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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第5章
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星空のノクターン【11】

閑話的な感じです。







 医師の診断の結果、ウルシュラの発熱の原因は寝不足と過労とストレスだった。要するに、働きすぎなのである。最近、彼女がよく使うようになった女王の私室の隣の隣の部屋に彼女は寝かされた。


 ウルシュラが寝ている間に、ヴェセルスキー公爵が登城してきた。彼の別邸を使おう、と言い出したウルシュラは不在だったが、エリシュカが代表して勝手に別邸を使用したことを謝った。まさか女王を責めるわけにもいかず。ヴェセルスキー公爵は優しい笑みで「お役にたてたなら光栄です」とシルヴィエが言ったこととほぼ同じことを言った。シルヴィエ、兄をよくわかっている。


 反乱未遂の後始末でエリシュカが忙しいため、必然的にエルヴィーンたちも彼女について回らなければならい。少しウルシュラのことが気になったが、彼女にはヘルミーナがついていることになっていた。


「うーん。どうしても官吏の数が足りなくなるわね……近衛騎士の方は軍部から何人か引き抜いて……」


 エリシュカがぶつぶつと人事を整えようと頑張っている。ここでエルヴィーンとカレルは役に立てないので、見ているだけだ。ラディムは今、休憩中。


 ちなみに、エリシュカのつぶやきの中で、イルコフスキー男爵の次男、つまりウルシュラの従弟であるツィリルが近衛入りを確定した。フィアラ大公家、いろいろ巻き込まれている。


「あと、オルシャーク大公が関わっていた商業や事業にも影響が……ああ、考えることがたくさんあるわ。っていうか、こういうことはウルシュラの方が得意なのに……」


 エリシュカがうなだれる。確かに、商業関係にはウルシュラが強そうだ。とはいえ、今ここにいるのは聡明なフィアラ大公ではなく、ただの護衛のエルヴィーンとカレル。2人は顔を見合わせたが、自分たちではどうにもならないと判断した。謀反未遂の後始末のほかに、かねてから準備していた地下賭博場の一斉検挙も待ち構えているのだ。忙しいに決まっている。


 そんなエリシュカはじっと護衛2人の方を見たが、2人は視線を合わせないように顔を逸らした。これで書類整理などを頼まれればたまらない。


「失礼します。交代時間です」


 交代の近衛騎士がやってきた。もともと、エルヴィーン、ラディム、カレルの3人は女王誘拐事件に巻き込まれていたので、今日は休みになるはずだった。しかし、交代要員がなかなか手配できず、じゃんけんに負けたエルヴィーンとカレルが護衛についていたのである。


 交代要員が来た今、エルヴィーンとカレルはお役御免と言うことだ。少しエリシュカに恨みがましく睨まれた気がする。今はバシュタ公爵とフォジュト子爵も出払っているので、負担がすべて彼女にのしかかっているのだ。







「いや~。しゃべったら睨まれそうな雰囲気だったね」

「出て行きざまににらまれたけどな」

「まあね。でも、下手に意見聞かれたりしなくてよかった……」


 どうやら、カレルもエルヴィーンと同じことを考えていたらしい。彼は比較的頭がよさそうなのだが、そうでもないのだろうか。エルヴィーンは割と失礼なことを考えていた。

「って、エルヴィーン、どこ行くの?」

「ああ、ちょっと大公の様子を見に行く」

 この国に大公は3人いるのだが(そのうち1人は逮捕済み)、カレルには通じたようだ。彼は天使のような顔にニヤッとした笑みを浮かべる。


「ああ、なんだかんだ言って仲いいよねぇ、君とフィアラ大公」


 カレルはエルヴィーンとウルシュラの関係をからかうのが好きなようで、ことあるごとにそんなことを言ってくる。いや、別にいいのだが。事実だし……。

「だから、ちょっと行ってくる」

「うん。大公によろしく」

 カレルはひらひらと手を振って護衛に与えられている部屋の方に向かって行った。エルヴィーンは女王の私室のある方に向かう。相変わらず、ウルシュラは女王の私室の隣の隣に宿泊しているのだ。エリシュカに許可はもらっているので、ウルシュラの療養中の部屋にもエルヴィーンは入ることができる。


 もしかしたら起きているかもしれない、と思い、エルヴィーンは部屋の扉をノックした。すると、思いがけず「どうぞ」という返答があった。しかし、ウルシュラの声ではなかった。

 そっと扉を開けて中に入ると、ウルシュラが眠っているベッドの枕元にヘルミーナがいた。


「あら。お見舞いに来てくれたのですか」

「ええ……まあ。心配ですので」

「孫に代わりお礼を申し上げます。ありがとうございます。孫も喜ぶでしょう」


 ウルシュラではないが、ヘルミーナの相手をすると調子が狂う。ヘルミーナが丁寧な口調で表情もほとんど変えないからだろうか。

 ヘルミーナに言われて、エルヴィーンはウルシュラの枕元の椅子に座った。ヘルミーナは少し離れたところにあるテーブルでお茶を入れている。出されたらどうしよう……。


 気を紛らわすように、エルヴィーンは眠っているウルシュラの頬に触れた。熱があるので当たり前だが、頬が熱い。


 起こしてしまったのだろうか。ウルシュラの目がうっすら開いた。しかし、エルヴィーンが声をかける前に、彼女自身が口を開いた。



「……お父様……?」

「……」



 何故そこでお父様。疑問はもったが、つっこまない。おそらく、ウルシュラは意識がはっきりしていない。質問するだけ無駄だ。



「わたし、は……ちゃんと、できた? お父様が言ったように、正しい選択、できたのかしら……」

「ウルシュラ?」



 ウルシュラのかすれた声に気付いて近寄ってきたヘルミーナが首をかしげる。



「わたし……お父様が思ってるほど、賢くはないから……」



 だんだん声音が小さくなり、ウルシュラはまた寝息をたてはじめた。なんだか大切な部分を聞きそびれた気がするのだが。

「……エルヴィーン、でしたね。あなたは、アルノシュトがこの子に何を頼んだのか知っていますか?」

「は? あー……いいえ」

 一瞬、アルノシュトって誰だ、と思ったが、先代フィアラ大公のことだ。つまり、ウルシュラの父親。ウルシュラが、『赤の夜事件』で殺したとされる人のことだ。


「そうですか……この子はわたくしよりあなたを信頼しているようなので、聞いているかと思ったのですが」

「いえ、私も大事なところが聞けなかった気がしていますから」


 微妙に会話がかみ合っていないが、何となくヘルミーナには通じたようである。それに、ウルシュラはヘルミーナを信頼していないわけではなく、どう接していいのかわからないだけだ。信頼している、していない、と言う点においては、重要書類を預けた点から見ても、ウルシュラはヘルミーナを信頼している。

 ウルシュラもヘルミーナも、不器用な人だと思う。互いに思いあっているのに、互いに通じていない。


「……それに、大公はヘルミーナ様を信頼していないわけではないと思います。どう接していいのかわからない、と以前言っていました」

「……そうですか」


 ヘルミーナは目を閉じて少し考え込むようなしぐさをした。


 ウルシュラは言っていた。自分がヘルミーナの孫だが、同時に彼女の息子を殺しているのだ。それを、祖母がどう思っているのかわからない。それに、

「ヘルミーナ様に否定されるのが怖い、とも言っていましたね」

 これを聞いた時、エルヴィーンは、矛盾している、と感じた。


 ウルシュラは『否定する女』だ。否定すると言うことは、相手からも否定されるということ。聡明な彼女は、それを理解しているはずだ。


 エリシュカは相手を肯定するから、相手からも肯定される。同じように、否定すれば否定されるのだ。

 それでもかまわない、とウルシュラは言ったはずだ。なのに、彼女は自分の行動に理解を求めている。エルヴィーンは、その気持ちがわからないわけではなかった。


 エルヴィーンの天文学も、家族の理解を得られなかった。父が好きにやらせてくれたため、己の趣味としてきたが、その父にも、「そんなことを研究してどうする」と言われたのだ。家族に否定されるというのは、結構精神的にキツイ。


 たぶん、ウルシュラはヘルミーナを尊敬しているのだ。だから、彼女に否定されたくないと思うのだ。

 認めた人間に認めてもらいたい。そう思うのは、人間として当然の心理だ。


「……なるほど。そう言うことですか」


 ヘルミーナは納得したようにうなずいた。通じたようで何より。

「ヘルミーナ様」

 扉越しにノックがあった。ヘルミーナが威厳たっぷりの声で「入りなさい」と命令する。入ってきたのはエリシュカの侍女のイレナだった。女王の私室があるこの辺りは、許可されたものしか近づけないので、当然と言えば当然だ。

「エリシュカ様がお呼びです」

「わかりました。すぐに参ります。……わたくしが戻ってくるまで、この子を頼めますか?」

「……わかりました」

 だから、未婚の若い娘を男と2人っきりしていいのだろうか。とはいえ、先々代女王に頼まれたので、うなずくしかないエルヴィーンである。



 ヘルミーナが出ていった後、エルヴィーンは椅子に腰かけた。だが、座ったのは間違いだったかもしれない。昨日、ウルシュラに連れ出されてから反乱に巻き込まれるわで、ろくに睡眠をとっていなかった。ウルシュラの発熱も寝不足に過労、精神的ショックのせいだろう。


 何が言いたいかと言うと、座ると眠くなったのだ。


「ねぇ、ちょっと……」


 くいっと膝のあたりを引っ張られて眼を覚ました。見ると、ウルシュラが目を覚まして、エルヴィーンの服を引っ張っていた。

「どうした」

「……水が飲みたいんだけど、起き上がれなくて……」

 熱はエリシュカの治癒術では治せないそうだ。だから、ウルシュラには薬を飲ませて後は自然治癒力に任せるだけだった。しかし、目を覚ましたということは回復してきたのだろう。意識もはっきりしているようだ。


 エルヴィーンは水差しからグラスに水を注ぐと、先に許可を取ってからウルシュラの上半身を起こした。できるだけゆっくり起こしたのだが、めまいがしたようだ。


「大丈夫か?」

「……頭がぐわんぐわん言ってる……」


 どうやら、熱は下がっていないようだ。体を支えたままグラスを持たせると、グラスを落としそうになったので、あわててグラスを支える。

 ウルシュラに水を飲ませると、時間を確認する。太陽は傾きかけているが、まだ午後1時だった。エルヴィーンがここに来たのは昼ごろなので、1時間ほど眠りこけていたことになる。座ったまま不自然な体勢で寝ていたので、あちこち痛かった。

「腹は減ってないか?」

「減ってません……」

 ベッドに横たわったままウルシュラは力なく答えた。どうやらエルヴィーンだけのようだ。昼食をとりそこねた。


「……眠いなら寝たほうがいいと思うわ……」


 病人にそう指摘され、エルヴィーンは内心むっとして言い返した。


「眠いなら寝ろ。眠るまでここにいるから」

「……ん」


 ウルシュラは何故か嬉しそうに微笑むと、目を閉じた。やはり熱があるからだろう。ほどなくして穏やかな寝息が聞こえ始めた。


 彼女が眠ったのを見計らったように、女王エリシュカがやってきた。お供にヘルミーナとシルヴィエが一緒だった。


「エルヴィーン。ここにいたの。疲れてないの? 眠らなくて大丈夫?」


 エリシュカが半分微笑み、半分心配そうに言った。正直に言うのなら、眠いし、腹も減っている。


「いえ、大丈夫です」

「ウルシュラは? ずっと寝てる?」

「先ほど、一度目を覚まして水を飲みました。腹は減っていないそうです」

「あら。何か食べてもらわないと、薬が飲めないんだけど」


 エリシュカは頬に手を当てながらそう言った。困った、と言う雰囲気を醸し出しているが、ウルシュラが眼を覚ましたことにほっとしている様子だ。


「エルヴィーン。もういいから休んで。昨日と今日はお疲れ様。ありがとう」

「いえ。私は陛下とフィアラ大公に従っただけですから。それでは、失礼いたします」


 エルヴィーンが一礼すると、ヘルミーナが「孫を見ていてくれてありがとうございます」と声をかけてきた。先々代の女王に礼を言われた。この場合、同返答するのが正しいのだろうか。


 よくわからなかったので、エルヴィーンはもう一礼してから、扉を閉めた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


ウルシュラには両親がいないので、保護者はヘルミーナになるのでしょうか。まあ、ウルシュラは21歳なので、保護者もなにもないですが。今回はいつにもまして中身がない話です。閑話的なノリで(2回目)。

もう少しで本編は終わります。にしても、『星空のノクターン』長かった。

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