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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第5章
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星空のノクターン【6】





 ウルシュラはシルヴィエ女王の別荘、と言ったが、正確には彼女の生家、ヴェセルスキー公爵家の別邸である。悪いが、ヴェセルスキー公爵には事後承諾だ。まず、中を確認し、危険がないことを確認してから中に入る。


 てっきりそのまま休むのかと思えば、そうではなく、ウルシュラとエリシュカは作戦会議を始めた。


「このまま宮殿に乗り込めるかしら」

「難しいと思うわよ。もう守備を固めてると思うわ」

「でも、行かないとまずいわよね」

「私が門前でひと騒動起こす?」

「それもやめてちょうだい」


 なかなか頭の痛くなる会話をしているが、それでも作戦がまとまっていくところがこの二人のすごいところだ。とりあえず、翌朝、宮殿の様子を見てから決めようということになったが、一応、作戦は3パターンできたようだ。エルヴィーンには理解できない行程を踏んでいたが。


「どういう作戦だ?」

「とりあえず、私について来ればいいっていう作戦よ」


 ニコッとウルシュラが微笑んだ。何だ、その作戦は。すでに作戦じゃないだろう、と思うエルヴィーンである。


 ふわ、とエリシュカがあくびをした。カレルがそれを見とがめる。


「お疲れですか、陛下」

「ん、さすがにね」

 そう言っておっとりとエリシュカは微笑んだ。ウルシュラがエリシュカに言う。

「エリシュカは休んでくればいいわよ。私と違って、普通の女の人なんだから」

「あなたが何をもって普通としているのか、時々わたくしにはわからないわ」

 エリシュカが微笑んでそう言ったが、彼女はウルシュラにしたがって寝ることにしたようだ。カレルともう1人、護衛のサムエルが女王の護衛についた。エルヴィーンとラディムがウルシュラとともに残る。エルヴィーンとラディムはウルシュラの方を見た




「……なあ、大公。あの2人」

「ええ。どちらかが裏切り者ね」

 ラディムの訴えを正確に理解したウルシュラが微笑んで、こともなげに言った。彼女は腕を組み、残った2人を見上げる。


「ちょっと罠を張ってみようか」


 笑みを浮かべた彼女はかなり魅力的だが、彼女が笑うと危険しか感じられないのはなぜだろうな。








 彼は、そっと女王の眠るベッドに近寄った。ヴェルセルスキー公爵の別邸は普段使っていないようだが、定期的に掃除が入っているらしい。ベッドもシーツも用意してあった。そのシーツにくるまり、女王は寝息を立てている。

「陛下」

 そっと肩をゆすると、ぴくっと反応があった。少しだけ身を起こす。

「申し訳ありませんが、一緒に来ていただけませんか? ここは危険です」

「ええ……」

 手をついて起き上がる。その瞬間、シーツを彼に向かって放る。頭からシーツをかぶった彼があわてている間に確保。ドアが開いて、魔法で作った光源が部屋の中を照らした。シーツの御仁は自分をとらえている女性を見て眼を見開いた。



「何故あなたが!?」

「それはこっちのセリフよ。ヒールで踏むわよ」



 腕をひねりあげているのはもちろんウルシュラだ。しかし、落ち着け。彼女の今のブーツにはヒールがない。

「裏切り者はサムエルの方か……」

 思わずつぶやいたエルヴィーンだが、サムエルはぎっとこちらを睨んできた。


「違うっ! 私は陛下を助けたかっただけだ! っぐ!」


 ウルシュラがサムエルの腕をひねり上げる。今にも折れそうなほど不自然な方向に曲がっている気がするが、ウルシュラは容赦がなかった。

「ウルシュラ。やり過ぎでは?」

「甘いわ、エリシュカ。誘拐されそうになったのはあなたなのよ」

「陛下。今回ばかりは自分も大公に賛成です」

 ラディムにもそう言われ、エリシュカはサムエルを心配そうに見つつも身を引いた。


 サムエル・ブディーン。モルナール侯爵の五男。モルナール侯爵が妾に産ませた子である。年は確か、17歳。


 何かと年上の同僚たちにかみついてくる子だったが、一生懸命やっているのがわかるので、何となく微笑ましい子だった。はっきり言って、エリシュカの誘拐に関わるような青年ではないと思うのだが。

 サムエル曰く、

あの人・・・が言ってたぞ! あんたが女王陛下をだましてるって! 俺は陛下を助けようとしただけだっ」

 と言うことだそうだ。これはウルシュラに対して吐かれたセリフである。まさかの勘違いパターンだった。『あの人』って誰だ。


 ウルシュラは普段の言動がかなり腹立つので、勘違いされやすいのだ。典型的な素直に慣れないタイプ。彼女の性格を理解できてくると、だんだん微笑ましくなってくる。


「エリシュカをだませる人がいるのなら連れてきてほしいものだけどね。だいたい、普段の私とエリシュカを見て、どこをどう見たらだましてると思えるのよ。筋道立てて根拠を明示しつつ説明出来たら、詐欺罪で捕まってあげるわよ」

 ウルシュラの無茶ぶりに、サムエルは黙った。どうやら、根拠を明示できないことはわかっているらしい。


「だが! すぐにあんたの悪行は明るみに出る!」

「悪行って、なんの事かしら」

「とぼけるなっ! 人身売買に関わっていると聞いたぞ!」

「確かに、孤児院から子供を引き取ったことはあるわね」

「それだけじゃないっ。親殺しは重罪だ!」


 サムエルの叫びを聞き、ウルシュラはサムエルを解放した。サムエルは彼女の下からはい出ると勝ち誇った顔になった。


「あの人はあんたを捕まえる準備をしてるぞ。言い逃れできないな!」


 エルヴィーン、エリシュカ、ラディム、カレルの視線が静かなウルシュラに集まる。今の彼女が恐ろしいほどの無表情で怒っているのがわかった。


「ウルシュラ……」


 エリシュカが不安げな声でウルシュラの名をつぶやく。その声に反応したわけでもないだろうが、ウルシュラはサムエルの胸ぐらをつかみあげた。自分より背の低い女に掴み掛られたサムエルは驚きの表情を浮かべる。


「悪いか。死にたくないと思ったことが、そんなに悪いか!」


 ウルシュラは叫びながらサムエルを揺さぶる。あの細い体のどこにそんな力があるんだ。



「あの時、私が父を殺さなければ、私たち、フィアラ大公家に連なるものはすべて処刑されていた! よくてチェハーク監獄に一生閉じ込められる。私は直系の娘だから、確実に死刑だわ」

「……」

「父の失態で殺されるのが嫌だった。怖かった! だから反逆者である父を討つのは重罪だと言うの!? 見逃す方がよっぽど罪深いわ!」

「……落ち着け」



 エルヴィーンは今にもサムエルに殴り掛かりそうなウルシュラの肩に手をかけ、彼から引き離す。ウルシュラは片手を腰に当て、もう一方の手でサムエルを指さした。


「いいこと? 『あの人』が誰だか、もう私たちには予想がついてる。彼に待っているのは、私の父のように私の剣の露と消えるか、反逆者としてさらし者にされ、公開処刑されることのみ! 覚えておきなさい!」


 そう言うと、彼女は何故かわっと泣き出した。すがりつかれたエルヴィーンは動揺しつつもウルシュラの肩を支える。


「サムエル。わかりませんか? みんなが『フィアラ大公』だと思っている姿は、ウルシュラではないのです。本当の彼女は弱くて、とても優しい人です。この子は嘘をつくこともありますが、嘘をつくことに罪悪感を覚える子。彼女が、友人であるわたくしをだますことはありません」


 エリシュカはウルシュラの頭をなで、サムエルの方に向き直った。

「わたくしとウルシュラは、あなたが『あの人』と呼ぶ方を知っています。彼はわたくしに対して反逆を行い、彼に待っているのは反逆者として捕まる運命です。だまされていたのは、あなたの方でしたね、サムエル」

「へ、陛下……」

「ラディム。彼を拘束してください」

「陛下っ!」

 サムエルがすがりつくようにエリシュカを呼ぶ。彼女は優しい表情で言った。



「大丈夫。あなたがだまされていたことはわかっています。わたくしは、これ以上咎めるつもりは……」

「騙されていたとしても! エリシュカを誘拐したのは事実だわ! 少なくともチェハーク監獄で5年間の囚役、執行猶予7年、罰金2千万リスィーに相当するわ!」



 エルヴィーンの胸から顔を上げ、ウルシュラがびしっと突きつけた。前々から思っていたのだが、彼女のこの知識の豊富さは一体何なのだろう。

「そのまま許したら、また同じことを繰り返すわよ! ちゃんと何が悪かったか説教して、教育してから許しなさい!」

「……その顔と体勢で言われても困るのだけど……でも、わかりました。サムエルはちゃんと教育することにします」

 エリシュカが困ったようにため息をつき、そう約束した。ラディムがサムエルを別室に連れて行く。エリシュカが振り返って、涙の跡が残るウルシュラの顔に触れた。

「久しぶりにあなたの泣いた顔を見たわね」

 よしよし、とエリシュカがウルシュラの頭をなでている。まるで姉妹のようだ。容姿は似てないけど。もちろん、姉はエリシュカだ。


「忘れてちょうだい」


 頭を撫でられながら憮然とした表情で言っても、間抜けなだけである。エリシュカもカレルにも笑われて、ウルシュラはよりむっとした表情になった。こんな状況だが、ちょっと和んだ。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


視点が基本的にエルヴィーンなので、ウルシュラが彼のことをどう思っているのかいまいちわかりませんね。私にもわかりませんけど←

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