表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第4章
18/67

選択の理由【2】






 翌日。学校見学にやってきたウルシュラは、本当にいつも通りだった。大した役者である。女優に転向した方がいいんじゃないだろうか。

「なるほど。学校も整備されているし、教育制度もよくできています。我が国ではまず無理ですね」

 ロジオン皇太子がほめた。教育関連の責任者はウルシュラなので、今回エリシュカはついてきているだけで、説明のほとんどはウルシュラが担っている。


「ありがとうございます。スヴェトラーナ帝国は大国ですからね。さほど大きくないレドヴィナ王国だからこそ、この方法で教育制度を整えることができたのだと思います」


 ウルシュラがニコッと微笑んだ。そのどこか腹黒そうな、気の強そうな笑みはいつもの『フィアラ大公』だ。


 ちなみに、レドヴィナ王国は小国に分類される。ウルシュラがロジオン皇太子とごたごたを起こしたくないのは、レドヴィナが小国でスヴェトラーナ帝国が大国だからだ。国力が違いすぎるのである。小国は大国の機嫌を損ねない世に振る舞わないと、つぶされてしまうかもしれない。


 今回、視察に来たのは貴族の子供たちが通う高等教育学校だ。王立ツァルダ高等教育学校だ。平民が通う学校にも行こうかと思ったが、議会で許可が下りなかった。ウルシュラも粘ったのだが、むしろ、下院の『皇太子が来てもどうすればいいかわからない。ストレスがたまる』という意見にあきらめた。


 さすがは貴族の子息子女。礼儀が行き届いている。まじめに勉強しているように見えるのは視察が来ているからかもしれないが。それにしても、時々ウルシュラに鋭い視線が飛んでいるような気がするのは気のせいか?


 そのまま王立エヴェリーナ大学を視察する。ちなみに、エヴェリーナはレドヴィナの初代女王である。尊敬される彼の女王の名が、そのまま大学の名前として使われていた。


 エルヴィーンは騎士学校を卒業している。そのため、学問を学ぶための学校が物珍しく見えた。ラディムも同様のようで、興味深げに女王の後をついて行っていた。



 視察を終えて、夜には晩餐会だ。通常、王族のいる国では、国賓を招くときは王族が同席するのだろう。しかし、レドヴィナ王国には王族が存在しない。そのため、女王、3人の大公、5人の公爵が晩餐会に出席する。


 そして、エルヴィーンとラディムも護衛として女王の背後に控えている。2人とも父親もしくは祖父が晩餐会に出席しているので、何とも言えない気持ちになる。


 晩餐会は宮殿内の最も豪華な食堂で開かれた。出席者は全員で9名。


 まず、最奥の主賓席には国賓であるロジオン皇太子。その右手には女王エリシュカ。左手にはフィアラ大公ウルシュラ・ヴァツィーク。本来なら、この席に宰相であるバシュタ公爵が来るのだが、主賓であるロジオン皇太子がウルシュラの従兄であることが考慮されたのだろう。


 というわけで、今回は女王エリシュカの隣にバシュタ公爵が来ている。その向かい側にはエリシュカ女王の父親であるソウシェク大公。さらにその隣にオルシャーク大公が来て、その向かい側には先代女王の兄ヴェセルスキー公爵。その隣にはエルヴィーンの父カラフィアート公爵が座り、その向かい側にはラディムの祖父ニェメチェク公爵。その隣の末席にムシーレク公爵が座っていた。


 つまり、上座から順番にエリシュカ、バシュタ公爵、ヴェセルスキー公爵、カラフィアート公爵。その向かい側の席は、上座からフィアラ大公、ソウシェク大公、オルシャーク大公、ニェメチェク公爵、ムシーレク公爵の順に座っていることになる。なんだかウルシュラの席がかわいそうな位置なような気がする。


 全員が席に着き、全員の前にワインの入ったグラスが配られたのを確認してから、エリシュカがワイングラスを手に取った。



「それでは、ロジオン皇太子の歓迎と、よりよいスヴェトラーナ帝国とレドヴィナ王国の関係を祈って、乾杯といたしましょう」



 全員が静かにワイングラスを持ち上げ、少しグラスを前に出して乾杯するふりをした。これが正しい作法なのである。


 乾杯が終わったところで前菜が運ばれてくる。ロジオン皇太子を歓迎するための晩餐会なので、レドヴィナ王国風の料理が次々と出てくる。それを味わいながら、参加者たちは和やかに談笑する。……見た目は。

「レドヴィナの料理はおいしいですね。隣国なのに、これほど風習に差があるとは」

 ロジオン皇太子が感慨深げに言った。これが演技なのかどうなのか、エルヴィーンには判断がつかない。

 エリシュカとウルシュラも笑顔でロジオン皇太子との歓談に応じているが、その心うちはわからない。権力を持つと、その心を隠さなければならないのだろうか。


 見ると、ウルシュラは首元を隠すドレスを着ていた。エリシュカが首元の痣は治したはずだが、もしかしてロジオン皇太子にそのことを知られたくないのだろうか。手にも肘までの手袋をしている。


 そして、何故かエルヴィーンの父であるカラフィアート公爵が、エリシュカの方ではなくウルシュラの方をじっと見ていた。睨んでいるわけではないが、視線を受けたウルシュラが居心地悪そうに身じろぎしている。


 あれか。長兄のルドヴィークがエルヴィーンをフィアラ大公に『差し上げ』ようと考えているせいか。ちょっと呆れたが、一階の護衛であるエルヴィーンに止めるすべはないので放っておくことにした。


 そして、デザートが出てきたときにちょっとした事件が起きた。

「!」

 デザートのケーキを一口ほおばったウルシュラが、驚いた表情で口元を手で覆った。すわ、毒か!? とみんなが戦慄したが、ウルシュラは微笑んだ。


「あら。おいしくて驚いただけですわ。ご心配なく」


 いつもの調子でさらりと言った。何人かがウルシュラをじろっとにらんだが、今のは睨まれても仕方がないと思う。





 晩餐会がお開きになり、先に歩いて行ってしまったウルシュラを追って、エリシュカはドレスの裾を持ち上げて走った。

「陛下! 危ないです!」

 ラディムが注意を促すが、エリシュカは走ってウルシュラに追いつき、彼女の肩に手を置いた。

「ウルシュラ! さっきのケーキに何か入ってたの?」

 振り返ったウルシュラは眼鏡の奥から、走って追いついてきた女王をじっと見ると、言った。

「唐辛子が中に入っていたのよ。地味な嫌がらせよね。クリームが甘かったから、そんなに唐辛子が入ってる意味ないし」

 ウルシュラは無表情で目を細めると言った。


「後で厨房へ行って釘を刺してくるわ。犯人を見つけたら、世界一辛い唐辛子を粉末にして丸呑みさせてやるっ」


 彼女は盛大に鼻を鳴らすと、くるりと背を向けて歩いて行った。現在、暮らしている部屋が近いので、ウルシュラの進行方向とエリシュカの進行方向は同じなのだが、エリシュカは速足で去って行ったウルシュラの後は追わず、ゆっくりと歩き出した。


「少し調子は戻ってきてるみたいね。顔をしかめられたけど……」


 エリシュカがほっとしたように言った。その言葉にラディムが顔をしかめる。

「ですが、陛下に顔をしかめて見せるってのはどうなんですかね」

「ロジオン皇太子といざこざがあったことを、わたくしに隠しておきたかったのでしょ。知られてしまったから、怒っているのよ……。ああ、別にエルヴィーンは悪くないわよ。わたくしが聞いたから、あなたは答えてくれただけだもの」

 エリシュカはそう言ったが、それでエルヴィーンの気が晴れるかと言ったらそうでもない。エルヴィーンの中にはウルシュラを裏切ってしまった、という思いが強く残っていた。


「あの子は、人に頼るということを知らないのよねぇ」


 エリシュカは歩きながらため息をつくように言った。その言葉にエルヴィーンとラディムは顔を見合わせたが、続く言葉が出ることはなかった。






 さらにその翌日は、王都郊外の女王の別荘に向かって出発した。エリシュカ女王とロジオン皇太子のほかに、同行者として、ロジオン皇太子の従者のオレクと護衛たち。女王の補佐代わりにロジオン皇太子の従妹であるウルシュラとその護衛(エルヴィーンたち含む)。宰相のバシュタ公爵は留守番だ。女王のほかに彼までいなくなってしまえば、政務が回らなくなる。


 女王の護衛であるエルヴィーンはともかく、ロジオン皇太子の従妹であるという理由だけで連れまわされているウルシュラはさすがに不憫である。


 王都郊外の別荘には、足掛け2日かかった。馬を飛ばせば1日で到着するのだが、今回は馬車が3台連なっているので、のんびり進んでいたのだ。


 当初の予定では、ロジオン皇太子の話し相手としてウルシュラが彼と同乗する予定だったが、いい意味で予定が狂い、ウルシュラは今、エリシュカと同じ馬車に乗っていた。


「……エリシュカ、大丈夫?」


 騎馬のエルヴィーンからは馬車の中の様子は見えないが、ウルシュラはエリシュカが自分とロジオン皇太子との問題に首を突っ込んできたことを根に持っているらしく、少々とげとげしい口調で、しかし、どこか心配そうな声音でそう言うのが聞こえた。器用だな。


 最近のストレスがたたったのか、エリシュカは馬車酔いしていた。馬車酔いしている女王を1人で馬車に乗せておくのもどうかと考え、ウルシュラがこちらの馬車に乗ったのである。もちろん、ストレスの原因は別の馬車に乗っている大国の皇太子殿下だ。


 エリシュカもいつもなら馬車酔いなどしないのだが、ストレスとは恐ろしいものである。


 王都の端の宿で1泊し、翌日の昼前には目的の女王の別荘に到着した。

 別荘の前には2人の女性が待っていた。老齢に差し掛かる年齢の2人は、馬車から降りたエリシュカとロジオン皇太子に向かって上品に礼をした。



「お会いできて光栄です。エリシュカ陛下、ロジオン殿下」



 より年かさに見える女性が生真面目な口調で言った。まっすぐにロジオン皇太子を見たその目は意志が強そうで、何となく、ウルシュラに似ていた。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


唐辛子入りケーキ事件ですが、ネタバレするとロジオンが嫌がらせに入れました。小学生の嫌がらせか! でも、ウルシュラは辛いものが苦手という設定があるので、嫌がらせにはなります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ