

「そうなの? でも、身分剥奪はあのタイプには効くわよ。確かに官吏は足りないし、ほかの反乱参加者にも処刑か身分剥奪の上宮仕えか選ばせればいいんじゃないかしら」

「……反乱参加者には平民もいるわよ」


 官吏も軍人も、平民がなることもできる。もちろん、貴族ほど出世はできないが、試験に合格すれば宮仕えができるのである。


「なら、そういう人たちは私の屋敷で雇おうか。下働きとして。うちの使用人は訓練されてるから、またクーデターを起こそうとしても未遂に終わるはずよ」

「……エルヴィーン。今の案、どう思う?」


 エリシュカがエルヴィーンに尋ねた。突然意見を求められたエルヴィーンはかなり動揺したが、何とか取り繕って言う。


「……私はあまり政治的なことはわかりませんので、お2人にお任せするのが一番かと」

「あら、フィアラ大公邸に反乱参加者が使用人として働いていても大丈夫なの?」

「……」

「何かあったら、私が氷の彫刻にするわ」


 返答できないエルヴィーンに代わってウルシュラがそう答えた。この人、結構な暴君である。


「と、言ったけどまあ、普通に終身刑でいいんじゃないの? 体力が有り余ってるようなら、農作業でも指せればいいし、冬場なら雪かきとか」

「それで、サボったら氷の彫刻?」

「私が手ずから処刑してもいいわ」

「わかりました。平民について終身労働刑にしましょう。貴族に関しては身分剥奪。……でも、いいの?」


 エリシュカが決まった判決を書類に書き込みながら言った。あとは、これが議会を通り、司法省で認可を受ければ刑罰として執行される。


「あなたなら、全員処刑、よくて全員流罪だと思ったわ」

「だって、それが一番楽じゃない。……でも、人々から恨みを買うのは、私だけで十分だと思ってるから。慈悲の女王であるエリシュカは、これくらいの方が支持率が上がるわ」


 意外と政治的なことを言われて、エリシュカは少し戸惑ったようだ。ウルシュラがいつもの強気な表情ではないことも関わっているのかもしれない。

「……ウルシュラ。そんな生き方、生きづらくない?」

「でも、この国はそれでバランスを保っているの。仕方がないわ」

 ウルシュラはもっていた法律書を閉じてテーブルの上に置いた。足を組んでソファに寄りかかり、見慣れた『フィアラ大公』の笑みを浮かべた。



「私はね、エリシュカ。この国のことも、あなたのことも好きなのよ。だから、あなたに足りないものは私が補おうと思ったの」

「……」



 ウルシュラの告白を聞いたエリシュカは真剣な表情になり、再びエルヴィーンに尋ねた。

「……これ、結構熱烈な告白だと思うんだけど、どうかしら?」

「さあ……と言うか陛下。あまり私に話をふらないでください」

 返答に困る。隣にラディムもいるのだから、彼にも話をふってほしいところだ。というか、ウルシュラの言葉はそのままの意味で他意はないと思うのだが、どうだろう。

「それと、ウルシュラ。あなたには新年の配置換えすぐから副宰相の任についてほしいんだけど」

「……つまり、教育省の引き継ぎ作業をしておけってことね。そう言えば、教育省長官の後任は誰になるの?」

「ヴェセルスキー公爵の予定よ。嫌がられなければね」

 先代女王を輩出した家として宮廷からは少し距離を置いていたヴェセルスキー公爵家だが、どうやらエリシュカが女王になったことで、宮廷に復帰するようだ。

 少しずつ、宮廷がエリシュカの色に染まっていく。そんな感じだった。それをふとした拍子にウルシュラに言うと、彼女は「確かにね」と微笑んだから、エルヴィーンの勘違いではなかったのだろう。





 時間があれば、夜に星の観察をしているエルヴィーンだが、自分がまとめた天文学的資料を見て思い出したことがある。時計を見れば、この時間ならまだウルシュラは起きてるだろうと思い(彼女はいまだに宮殿泊まり込みなのである)、宮廷メイドに彼女への伝言を頼む。


「何? どうしたのよ」


 宮殿の裏門に呼び出されたウルシュラは不機嫌そうに言った。エルヴィーンはタイミングが悪かったかな、と思いながら言った。



「ちょっと見せたいものがあってな」







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本編完結まで、あとちょっと。

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