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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第5章
24/67

星空のノクターン【1】

一応、本編最後の章です。






 最後の曲が余韻を残して終了し、観客から大きな拍手が起こる。その拍手に答え、指揮者がアンコールを指揮し始めた。エルヴィーンは今、オーケストラのクラシック・コンサートを聴きに来ていた。芸術にはあまり造詣が深くないエルヴィーンだが、そんな彼でもこの音色は美しいと感じる。


 アンコールの曲を聴きながら、エルヴィーンはそっと左隣の席に座る女性を見た。彼女は表情を変えずにまっすぐにオーケストラの方を見ていた。それをみて、エルヴィーンも視線をオーケストラの方へ戻した。


 やがて、アンコールの演奏も終わる。他の観客とともに拍手をしながら、エルヴィーンは隣の女性に尋ねる。


「どうだった?」

「ええ。よかったわ。でも、アンコールははじめの音がずれていたわ」

「……手厳しいな」


 エルヴィーンは苦笑してそう言った。隣の女性、ウルシュラも微笑む。

「楽しかったわよ。最近は街を出歩くのも寒いしねぇ」

「頼むから、俺がいないときに1人で出歩かないでくれ」

「でも、あなたの休みと私の休みがかぶるとは限らないじゃない」

「陛下がかぶるように調節してくれてるだろ」

 ウルシュラがちょっとむくれた。冬になったため、最近は日が暮れる時間が早い。夏場は明るかった時間も、今では暗いのだ。頼むから、1人で出歩かないでくれと言うのがエルヴィーンの心情だ。この女は性懲りもなく王都の街を1人でうろついているのである。

「だいぶ人も少なくなったし、帰るか」

「ええ」

 エルヴィーンが手を差し出すと、ウルシュラはためらいなくその手に自分の手を乗せた。こうなるまでに結構時間がかかった。




 エリシュカ女王の勅命によるお見合いから約2ヶ月。季節はすっかり冬である。雪も積もっている。


 今のエルヴィーンとウルシュラの関係は、いわゆる『友達以上、恋人未満』だ。あのお見合いは、『とりあえず婚約者になれるかしばらく付き合って考えてみる』と言うウルシュラの発言で決着した。おそらく、断るのはエルヴィーンの父、つまりカラフィアート公爵に悪いし、これはエリシュカの命令である。しかし、受け入れるにはまだウルシュラ自身の心の準備が足りないと言うところなのだろう。


 ちなみに、エルヴィーンは結婚関連に関しては自分の意向は無視するように家族に伝えてあった。政略結婚で婿に出されるのは名家の三男坊の宿命である。むしろ、ウルシュラが相手なら条件がいい方だ。


 自分で言いだしたわりに、当初のウルシュラは他人行儀だった。街での気さくなふるまいを知っている分、エルヴィーンは戸惑った。


 そして、接しているうちに女性扱いされるのがなれないのだと気が付いた。そこで、街に連れ出してみたのだ。すると、いつも通りに振る舞ってくれた。そのことにいくらかほっとしたエルヴィーンだが、今現在の状況として、エルヴィーンに対するウルシュラの遠慮が無くなっている気がする。


 すっかり暗くなった王都の街を馬車で走る。まず向かうのはフィアラ大公邸で、その次に宮殿。エルヴィーンは相変わらず宮殿で寝起きしている。


「すごい星ねぇ」


 ウルシュラが馬車の窓から夜空を見上げて言った。エルヴィーンも同じように空を見上げていたため、「そうだな」と相槌を打った。


 沈黙が続く。2人でいるとき、こうなることが多かった。それが、不思議と苦痛に感じない。


 フィアラ大公邸に着くと、まずエルヴィーンが馬車から降り、再びウルシュラに対して手を差し出した。

「ほら」

「ん。ありがとう」

 彼女は軽やかな足取りで馬車から降りた。屋敷に入る前にエルヴィーンを見上げる。

「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ」

「こちらこそ、だな。それと、1人で出歩くな。外に出たいときは俺を呼べ」

「しつこいわよ!」

 ウルシュラに鋭くツッコミを入れられ、エルヴィーンはふっと微笑んだ。そのままウルシュラに顔を近づけ、頬に唇を寄せた。ウルシュラを見ると、夜闇にも赤くなっているのがわかった。


「じゃあ、お休み」

「……ええ。おやすみなさい」


 エルヴィーンはウルシュラを見てもう一度微笑むと、馬車に乗り込んだ。そのまま宮殿に向かう。


 当初は義務的に行っていた彼女との外出も、今では楽しいと感じるようになっていた。もしかしたら、そうしたエルヴィーンの心情を察して、ウルシュラは初めのころ、他人行儀でエルヴィーンに遠慮していたのかもしれない。


 女王の相手候補として差し出されたエルヴィーンが、今はフィアラ大公の婚約者候補だ。どちらかと言うと友人同士の付き合いのような感覚だが、少なくとも、彼女に嫌われてはいないと思う。今のところはそれでいい気がした。と言うか、このまま気の置けない友達認定される気もするが……まあいいか。









「と言うわけで、最近、ウルシュラとはどうなの?」


 翌日。いつも通り出勤したエルヴィーンに、笑顔のエリシュカが尋ねた。昨日、彼がウルシュラとともにコンサートに出かけたことを知っているのだ。エルヴィーンが言ったからだけど。

「……どう、とは?」

 質問が抽象的過ぎて何と答えればいいかわからない。エルヴィーンは逆に問う。エリシュカはもう少し具体的な質問を発した。


「ウルシュラとは仲良くしてる? 昨日はオーケストラのコンサートに行ったんでしょう?」

「ええ……そうですが」


 ラディムも興味深そうにエルヴィーンの方を見ているし、これは答えなければならないだろうか。答えたら、ウルシュラに恨まれる気がする。


 ウルシュラと長く過ごすようになって、いろいろとわかったことがある。


 例えば、彼女は動物好きだ。家に猫を2匹飼っているらしい。何度か彼女の屋敷には行っているが、エルヴィーンはそのうち1匹しか見たことがない。考え事をしながら肉球をぷにぷにするのが最高らしい。


 ストレスがたまると、厨房でお菓子作りを始める。この2ヶ月強の間にも何度かお菓子作りを行ったようだ。ちょうど出来上がったころに屋敷を訪ね、食べさせられたことがある。まあ、普通においしかった。


 何気に芸術に造詣がある。美術館に行ったときに、質問すればなんでも返答があった。ただ、絵心はないそうだ。


 忙しいはずだが、かなりの本を読む読書家だ。雑食らしく、いらん知識がよくある。代わりにあったほうがいい知識がないことも多い。誰か、彼女にいい常識本を紹介してやってくれ。


 好きなものはナッツをたっぷり乗せたケーキやタルト。果物も好きだ。コーヒーより紅茶派。肉は焼いたものより煮込んだものを好む。よく食べる割には太らない。


 案外繊細で、時々不安そうにエルヴィーンを見上げてくる。その様子がかわいらしくて仕方がない。そう思うにつき、エルヴィーンは自分がウルシュラのことが好きであることを突きつけられるのである。


「……まあ、嫌われてはいないと思いますが」

「と言うか、ウルシュラが心から嫌っている人なんて、帝国のロジオン皇太子くらいよ、きっと」

 そこで名前が出てくるロジオン皇太子もそうとうだ。何しろ、ウルシュラどころかエリシュカも嫌っているのだから。


「それで、ウルシュラのことはどう思っているの?」


 まだ続くんですか、その質問。エリシュカはウルシュラを妹のように思っているようだから、気になるのはわからないでもない。それに、エルヴィーンとウルシュラに見合いをさせたのは彼女だ。いわば仲人である。

「そう、ですね。時々子供のようなことをしだして目が離せないというか、かわいいなぁと思うことはありますが……」

 自分で言っていて恥ずかしくなった。しかし、顔には出ていなかった。満足そうにエリシュカがうなずき、ラディムは「かわいいかぁ?」と首をかしげている。


「そのままウルシュラのことを見ていてね」

「私は監視員だったんですか?」

「まあ、遠からずと言ったところよ」


 ニコッと女王に微笑まれ、エルヴィーンは追及する気をなくした。とりあえずの所、時々突拍子もないことをしだす以外はウルシュラに文句はない。少々気は強いがかわいらしいところもあるし、美人だし。


 ただ、相手がどう思っているかは謎だ。先ほど言ったように、嫌われてはいないと思うが。


 休憩と言う名の雑談を終えて、エリシュカは再び書類に目を通す作業に戻った。年末のこの時期になると、各地方の情報が上がってくるのである。

「今年は山間部での積雪量が多いようね……雪崩が起きないといいけど」

 一般的に雪崩は、暖かくなってきた時期に起こる。それ以外にも斜面が急な山や、積雪が多い冬などにも起こる。


 レドヴィナ王国の北部は山間部になる。東側はスヴェトラーナ帝国に通じ、彼の国との国境も山脈だ。いわば、この国は山に囲まれているのだ。そして、その山からは鉱物が取れる。それは鉄であったり、石炭であったり、宝石であったりする。あまり大きくないこの国で科学が発展したのは、そうした資源に恵まれたことも関係しているのだろう。


 スヴェトラーナ帝国……と言うか、ロジオン皇太子がこの国を実効支配したがったのは、この資源が関係すると思われる。もちろん、帝国領でも鉱山はあるが、帝国帝都は現在、人口が飽和状態なのである。つまり、資源が足りないのだ。


 それに、そう言った資源物は金になる。ロジオン皇太子としてはぜひ手に入れたかったのだろう。


 話がそれた。


「冬は農業ができないから、学校に通う人が多いみたい。それに……ああ、鉱山で事故……。労働法の改正が必要かしら」

 などと言われても、エルヴィーンとラディムにはよくわからない。


「女王陛下」


 エリシュカが報告書を読んでいると、ノックもなくバシュタ宰相が入ってきた。ここでウルシュラなら『ノックくらいなさい』と言うところだが、女王はそんなことは言わなかった。

「どうしましたか?」

「少々問題が発生しました」

 すっと彼が差し出してきた書類に目を通し、エリシュカは顔をしかめた。すぐに宰相に命じる。


「バシュタ宰相。すぐに貴族院を招集してください。今、王都にいる人たちだけで構いません。急いで」








ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


ウルシュラとエルヴィーンのデートの話です。本編終了後に、デートの話をちょこちょこ載せていきたいと思います。

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