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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第3章
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大帝国の皇太子【3】






 ロジオン皇太子到着の翌日。真夜中過ぎまで星の観察をしていたエルヴィーンだが、ちゃんと既定の時間には女王の側に控えていた。まず、ロジオン皇太子との朝食から1日が始まった。エリシュカもウルシュラも緊張気味に顔が強張っていて、もしかして間を持たせるためにエリシュカはウルシュラを招集したのではないかと思ったくらいである。



 その後、エリシュカとウルシュラは午前中の間に執務をかたづける。女王の方が仕事量が多いのは当然なので、さっさと執務を終えたウルシュラがエリシュカを手伝いに来た。初めて彼女の事務作業を見たが、驚くほど手際が良かった。書類を読みながら報告を聞き、別の書類を書く。そんな動作をしても間違いが起きないのだ。この人、本当に人間か?



 昼食はまたもロジオン皇太子とともに。明日は晩餐会で、この国の8人の大公、公爵を招いての食事になる。見ているだけのエルヴィーンやラディムですら胃が痛い。



 そんな1日を過ごしたからか、午後のお茶の時間のころ、エリシュカの様子が少々おかしかった。アフターヌーンティーで焼き菓子をつまんだエリシュカは、同じく焼き菓子をつまんだウルシュラを見て言う。


「……やっぱりウルシュラは美人よね。暗い色ばっかりじゃなくて、もっと明るい色を着ればいいのに」

「明るい色はあまりに合わないのよ。桃色は最悪だわ」


 だから昨日の桃色の百合にキレたのか。確かに、ウルシュラと桃色の組み合わせはあまり想像できないが。


「……今夜は舞踏会よ。あなたの今日のドレス、わたくしが選んでもいいかしら」

「……どうしたのよ、エリシュカ。様子がおかしいわよ?」


 この部屋はエリシュカの私室とウルシュラが借りているゲストルームの間にある部屋だ。そこで、エリシュカとウルシュラは2人でお茶をしている。護衛はいるけど。


 しかし、基本的にいつも変人のウルシュラに『様子がおかしい』と言われるエリシュカは、すでにストレスがたまっているのかもしれない。エリシュカはふふふ、とばかりに笑った。


「わたくし、妹が欲しかったのよ。自分好みに着飾らせたくて……でも、うちは兄だけだし、いとこやほかの親族は年上ばかりだし、そんな機会、なくて」

「それで、私に着せ替え人形になれっていうの? 何言ってるのよ。私を着飾らせて何が楽しいの? 頭おかしいんじゃないの?」


 女王に暴言を吐くお前の方が頭がおかしいだろう。つっこんでやろうかと思ったが、やめておいた。嫌味が3倍になって返ってくるからだ。

「あら。楽しいわよ。ウルシュラはとても美人だし、黒髪もきれいでうらやましいわ。眼の色もきれいだし、泣きぼくろが色っぽくていいわよね」

「……えぇっと」

 ウルシュラが動揺した。ウルシュラは基本的に性格がひねくれているし、議会内での不敵な発言からも好意的な言葉をかけられることが少ないのだろう。ほめられて動揺したのだと思う。



「イレナ! イレナはいる!?」

「はいっ。ここに!」



 エリシュカの呼びかけにさっと答えて部屋に入ってきたのは、侍女のロマナである。20代半ばの気の強そうな美女だ。


「ありったけのドレスと装飾品を持ってきて! ドレスは長めのものよ。ウルシュラが着るから!」

「まあっ。それはおもしろ……いい案ですわね! お待ちください」

「って、本当にやる気なの!? あなた疲れてるんでしょう! 何よ、私がつっこんでるこの状況は!」


 エリシュカとイレナのテンションについていけないウルシュラが大声を上げる。彼女はどうやら、普段自分がつっこまれるような行動をしている自覚はあるようだ。



 やがて、イレナが数人のメイドをひきつれて色鮮やかなドレスを持っても戻ってきた。当たり前だが、エルヴィーンとラディムは追い出された。扉の前で護衛。時々中から悲鳴のような声が聞こえる気がするが、とにかく無視。


「いやぁ。動揺するフィアラ大公なんて初めて見たぜ。女王陛下は様子がおかしいし、ろくなことしねぇな、ロジオン皇太子」

「そこに行くのか」

「だってそうだろ。女王陛下の異常行動の理由、皇太子じゃないと説明つかねぇもん。さすがはフィアラ大公の従兄」


 ラディムが1人でうんうん、とうなずいている。むしろ、エリシュカがロジオン皇太子に気を使いすぎのような気もするが。『慈愛の聖女』と呼ばれるほど心の広いエリシュカにも苦手な存在はあるのだ、と思うと何となく安心した。彼女も自分と同じ人間なのだと思える。




 それから2時間弱、エルヴィーンとラディムは立ちっぱなしだった。職業上、立ちっぱなしが多いため慣れているが、ひっきりなしにメイドや侍女が部屋を出入りするため、中が気になること。時々中からウルシュラのものらしき悲鳴を聞こえてくる。中で何が行われているのだろうか。


「できたわよ」


 入って、とエリシュカがどことなくすっきりした表情で顔を出して言った。好奇心がおさえきれず、エルヴィーンとラディムは中を覗き込んだ。部屋の中ではウルシュラがどことなくぐったりした様子で椅子に腰かけていた。


「わたくしとイレナの力作よ」


 とエリシュカはウルシュラをしめす。確かに、エリシュカが力作というだけあって、着せられたドレスはウルシュラによく似合っていた。

 いつもの暗い色ではなく、目の色に合わせた淡い翡翠色のドレスだ。ふわりと裾に向かって広がり、レースで縁どられていた。大人っぽいきれい系のドレスを好むウルシュラにしては可愛らしいデザインだ。まあ、選んだのはエリシュカのようだが。


「似合っているでしょう?」


 エリシュカは何故か自分の事のように胸を張って言った。エルヴィーンとラディムが黙っていると、エリシュカは続けて言った。

「でも、ウルシュラはあまり可愛らしい系のドレスは似合わないわね。本当は桃色とか、リボンとか」

「あのねぇ、エリシュカ。私、21歳よ。桃色とかリボンが似合ってどうするのよ」

 ウルシュラが冷静にツッコミを入れた。さすがのエリシュカも、桃色は着ないだろう。リボンはありかもしれないが。エリシュカは桃色というより白。ウルシュラは濃い青や紫の印象だ。


「そう言えばウルシュラ。今日の舞踏会は1人で行くつもり?」

「1人で行く気だけど、舞踏会だからね。駄目なら父方の従兄のヴィレームでも誘っていくわよ」

「なら、今、相手の方はいないのね。ちょうどいいわ。うちのお兄様と一緒に行ってくれない?」


 エリシュカの兄。ソウシェク大公の後継ぎ、マクシムのことだ。ウルシュラの顔が思いっきりひきつったのは、ちょっと見ものだったかもしれない。









 ウルシュラに兄を押し付けたエリシュカは、女王として国賓であるロジオン皇太子とともにダンスホールへ入場した。エリシュカの笑みが引きつっていたのは見間違いではないだろう。エリシュカのドレスは白で、まるで嫁ぎ行く花嫁の様だ。相手がロジオン皇太子だけどな……。


 エリシュカに「ウルシュラをよく見てて」と言われたことを思い出したエルヴィーンは壇上からホールを見渡してウルシュラとマクシムを発見した。2人ともにこにこ笑って話をしているが、どうせロクな話をしていないのだろう。エルヴィーンは視線を逸らした。


 ワルツを聞きながら、エリシュカがホールを見渡してまぶたを落とした。眠ったわけではないと思われる。すぐに目を開けたからだ。そして微笑んでロジオン皇太子を見上げて言った。



「殿下。よろしければ一曲、お付き合い願えませんでしょうか」

「おや。もちろん、喜んで」



 ロジオンはどこか嘘くさい笑みを浮かべてエリシュカの手を取った。そのまま2人はダンスフロアに降りる。護衛のエルヴィーンとラディムは待機。ちなみに、ほかの近衛騎士、つまり護衛はどこか別の場所を警護しているはずだ。近衛騎士の仕事は女王の護衛だけではないのだ。

「女王陛下、顔が引きつってたよな」

 ラディムの言葉にエルヴィーンも神妙にうなずいた。

「……なんというか、言い方は悪いが、フィアラ大公を10倍くらい強烈にしたような方だな、ロジオン皇太子は」

「ああ。何かわかる……」

 ラディムに同意された。もちろん、ウルシュラは世間というか、貴族間で言われているほど底意地が悪くも腹黒くもないのだが、何となく、ロジオン皇太子と似ているな、という印象はある。まあ、血はつながっているし、不思議なことではないのだが……。


「おお。女王陛下がマクシムさんと踊り始めたぞ」


 どうやら、エリシュカは自分の兄と踊りだしたようだ。なら、ロジオン皇太子はどこに行った……と思ったら、マクシムのパートナーであるウルシュラと踊っていた。こちらは従兄妹いとこ同士だ。


 兄と踊っていたエリシュカがロジオン皇太子より先に戻ってきた。


「お疲れ様です」


 ラディムが心からそう言うのを感じだ。確かに、お疲れ様である。

「ええ……途中でウルシュラが割って入ってくれて助かりました。彼女には悪いですが」

「フィアラ大公に任せときゃいいんですよ。従妹なんだから」

 ラディムのあけすけな言葉に、エリシュカは苦笑した。

「ウルシュラなんかよりずっとたちが悪いわ。気が付いた? あの人、わたくしがダンスに誘うのを待っていたのよ」

 あの沈黙の水面下では、そんな争いが起こっていたらしい。エルヴィーンは無表情に、そしてラディムは素直に驚いた。この2人にはいまいち、そう言った駆け引きはよくわからない。



 エルヴィーンたちに愚痴っていたエリシュカも、ロジオン皇太子が戻ってくると微笑んだ。

「楽しそうで何よりですわ、ロジオン殿下」

「あなたのおかげですね。早々にお戻りになっていましたが、どこか調子が悪いのですか?」

「少し足をひねってしまいまして。座っていれば大丈夫ですわ」

「それはよかった」

 ロジオン皇太子も微笑む。2人とも微笑んでいるのだが、何故か怖い。続いてエリシュカは「フィアラ大公と何を話していらっしゃったんですか?」と尋ねて会話を続けた。頑張れ、女王陛下。




 結局のところ、この舞踏会はエルヴィーンとラディムをも気疲れさせたと記しておく。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この次はウルシュラ視点。2つ彼女視点が続くので、明日のうちに両方投稿できそうなら、2回投稿します。

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