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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第5章
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星空のノクターン【8】






 ウルシュラはしばらく差し出された剣を見つめていたが、口を開いて尋ねた。


「参考までにお聞きするけど、断ったらどうなるのかしら」

「陛下に黄泉の国へ旅立っていただいた後、あなたを反逆罪で処刑します」

「なるほど。結果は同じと言うことね」


 筋書きとしては、ウルシュラが反乱を起こした、と言うことになるのだろうが、それは無理があるのではないだろうか。かつて、彼女は父親を殺してまでして反乱を治めたことがあるからだ。

「どうせなら、あなたにやってもらった方がいいと思ってな。あなたの父君の時と同じようにやっていただけるかな?」

 ウルシュラがびくっと反応した。本当に、彼女は『赤の夜事件』のことに弱い。それでも、剣を受け取らない。


「……人に押し付けようなんて、虫が良すぎるとは思わないの? 自分の手で完遂しなさいよ」

「フィアラ大公。策士とは自分の手を一切汚さないから策士なんだ」

「よく言うわ」


 ウルシュラはオルシャーク大公を睨みあげて笑った。


「でも、あなたの負けだわ。私たちを始末したかったなら、早々にやるべきだったわね」


 ウルシュラはオルシャーク大公が手に持っている鞘から剣だけを抜き放ち、自分の首元に剣を当てている騎士を蹴倒すと、オルシャーク大公に剣を向けた。

「フィアラ大公! こちらには女王陛下がおられることをお忘れなく」

「どちらにしろ、私もエリシュカも殺す気なんでしょ」

 相手が多すぎた。ウルシュラがオルシャーク大公に剣を向けたところで、ほかの騎士たちも彼女に剣を向け直した。ウルシュラの動きにつられたエルヴィーンたちは何故か中腰で固まっている。剣を拾おうとしたところだったのだ。


「なら、私が何をしようと一緒じゃない。この私がただで死ぬなんて思わないことね」

「大公っ」


 ラディムが叫んだ。ここに『大公』と呼ばれる人は2人いるが、ラディムの言葉は完全にウルシュラ、つまりフィアラ大公を示していた。

 ウルシュラの言葉は、ともすればエリシュカなんてどうでもいい、と言っているように聞こえる。しかし、何故だろう。エルヴィーンは違うような気がした。


 気を引きたがっている? いや……これは。



 時間稼ぎをしているんだ。そう思った。



「私が死ぬときはあなたも一緒よ、オルシャーク大公」

「その口を閉じたまえ、小娘」


「いや。口を閉じるのはあなただ、オルシャーク大公」


 宮殿の方から悠々とバシュタ公爵が歩いてきた。いつも丁寧に整えられている髪が若干ぼさぼさになっているため、たぶん、どこかに閉じ込められていたのだと思う。エリシュカの兄、マクシムの姿があった。

「これはバシュタ宰相。せっかく私が招待した部屋は気に入らなかったかな」

 オルシャーク大公が嫌味っぽく言った。いや、嫌味だが、バシュタ公爵は表情筋一つ動かさずに「うむ」とばかりにうなずいた。


「ベッドが固い以外はなかなか満足できたな。しかし、女王陛下が私に働いてくれと言うのでな」


 思わずエルヴィーンはエリシュカの方を見た。拘束されながらもこちらを向いている彼女は、エルヴィーンの視線に気づくとニコッと笑ってうなずいて見せた。どうやら、待っていたのは彼らしい。


「女王陛下。地下賭博場の運営資金を提供したのはオルシャーク大公でした。さらに、地下賭博場は人身売買が目的で作られたようです。親とはぐれてしまった子供や娘をかどわかしていたんですね。そして、その家のものには金を渡して口止め。周到です」

「ありがとう、バシュタ公爵。さすがです」


 エリシュカはニコッとバシュタ公爵の方に笑みを向けようとしたが、拘束されていたので首が回らなかった。彼女はちょっとムッとしたようだった。

「……ウルシュラ。わたくしのことは気にしなくて構いません。オルシャーク大公を拘束してください」

「御意!」

 ウルシュラは自分に向けられている剣先をすべて跳ね上げると、オルシャーク大公の右手を取り、背中に回した。腕をひねりあげて首筋に剣を当てる。

 先ほどから思っていたが、彼女の動きは素早く、無駄がない。向けられていた剣をすべて避けられたのは、騎士たちが呆然としていたからのような気もするが、騎士学校に入ってもやっていけそうな身体能力である。

「待て! 大公閣下を放せ!」

 近くにいる騎士を殴り倒していたエルヴィーンたちは、エリシュカを拘束している騎士がそう叫んだのを聞いた。あいかわらずエリシュカは人質だったが、ウルシュラはあわてずに微笑んだ。


「あら。私も大公閣下なんだけど……放してほしかったらエリシュカを先に放しなさいよ」

「貴様っ。女王陛下を呼び捨てにするとはっ」

「謀反起こしたあんたたちに言われたくないわよ」


 馬鹿なの? と言わんばかりの口調でウルシュラは言った。エルヴィーンはウルシュラに近寄ると、言った。

「代わるか?」

「頼むわ」

 と言うわけで、エルヴィーンはウルシュラからオルシャーク大公を引き取った。ウルシュラはオルシャーク大公の前に回り込む。


「あなたから命令してくれないと、みんな引いてくれないんだけど」

「そう簡単に引けるか! ようやくここまで来たのだ! 女しか王になれないとは、この国はふざけている!」

「あなたの方がふざけてるわよ。女王選挙制は、昔、争いが絶えなかったレドヴィナを統治するために考え出された方法なんだから、ちゃんとしてるわよ」


 おかしいな。何故、女王が選挙で選ばれるようになったのかわからない、とエルヴィーンは聞いた気がするのだが、気のせいだったのだろうか。まあ、言ったのはウルシュラなので、今更驚かないが。



 その時、城門の方で悲鳴が上がった。まだ日は登っていないが、上りつつあるのか薄明るくなってきている。その世界に、騎馬が駆け込んでくるのが見えた。

「父上っ」

「遅いぞ! ヘルベルト!」

 エルヴィーンの近くで、ウルシュラが「マジかっ」と叫んだのが聞こえた。段々キャラが崩れつつある。


「オルシャーク大公を放しなさい! 早く!」

「!」


 エルヴィーンは言われたままにオルシャーク大公を突き飛ばした。オルシャーク大公とエルヴィーンの間を熱光線が通った。石畳が焦げ付く。エルヴィーンは息をのんだ。ウルシュラに言われたとおり手を離さなければ、エルヴィーンに直撃していた。


「誰だ!? あの男!」


 エルヴィーンは乱入してきた騎馬の男を示して尋ねる。ウルシュラはすぐに答えた。

「ヘルベルト・ガイドシーク! オルシャーク大公の三男よ! 年は18で妾の子だけど、強力な熱魔法を使うの!」

「この時代にか!?」

 レドヴィナの生活は魔法を頼りに発展してきているが、それでも、だいぶ魔法が希薄になってきているのは確かで、かつては存在したという強力な魔法を使える魔術師は減ってきている。

 その世界で、強力な熱魔法? ふざけているのだろうか。ウルシュラの魔法もせいぜい小細工程度だったのに。

 魔術師ヘルベルトの乱入で、宮殿の玄関前は混乱してきた。エルヴィーンはウルシュラの二の腕をつかみ、エリシュカを探す。オルシャーク大公を拘束し直している場合ではない。


「陛下!」


 ラディムやカレルもこちらに向かってくる。エリシュカの声が聞こえた。

「大丈夫! 無事です!」

 声が聞こえたのだろうか、ヘルベルトの視線がこちらを向いた。ウルシュラが右手を前に出す。こちらからは冷気を感じた。

 熱魔法と冷却魔法が進退を繰り返す。冬である今なら、ウルシュラの方が有利なような気がするが、ウルシュラはそれほど強力な魔法を使える魔術師ではない。すぐに限界が来る。


 が、エルヴィーンが恐れた最悪の事態にはならなかった。ちょうど、ウルシュラとヘルベルトの魔法がぶつかっていたところに矢が射られたのである。魔法は矢の通過の衝撃で暴発したが、人に直撃はしなかった。代わりに弾き飛ばされたウルシュラを抱き留める。

「ウルシュラ! 大丈夫ですか!?」

 ラディムとカレル、それにもう1人若い騎士(ウルシュラの従弟のツィリルだったと後で知った)を連れてエリシュカがウルシュラに駆け寄った。ウルシュラは片手をあげて無事を示す。それから叫んだ。


「遅いです、おばあ様!」

「まあまあ。これは言うようになったものですね」


 先々代女王ヘルミーナの声だ。人垣がざっと割れ、ウルシュラとヘルミーネの間に空間ができる。昇ってきた朝日に照らされながらヘルミーナはつかつかとウルシュラに歩み寄ると、



 孫娘を平手でぶった。



「まったく。呼び出しておいてこの状況はなんですか。あなたならもっとうまく解決できたでしょうに」

「……いや、私にそんな特殊技能はありません」

「……まあ、いいでしょう」

 押し問答をしている場合ではないからか、ヘルミーナはウルシュラを責めるのをあきらめた。彼女が背を向けると、ウルシュラはほっとしたように息をついた。助けを求めた割には、やはり、祖母のことが苦手らしい。

「そう怒らなくてもいいと思いますよ、ヘルミーナ様。フィアラ大公も、エリシュカ女王もよくやりました。最後のこの魔術師だけが誤算だったのでしょう」

 そう言って、玄関前に出来上がっている空間の向こうから、先代女王のシルヴィエが口出しした。彼女は矢筒と弓を背負い、右手にヘルベルトをぶら下げていた。彼の頭にたんこぶがある。



 まさか、殴ったのか?



 先代女王、恐ろしい。武闘派と言う話は嘘ではなかった。

「シルヴィエ様! オルシャーク大公は!?」

「あ、ここにいますよ」

 聞こえてきたどこかおっとりした声は聞いたことのあるものだった。ウルシュラの叔父、メトジェイの声だった。そうか。あの時。昨夜、訪ねてきたリビエナにウルシュラが渡した手紙は、メトジェイ宛ての手紙だった。あの手紙には、ヘルミーナを呼ぶように書かれていたに違いない。


 おそらく、反乱を予測していたエリシュカとウルシュラは、あらかじめ自分たちにうてる手を打っておいたのだ。その結果が、宰相の脱獄と先々代女王の出現。先代女王が現れたのは、エリシュカの手配かウルシュラの手配かわからない。


「さて。他に、わたくしたちに逆らう気骨のあるものはいますか?」


 威厳のある声でヘルミーナが問う。彼女は周囲を見渡し、だれも名乗り出ないのを見てため息をついた。


「そうですか。残念です。皆さんの意志は、もっと固いものだと思っていましたのに」


 そこ、残念がるところなんですか?


 意外なところに、ヘルミーナとウルシュラの血のつながりを感じたエルヴィーンだった。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


先代女王と先々代女王最強説ですね。

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