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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第4章
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選択の理由【5】







 エルヴィーンが眼を覚ますと、まず飛び込んできたのは何故かラディムの顔だった。彼はエルヴィーンが眼を覚ましたことに気が付くと、ほっとしたように笑みを浮かべた。


「おう。起きたか、エルヴィーン。大丈夫か?」

「あ……ああ」


 ロジオン皇太子に刺されたことを思い出して、エルヴィーンは腹のあたりを探ってから返事をした。触れても包帯があるだけで、傷の具合はわからない。しかし、傷口はふさがっているような気がした。

「今はいつだ?」

「お前が刺されてから1日弱ってとこかな。昼前くらい。ちょっと待っててくれ。お前が起きたら知らせてくれって陛下に言われてるんだよ」

 そう言うと、ラディムは立ち上がっておそらくエリシュカを呼びに行った。エルヴィーンはあちこち動くか確認して、大丈夫そうなので身を起こした。少し腹が痛んだが、思ったほどでもなかった。


「まあ、エルヴィーン。目が覚めたのね。よかったわ」


 ふんわりとほほ笑むエリシュカ女王を見ると、何となく落ち着いた。エリシュカの背後に控えるようにラディムが立ち、エリシュカは近くの椅子に座った。

「体調はどうかしら」

「ああ……平気です。それより、ヘルミーナ様は?」

「あなたより少し前に目が覚めたわ。今はウルシュラと一緒です。ちなみに、ロジオン皇太子はシルヴィエ様にねちねち嫌味を言われているところです」

「……そうですか」

 ヘルミーナの目が覚めたのはよかったが、ロジオン皇太子の現状になんと反応していいのかわからず、少し返答までに間が空いてしまった。エリシュカは楽しげに笑った。



「あのロジオン皇太子がシルヴィエ様に押され気味なのよ。ふふっ。いい気味だわ」



 エリシュカの黒い面を見た気がして、エルヴィーンとラディムは、女王の前後で微妙な面持ちになった。ただ、いい気味、というのには賛成だ。

「スヴェトラーナ帝国に抗議しないんですか」

 エルヴィーンが尋ねると、エリシュカは「しないわ」と答えた。

「ウルシュラがするべきではないというの。確かに、下手に抗議すればウルシュラも連座で刑罰を受ける可能性があるもの。まあ、あの子はそんなことを考えているわけではないでしょうけど……」

 確かに、自分が我慢すればいい、と考えるような女だ。自分が罪に問われることなどどうでもいい、とか考えていそうだ。

 それがあえて口出しをするのだから、何かしら考えがあるのだろう。何となくえぐい気がするのはエルヴィーンだけだろうか。



「ウルシュラと言えば、ふふっ。不謹慎だけど、見ていて面白かったわよ」



 唐突にエリシュカが話題を変えた。何となく嫌な予感のするエルヴィーンが止める間もなく、彼女は話しはじめた。

「あなたが刺されたのを見て、パニックになって泣きじゃくってたわよ。なだめるのが大変だったけど、面白いものを見たわ」

 それ、面白いんですか。と思ったが、どうやら自分が関わっているようなので、エルヴィーンは何も言わなかった。代わりのようにラディムを見ると、深くうなずかれたので、ウルシュラがパニックになったのは本当のようだ。それはちょっと見てみたかったかもしれない。


「おかげでわたくしがロジオン皇太子とあの子のいざこざに首を突っ込んだこと、許してもらえたわよ。久しぶりにあの子より年上なんだわ、わたくし、って思ったわ。昨日は一緒に寝たの」


 ふふふふ、とエリシュカ。なんだか女同士の友達に話しているような感覚で話をされているような気がする。

「あとであの子を呼んでくるわ。あ、それと、カラフィアート公爵が来ると言っていたわ」

「は? ということは、今の私の状況を父に話したのですか?」

「ええ。早馬を飛ばしたの。余計なお世話かと思ったけど、一応ね。夕刻には到着されるらしいわ」

「……そうですか」

 果てしなく余計なお世話だ。いや、長兄が来るよりいいのかもしれないが……いや、やはりよくない!






 1人で悶々としつつ昼食をとってしばらくすると、ウルシュラがひょっこり顔を出した。昨日、ロジオン皇太子に殴られた痕はきれいになくなっている。エリシュカの治癒魔法で治してもらったのだろう。


 うつむきがちに入ってきたウルシュラは、ベッドの近くに座ったが、何を言っていいのかわからない様子だ。異様に弁の立つ彼女にしては珍しい現象で、エルヴィーンは思わずまじまじと彼女を眺めてしまった。


 白い肌にアクセントのように泣きぼくろが左目にある。伏し目になっていて目の色はわかりづらいが、きれいな翡翠色の虹彩をしているはずだ。黒髪は右側で簡単に束ねているだけで、そのまま肩から前に流されている。頬に長いまつげが影を落としていた。


「あの。怪我、大丈夫?」


 やっと口を開いたかと思うと、ウルシュラはそんなことを尋ねた。エルヴィーンはうなずく。

「陛下の治癒魔法を受けたからな。ほとんどふさがっている。あなたの方こそ、殴られたところは大丈夫か?」

「あ、ええ。私もエリシュカに治してもらったから」

 お互いにほっとしたところで、ウルシュラが突然「ごめんなさい」と謝った。謝られる覚えのないエルヴィーンは戸惑った。

「な、何がだ?」

「いや、だって……結局、ロジオン皇太子とのことに巻き込んでしまったわ。それに、怪我もさせてしまったし……」

 かなり挙動不審なフィアラ大公をみて、エルヴィーンは言った。


「俺が好きでやったことだから気にするな。それに、こういう時は謝るんじゃなく、礼を言った方がいいと思う」

「あ、そうか……助けてくれてありがとうございます。おかげで祖母も眼を覚ましたわ」


 思ったより素直に礼を言われて戸惑ったのはエルヴィーンだ。いつものひねくれ具合はどこに行った。そもそも、エルヴィーンが好きで怪我をしたのだから、謝られる筋合いも礼を言われる筋合いもないのだ。


 自分で言っておきながら戸惑った挙句、エルヴィーンは「ヘルミーナ様が無事でよかったな」と言った。

「……一つ聞いていいか?」

「何?」

 少し調子が戻ってきたらしいウルシュラが首をかしげた。エルヴィーンは直球で尋ねた。


「あなたは、ヘルミーナ様が苦手なのか?」

「……どうしてそう思ったの?」

「相対するときに思いっきり顔が強張ってたぞ」


 指摘すると、ウルシュラの表情が強張った。そう。そんな表情。微笑もうとして失敗したような、そんな表情だ。


 やがて、彼女はため息をついた。



「……どう接していいのか、わからないのよ。だって、私はあの人の孫だけど、同時にあの人の息子を殺しているのよ」

「……たぶん、本当のあなたを知っている人は誰もあなたが先のフィアラ大公を殺したとは思っていないと思うぞ」



 おそらくエリシュカを含めみんなが思っていることを口にすると、ウルシュラは何故かむくれた。


「そんなの、わからないじゃない。おばあ様、何を考えてるのかわからないのだものっ。でも、そんな事を尋ねて全否定されるのも怖いし……どうして笑うの!?」


 聞いているうちに笑いが込み上げてきたエルヴィーンは、ウルシュラに指摘されるくらいはっきりを笑い声をあげて笑っていた。傷口が痛んだので、すぐに笑いを押し殺す。


「……いや。あのフィアラ大公からこんな弱気な言葉を聞くとは思わなくて……っく!」

「いいじゃないのっ。みんな、私をなんだと思ってるのよっ」


 思いっきりすねた声を出したウルシュラの頭にポン、と手を乗せる。

「まあ、落ち着け。俺もあなたに謝らなければならないことがあるのを思い出した」

「え、なに?」

 思い当たらないのか、ウルシュラは再び首をかしげた。エルヴィーンは真剣な表情になると、言った。

「言うなと言われたのに、女王陛下にあなたとロジオン皇太子のことを話した。すまない」

 ウルシュラはぎゅっと唇を引き結んだ。どんな暴言が出てくるか、と内心覚悟していたのだが、彼女は静かに言った。


「……別に、いいわ。私は裏切られたとか、思ってないから」

「あなたはそう思っていても、俺はあなたを裏切ったと思った。だから、謝る。すまなかった」

「本当にいいのっ!」


 再び謝るエルヴィーンの声にかぶせるようにウルシュラは叫んだ。腰を浮かしかけた彼女は、息を吐いてから座り直した。


「本当にいいのよ。エリシュカにも説教された。力になれなくても、話すだけで楽になることもあるからって。どうにもならない話でも、聞くことはできるのだから、話してほしかったって」


 なるほど。エリシュカの聖女のような顔で悲しげに言われたら、それはうなずきたくもなるだろう。何しろ、何もしていないのに罪を暴露したくなる女王と言われているのだ。さしものウルシュラも逆らえなかっただろう。

「あんなに怒ったエリシュカは初めて見たわ……」

「怒られたのか」

「怒られました」

 それもちょっと見てみたかったかもしれない。慈愛の聖女が冷徹女と言わしめたウルシュラを説教する場面。ウルシュラがパニックになっている状況と同じくらい面白そうだ。まあ、同じくらい面倒そうでもあるが。


「あなたはもう少し、他人を頼ることを覚えたほうがいいと思う」


 以前エリシュカが言っていたことをそのまま伝えると、ウルシュラに首を傾げられた。

「かなり使ってると思うんだけど」

「……そう言うことではないんだが」



 そこにノックがあった。外に控えていたメイドが扉を開ける。入ってきた人物を見て、さっとウルシュラが立ち上がった。


「ごきげんよう、カラフィアート公爵。お邪魔しておりますわ」


 スカートをつまみ完璧なしぐさで挨拶をしたウルシュラは、おそらく今、エルヴィーンの父に向かって完璧な笑みを受けているのだろう。エルヴィーンからは背を向けられていて見えないけど。

「こんにちは、フィアラ大公。息子の見舞いに来て下さったのかね」

「ええ、まあ。私のせいで怪我をしたようなものですし」

 近づいてくるカラフィアート公爵と入れ替わるようにウルシュラは扉の方へ歩いて行った。

「では、私はお先に失礼します。また後程お話しできれば幸いですわ」

「……そうですな。ぜひ」

「? 失礼します」

 ウルシュラは首をかしげつつも出ていった。今の、うちの父はたぶん、本気にとるぞ。


「仲がよさそうだな、エルヴィーン」


 開口一番そんなことを言われた。エルヴィーンは少し迷ってから無難な答えを選んだ。

「……フィアラ大公は律儀だからな。従兄が俺に怪我をさせたことを謝りに来てくれただけだ」

 間違いではない。エルヴィーンを刺したのはロジオン皇太子だし、彼はウルシュラの従兄だ。彼女が謝りに来たのも事実である。カラフィアート公爵はベッド際の先ほどまでウルシュラが腰かけていた椅子に座り、足を組んだ。


「ルドヴィークにお前をフィアラ大公に婿入りさせてはどうか、と言われた時は正直、いかがなものかと思ったが……お前の笑い声など、久しぶりに聞いたぞ」

「いつから聞き耳立ててたんだよ、父上」

「いや、お前たちが楽しそうに話しているから入るのがためらわれてなぁ」

「趣味悪いぞ」


 腹黒そうにニヤッと笑ったカラフィアート公爵にエルヴィーンはツッコミを入れてため息をついた。

「それで、怪我の方は大丈夫か」

「ああ。ありがたくも女王陛下の治癒魔法を受けたからな」

「それはよかった。それで」

「俺がフィアラ大公に婿入りするかってことか? 女王陛下に献上された時点で、俺の意志は無視してるだろ。先方の意志を尊重してくれ」

「なるほど。確かにそうだな。そうしよう」

 カラフィアート公爵はあっさりとうなずいた。何なのだろうか、この父親は。エルヴィーンが怪我したと聞いてやってきたのではないのだろうか。父親に全く心配されていないような気がするエルヴィーンだった。






ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


ウルシュラは父親を殺しているので、父親の母であるヘルミーナには引け目があります。そのため、ヘルミーナの前となると、借りてきた猫のようになるウルシュラなのでした。


あと少しでこの章が終わりです。もう少しおつきあいください。

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