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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第5章
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星空のノクターン【5】






 その時は気づかなかったのだが、これはエリシュカ女王とウルシュラが描いた『脚本』だったのだ。ただ、エリシュカとウルシュラが話し合って『脚本』を決めたわけではなく、彼女たちは互いがどう動くかを予想して自らの行動を決めていたらしい。恐ろしい話である。


 なんでも、どこから情報が漏れるかわからなかったため、大事を取って詳しい相談をしなかったのだそうだ。ただ、『背後で糸を引いている貴族をあぶりだしてやろう』と2人で決めただけのだそうだ。



 だめだ。自分にはこの2人が理解できない、と思った瞬間であった。



「剣はもってる? ないなら貸してあげるけど」

「……持ってる。本当に行くのか?」

 エルヴィーンは廊下を大股で闊歩するウルシュラに尋ねた。彼女はドレスではなく、黒髪を一本に束ね、乗馬服のような動きやすい恰好をしている。もちろん、寒いのでコートは羽織っているが、体の線が浮き出る格好で、エルヴィーンは何となく視線を逸らした。

「行くに決まってるでしょ。このまま謀反人として捕まるつもりはないわ。あ、武術の心得はあるから、私のことは気にせず、エリシュカを助けてね」

 気にするに決まっているだろう。一応婚約者(候補)だぞ、と言おうか迷って、結局言わなかった。今は言い争っている場合ではなかった。


「さて。みんな、準備はいいかしら」


 はい、閣下! と裏口で待っていたフィアラ大公家の私兵が声をそろえた。ざっと数えたところ、八人。つまり、エルヴィーンとウルシュラを含めて十人だ。

「幸い、雪は降ってないし星も見えてる。まだ5時なのに、暗いわねぇ……。さぁて。女王陛下を助けに行きましょうか」

 ウルシュラは身軽に馬に乗ると、エルヴィーンにも早く乗るように促した。どうにでもなれ、とエルヴィーンが馬に乗ると、ウルシュラは裏口から馬を走らせた。


 レドヴィナは雪深い国だが、王都は比較的道路の雪かきがなされている。とはいえ、これだけ寒ければ地面が凍る。しかし、馬の脚が取られないのは、ウルシュラの魔術のおかげなのらしい。器用な魔術師である。


「おい! 女王陛下がどこにいるのか、わかるのか!?」

「わかるわよ! 大体の方向はね! 近づけば、もっと詳しくわかると思う!」


 少し前を走るウルシュラについて行きながら、エルヴィーンが大声で尋ねると、彼女からも大声で返答があった。ウルシュラは迷わずに西に向かって馬を進めている。


「閣下! 前方に、誰かいます!」


 エルヴィーンのやや後ろを馬で駆けている私兵が叫んだ。どうやら彼は索敵担当らしい。ウルシュラは片手を上げることでそれに答え、そして、しばらく走ってから馬を止めた。

「どうした」

「やっぱり、思った通り。護衛は放り出されているわ」

 馬をウルシュラの隣まで寄せると、彼女はそう言った。王都と言っても、はずれのこの辺りまでくれば空き家や空き地もかなりある。空き家につっこむような形で、車輪の外れた馬車があった。家紋などはない。


 だが、その馬車の近くに放り出されている人間を見れば、この馬車が女王所有であることがすぐにわかる。見える範囲だけで近衛の制服を着た騎士が3人、そこに倒れていた。そのうち1人はラディムだった。


 馬を降りたウルシュラがうつぶせになっているラディムの肩をつかみ、乱暴に体をひっくり返した。そして息を確認し、脈を確認し、怪我を調べてから彼の頬をむにっとつまんでひねった。


「……なんだ!?」


 目を開けたラディムはまずそう叫んだ。それから闇に溶けそうな黒髪の女性を見て驚愕の表情を浮かべる。

「フィアラ大公!? だが……あいつらは、自分はフィアラ大公の手の者だって……」

「誘拐犯が身元をすぐにばらすわけないでしょ。それに、私がエリシュカを誘拐すると思う?」

 ウルシュラが傲然と尋ねると、ラディムは一瞬むっとしたようだが、すぐに首を左右に振った。

「いや、あんたのやり方じゃないな。あんたならもっとうまくやる」

「わかってくれてうれしいわ。じゃあ、エリシュカは連れ去られたのね。1人?」

「いや、カレルも一緒だ」

「なるほど、なるほど」

 ラディムとカレルを含め、女王の護衛は五名だったらしい。カレルはエリシュカについて行ったので、ここにいるのは4人。ウルシュラが護衛たちの話を聞いて情報を更新している間に、エルヴィーンはラディムに尋ねた。


「ラディム。どうして女王を連れ去られたんだ?」

「いきなり馬車を囲まれたんだよ。女王を人質にとられて、手出しができない間に連れて行かれた。で、後ろから思いっきり殴られてこのザマ」

「……妙、だな」


 エルヴィーンはぽつりとつぶやいた。妙なのは確かだが、何が引っかかるのかわからない話だった。ラディムが嘘をついているとは思えないし、ほかの護衛の話しも似たような感じだった。


 こんな時は、ウルシュラに聞いてみるにかぎる。


「なんだか妙じゃないか?」

「あら、あなたもそう思う? いい勘してるわ。もちろん、妙よ。でも、今はエリシュカを助けるのが先。攫われてからあまり時間が経っていないそうだから、追いつけるわね」

「相手が騎馬だったら追いつけないんじゃないか?」

「たぶん、あっちは馬車だわ。それに、エリシュカは馬に乗れないから、誰かが同乗するはず。2人乗りより1人乗りの方が早いから、どちらにしても追いつく公算が高いわ」

 ウルシュラのまじめな表情と言葉に、ラディムが珍しいものを見るような表情になる。だが、ウルシュラはすぐにニヤッとした笑みを浮かべた。


「とりあえず、行きましょうか。ラディムたちはどうする? 馬なら貸してあげなくもないけど」


 彼女が予備の馬3頭を率いてきたのはこのためか……。そこまで読んでいたとはまったく、末恐ろしい人間である。

 護衛の1人が明らかに重傷なので、ほかの護衛が馬に乗せて病院に連れていくことにした。つまり、ついてくるのはラディムともう1人の護衛のみ。



 新たにラディムたちを連れて道を走りながら、エルヴィーンはやや前を走るウルシュラに尋ねた。

「どこが妙なんだ!?」

「ええー? あなたも気づいてるんじゃないの!?」

「俺のは勘だ!」

 馬のスピードが速いので、どうしても怒鳴り声になる。ウルシュラはたぶん、少し呆れた表情になった。


「どうしてわざわざ、別の馬車に乗り換えたのかしら!? それに、護衛が少なかったとはいえ、エリシュカにつけられている近衛騎士は優秀よ! それなのになぜ、女王の身柄を拘束することに成功したのかしら!」

「……!」


 言われてみれば妙だ。少数とはいえ、女王の護衛は精鋭である。出し抜くことは難しい。しかも、ラディムたちは殺されておらず、気絶させられただけだ。殺すよりも生きて戦闘力を奪う方が難しいのは常識である。


 それなのに、誘拐犯は鮮やかな手つきでエリシュカを誘拐した。それによって考えられるのは3つ。


 1つ目。エリシュカが自分からついて行った。


 2つ目。相手を無力化できる魔法を持つ魔術師がいる。


 3つ目。内通者、裏切り者が存在する。



 エルヴィーンが衝撃を受けた表情をすると、少し背後を振り返ったウルシュラがふっと笑みを浮かべた。


「わかった? そろそろ追いつくわ! みんな、戦闘準備!」


 おー! と言う声はウルシュラの私兵の者だろう。エルヴィーンの近くを馬で走っているラディムがびくっとした。後で、何故ウルシュラがエリシュカの位置を把握できるのかも聞いておこう。

 エルヴィーンは夜中によく星を見るので、割と夜目が効く方だ。ウルシュラが言うとおり、だんだん怪しげな馬車が見えてきた。周囲には騎馬がおり、一見馬車を護っているように見えた。


「そこの馬車、止まりなさい!」


 ウルシュラが声を張り上げた。当たり前だが、馬車は止まらない。しかし、加速はこれ以上できないようで、同じ速度を保っている。ウルシュラは両手を手綱から離すと弓を構え、矢をつがえた。

 エルヴィーンは気が気でなかった。ウルシュラはかなり乗馬がうまいが、手綱から手を放したということは、足だけで馬を操っているということになる。たぶん大丈夫だとは思うが、振り落されたりしないかひやひやしながらウルシュラが矢を放つのを見ていた。


 ウルシュラが放った矢は騎馬兵の1人に弾き返された。想定済みのようで、ウルシュラは特に動揺も見せずに指示を出した。

「あなたたちは騎馬兵の相手をよろしく! 殺してしまっても構わないわ。責任はすべて私が取る!」

 誰かが、かっけぇ、とつぶやいた気がしたが、エルヴィーンはそれよりも嫌な予感がした。

「あなたはどうするんだ!?」

「エリシュカを助けに行くに決まってるでしょ!」

「1人でつっこむ気か!?」

「だから、みんながあいつらの相手をしてくれれば、かいくぐるくらいはできる! ほら、よろしくね!」

 誘拐犯の騎馬兵が接近してきて戦闘状態に入りそうになったのをいいことに、ウルシュラは馬の速度を上げて騎馬兵たちの間をすり抜けて行く。すれ違いざまに剣で相手の馬を刺している。抜かりがない……。


 そう言うエルヴィーンも1人の騎馬兵と戦闘に突入してしまい、ウルシュラを追えなかった。剣で斬り伏せ、ウルシュラを追おうとするが、別の騎馬兵が立ちはだかる。

 その間にウルシュラは馬車に接近、馬車が動きを止めた。車輪が空回りしている。おそらく、ウルシュラの魔法なのだろう。彼女は馬から降りると、馬車に向かってかけていき、馬車を護っている2人に氷の槍をお見舞いした。直撃はしなかったが、1人は腕に、もう1人はわき腹に深々と氷の槍を食らった。


 ウルシュラはそんな2人を蹴倒すと、外側から馬車の鍵を開け、ドアを開いた。そうしながら叫ぶ。


「エリシュカ!」

「! ウルシュラ!」


 エルヴィーンが馬で近づくと、2人が抱き合っているのが見えた。エリシュカの目から透明な涙が流れており、エルヴィーンは何となく視線を逸らした。2人が感動の再会をしている間に、誘拐犯たちはすべて地に伏すことになった。


「陛下! 申し訳ありません!」


 馬から降りてラディムともう1人、今日エリシュカの護衛だった騎士サムエルが駆け出してエリシュカのもとに跪いた。あとから馬車を降りてきたカレルが「わあ」と言う表情になる。実際に声を出していたのかもしれない。

「気にしないで。あの状況では仕方がないと思うもの。2人も、助けに来てくれてありがとう。他のみんなは?」

「怪我をしていたので、病院に行かせました」

「そう。ありがとう」

 ラディムの返答にほっとしたのか、エリシュカがウルシュラに持たれて息をついた。それをラディムが複雑そうに見ている。もう1人の護衛は苦々しそうだ。

「なんにせよ、早急に戻らなければなりませんね。けが人はいませんか? 治しますよ」

 名乗り出る者はいなかった。多少怪我をしているものはいたが、治してもらうほどではない。ウルシュラは連れてきた私兵のうち3人を選抜して指示を出す。


「ここを片づけておいて。たぶん、うちには戻れなくなっているから、王都で適当に宿を取りなさい。その際、フィアラ大公家の私兵だということは隠すのよ。いいわね?」

「了解です!」


 さっきから思っていたのだが、ウルシュラの家の私兵たちはウルシュラを崇拝しているのだろうか。妙にウルシュラに忠実で怖い。エリシュカが『聖女様』とあがめられているのと同種の恐怖を感じる。

「ウルシュラ。もう?」

「出てくる時点で、もう屋敷が囲まれていたもの」

「それは困ったわ。どこに行こうかしら」

 エリシュカが困った様子で頬に手を当てた。確かに、フィアラ大公家の周囲には怪しい人影がいたが、屋敷に入れないということだろうか。

「何故大公邸に戻れないんだよ」

 エルヴィーンが疑問に思ったことを、直球でラディムが尋ねた。エリシュカとウルシュラが顔を見合わせる。

「私を、女王殺害の犯人にしたいからよ」

「はぁ? ああ、そう言えばさっきそんなようなこと言ってましたね」

「あれは誘拐の話しだけど。大体、私が謀反を起こすならもっとスマートな方法にするわね」

「怖いから、実践しないでね。勝てる気がしません」

「しないから安心して」

 そんな軽口(?)をたたきながら、エリシュカとウルシュラは話をまとめていく。


「まあ、つまり、今、私の屋敷は包囲されてるってこと。かといって、エリシュカの実家であるソウシェク大公邸に行くわけにもいかないしね」

「おそらく、バシュタ公爵邸も包囲されているでしょう……」


 エリシュカとウルシュラが顔を見合わせた。どうやら、2人ともここまでは考えていなかったようだ。

「ここは、カラフィアート公爵かニェメチェク公爵に頼ります?」

 エルヴィーンとラディムの実家だ。ぎょっとした2人だが、それが現実的かもしれない……と思ったのだが。


「……いや、たしか、この近くにシルヴィエ様が女王時代に使っていた別荘があったはずだよね。王都中心から少し外れるけど」


 ウルシュラのその言葉が決定打となった。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ウルシュラは文武両道です。その代り、性格がかなり残念です。エリシュカも大概ぶっ飛んだ性格してますけどね。

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