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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第3章
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大帝国の皇太子【4】

そんなわけでウルシュラ視点です。

次もウルシュラ視点のため、次の話はお昼ごろに投稿したいと思います。





 スヴェトラーナ帝国からロジオン皇太子が来訪すると決まった時から、ウルシュラはレドヴィナ王国の女王の居城で寝起きしていた。部屋は女王の部屋の隣の隣。間にひと部屋空けている。


 ロジオン皇太子は国賓のため、ウルシュラが泊まっているこの部屋よりよほど豪華なゲストルームに案内されているはずだ。ここから少し離れたところにある。むしろ、離れていてよかった……。近くにいると、気が休まらなかっただろう。


 ウルシュラは伸びをすると、ベッドから降りた。洗面台で顔を洗い、柔らかい布で顔を拭いている間にウルシュラに貸し出されている侍女のイーハ夫人が来ていた。


「おはようございます、ウルシュラ様」

「おはよう、イーハ夫人。今日も早いわね」

「仕事ですから」


 イーハ夫人はにっこりと笑った。イーハ夫人はイーハ男爵の奥方だ。年は30代半ばだが、結婚後も女王の侍女を続けている。なんとなれば、彼女は侍女長なのだ。


 侍女と言えば、貴族の子女がなるのが通例だ。少なくとも、貴族の血が入っていなければならない。貴族の子女は政略結婚に出されることが多いため、どうしても侍女の平均年齢は低くなる。


 結婚後も侍女は続けられる。だから、結婚しても数人は侍女が残る。イーハ夫人はその1人だ。次の世代に引き継ぎをしている最中らしいが、ロジオン皇太子が来たので計画が狂いつつある。あの男。来るならもっと早くに連絡を入れてくれればいいのに……。



 それはともかく、ウルシュラの侍女がイーハ夫人なのにはわけがある。年若い侍女は、ウルシュラを煙たがる傾向があるからだ。侍女として行儀見習いに出されるのは10代前半から20代前半まで。そして、最近のウルシュラしか知らない彼女たちは、ウルシュラを遠巻きにする。

 逆に、古参の女性たちにはモテるウルシュラである。たぶん、ウルシュラが大公だからだと思うけど。結婚後も残っている女性は、自立意識の高い女性が多いのだ。ウルシュラは大公なので、ある意味自立していると言える。


「今日はどのドレスをお召しになられますか?」


 イーハ夫人が笑顔でクローゼットを開いた。その中身を見て、ウルシュラは目をしばたたかせる。

「……なんだか、当初より中身が増えてない?」

「ええ。女王陛下と、ロジオン皇太子殿下がぜひウルシュラ様に、と」

「……あの2人、根本的なところで似てるんじゃないかしら……」

 血がつながってるのは自分の方だけどね! とウルシュラは自分でつっこみを入れた。

「にしても、なんかいやがらせ的な色と形が多くない?」

 やたらと淡いかわいらしい色や、かわいらしい型のドレスが多い。


「そちらはロジオン皇太子殿下がお持ちになられました」

「…………」


 何それ、絶対嫌がらせでしょ。前々からそりが合わないと思ってたけど、やってくれるわね……。こちらが手を出せないと思って! そのうち目に物見せてやるわ。


 心の中でロジオン皇太子への悪態をつくと、ちょっと気分が落ち着いた。今日着るドレスを選び、イーハ夫人に手伝ってもらって着替える。ちなみに、嫌がらせ的な淡い桃色のプリンセスドレスではなく、菫色のドレスである。夏なので、デザインは涼しげだ。


 イーハ夫人に髪を結ってもらいながら、ウルシュラは今日の予定を確認する。今日は軍事訓練の視察か……。その後、女王記念公園の視察……まあ、軍事基地から近いから、仕方がないか。

 ちなみに、そう言った予定はすべて午後からになっている。午前中はエリシュカとウルシュラが政務を片づけなければならないからだ。



 とりあえず、たまっているはずの書類をさばいて……。昨日かいた指示書を渡しておこう。



 思ったより、トップであるウルシュラがいないと、教育省は機能しないことが発覚したのだ。まあ、エリシュカが女王になってからウルシュラが推し進めてきた企画も多いし、仕方がないのかもしれないが。


 それで、明日が王立学校の見学かぁ……。案内が私になってしまう。


 教育省長官なのだから、当然である。


「はい。できましたよ。どうですか? 少し趣を変えてみました」

 イーハ夫人の楽しげな声で、ウルシュラはスケジュールを書いた紙から目を上げ、鏡を見た。表情が変わらなかったのは驚いたからである。


 ウルシュラは、公の場に出るときは髪をきっちり結いあげ、眼鏡をかけている。今日も眼鏡の予定だ。


 いつもはきっちり結いあげられる髪が、何というか、おしゃれに結い上げられていた。少し巻かれた髪を束ねて結い上げ、細い三つ編みで縁どっている。それだけでいつもより柔らかい印象になるから不思議だ。


「……まあいいわ。ありがとう、イーハ夫人。朝食を取って、そのまま教育省の方へ行くことにするわ」

「わかりました。私はお部屋の掃除をしてから女王陛下のもとに向かうことにします」

「よろしくね……じゃあ行ってくるわ」

「お気をつけて」


 イーハ夫人がほっこりとほほ笑んだ。ウルシュラも思わず笑みを浮かべ、教育省の方へと向かった。



 通常業務をいつもの時間の半分で終わらせることになる教育省は戦場だった。最も、これが『閑職』と言われる教育省だから戦場ですむわけで、ほかの部署なら連日半日業務、とはいかなかっただろう。


「これ! 内務省に提出してきて! こっちは各学校に送付! ああ、違う! そっちは視察に行く王立学校に送って! ええ、大学もよ!」


 ウルシュラは次々と指示を飛ばしながら決済印を押していく。教育省の官吏は優秀だ。というか、ウルシュラが毎日の業務の簡単な一覧やマニュアルを作り、業務分けを行ったからだ。得意なものはその人に任せる。


 教育省は『閑職』と言われるだけあり、官吏の質があまりよくなかった。当初はサボる人も多く、年下の上司であるウルシュラが教育省長官になったばかりのころはかなり反目された。


 とはいえ、ウルシュラはいつもの調子で言ってのけた。




『私に従いたくないというのなら、好きにすればいいわ。「閑職」と呼ばれる教育省の管理である以上、あなたたちには行き場がないの。だって、役に立たないからここにとばされたんでしょ。当然よね? ええ。私に従いたくないなら好きにすればいいわ。やめても結構。私の解職要求を提出しても結構。これから私は教育改革を行う。やる気のないものは邪魔なだけ。とっと出ていきなさい。でも、私のもとに残った者には、仕事とやりがいを与えてあげる。『やらなかった』のは過去であり、現在ではないからね。人はいくらでも変わることができる。選ぶのはあなたたちよ。さあ、どっちにする?』




 この傲岸不遜ともとれる言葉で教育省を去ったのは半数近くに上る。しかし、残った官吏たちはよくやってくれた。彼らは仕事ができないのではなく、させてもらえなかったのだろうとウルシュラは思っている。あれから2年近くがたち、さすがにこの省の官吏も増員されている。


 ウルシュラは本当に改革を行った。まあ、女王の名前で、だが。そして、教育省の官吏たちを『使える』ようにしたウルシュラは、教育省内の評価は右肩上がりで、現在に至る。


「これ、今日の午後から明日にかけてのスケジュール! 絶対にやってほしい業務も書いてあるから、全員絶対に目を通すのよ!」

「はい!」


 執務室の中から威勢のいい返事が聞こえ、ウルシュラは「うむ」とうなずいた。時計を見て近くにいた官吏にいう。


「私、もう行くわ。わからないことがあったら勝手に処理せず、私に伝言を残して私の机に置いておいて。長官印が必要なものもね」

「わかりました。大公、お気をつけて」

「ええ。よろしく頼んだわよ」


 そう言うと、ウルシュラは早歩きで教育省を出た。このまま宮廷内の食堂で昼食をとり、女王とロジオン皇太子と合流。軍本部に向かう。


 幸い、ロジオン皇太子より早くエリシュカと合流出来たウルシュラは、先に簡単な業務報告をした。

「陛下。明日の学校視察の件ですが。すでに承諾の報告が来ています。あー、大学の方はまだですが、おそらく夜までには承諾の報告が来るでしょう」

 別に相手の許可を得なくても、事実上学校を運営しているのはウルシュラだから、彼女がいればいくらでも視察をねじ込める。しかし、ウルシュラはそう言った職権乱用はあまりしたくなかった。


「わかりました。ありがとう、フィアラ大公……ああ。ロジオン殿下がいらっしゃいましたね」

 ウルシュラはあわてて頭を下げた。女王のエリシュカはともかく、一階の大公であるウルシュラは、いくら従兄が相手だろうと他国の皇太子相手に無礼な態度は取れない。

「エリシュカ女王。今日もお美しい。オリガも、今日の髪形、よく似合っているよ」

 髪形がいつもと違うことに気づかれた! ロジオン皇太子に微笑まれたウルシュラは心の中で悲鳴を上げたが、ぐっとこらえた。

「お褒めにあずかり光栄ですわ」

 何とかそう返した。ロジオン皇太子はかたくなにウルシュラを『オリガ』と呼ぶ。ウルシュラのミドルネームになるため、間違いではないのだが、そろそろ嫌がらせなのではないかという気がしてくる。





 軍本部で軍務省長官ハルディナ侯爵の挨拶を受け、彼も連れだって軍の訓練場に向かった。そこでは、軍人たちが過酷な訓練を行っていた。

 レドヴィナ王国では、軍と近衛騎士団が別に存在する。軍は国防を担い、近衛騎士団が女王及び王城の守護をつかさどる。軍には民間人も入れるが、近衛騎士団は貴族しかなれない、という決まりがある。

 軍は軍務省直轄だが、騎士団は女王直轄。女王というか、宰相直轄のような気もするが、まあ、その辺の詳しいことはおいておこう。


 女王とスヴェトラーナ帝国の皇太子、さらに軍務省長官まで見学に来ているので、軍人たちは過度に緊張していた。過呼吸になるやつらもしばしば。いつも通りに訓練できないのだろうか、と呆れていると声がかかった。


「オリガ様。退屈そうですね」


 ウルシュラはちらりと彼を見上げると、言った。

「別に退屈なわけではないわ。呆れているだけよ」

 ウルシュラは彼から顔をそらしてそう言った。声をかけてきたのはオレク・ヴォリスキーという男で、ロジオン皇太子の側近である。長身の男で眼鏡をかけており、いかにも『文官』という雰囲気を醸し出しているが、実は剣が使えるのではないか、とウルシュラは思っている。何故わかるかというと、ウルシュラも剣が使えるからだ。後で機会があったら、エルヴィーン辺りにでも聞いておこう。


 エルヴィーン。女王エリシュカの護衛。不思議な男。公平な男であることはわかっている。公平であるがゆえにウルシュラに無礼な態度をとることはなかったが、快く思っていないであろう様子は見せていた。


 それなのに、ウルシュラに付き合ってくれる。隣に並んでくれる。


 何故だろう。不思議でならない。


 ウルシュラはこんな性格だから、昔からそんなに友人はいなかった。だが、両親がいたころにはそれなりに親しい友人はいたのだ。昔からひねくれていたウルシュラだが、こんなに性格がゆがんだのは『赤の夜事件』のあとだ。仲の良かった友人たちも、離れて行った。


 父が反逆者だからだろうか。ウルシュラの性格がゆがんでいるからだろうか。


 父が原因だと考えるより、ウルシュラの性格に原因があると思った方があきらめがついた。


 私は何をしているんだろう……。時折、そう思ってむなしくなる。





 私は、何をしているんだろう……。







ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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