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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第2章
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『悲しき乙女のレクイエム』【5】

本日2話目!

第2章はこれで終わるので、きりもよかったので。


章の最後はウルシュラ視点です。





 その日、ウルシュラは学校に来ていた。別にウルシュラが通っているわけではなく、教育省長官として視察に来たのだ。ウルシュラは、時々こうして学校に行き、自分の目で国の教育制度を確認していた。


「あっ。ウルシュラ様だー!」

「大公様だ。どうしたんですか?」


 その学校に足を踏み入れると、ウルシュラはあっという間に子供たちに囲まれた。ちょうど休憩時間だったようだ。



 この王都クラーサ中央からやや外れたところにある学校は、中等教育を与える学校だ。



 レドヴィナ王国では、教育は4年・5年・3年・4年に分かれている。幼年学校、中等教育学校、高等教育学校、大学だ。幼年学校では主に読み書き計算などを教え、ここでやめてもいいが、中等教育学校に入るとさらに詳しい算術や政治などについて教える。高等教育学校になると、さらに詳しい一般教養を教え、大学はもちろん、専門知識を教える。


 途中で辞めるものも多いが、大学まで行って有識者と呼ばれる存在になるものもいる。高等教育学校を卒業していれば、かなりいい仕事に就けるので、割と進学者は多い。都市部では。



 そして、今代の女王エリシュカ陛下は、平民にまでその教育の機会を広げている。まあ、今までも平民と言える存在、つまり、豪商や財閥、法律家や医者などの子供が学校に通うことはあったが、そのほか下級層の平民及び農民は学校に通えない状況だった。学費が高いからだ。



 そのため、エリシュカ女王は即位と同時に平民が無償で通える学校を作り、国民の識字率上昇に力を入れた。その活動を一任されたのが、教育省長官のフィアラ大公ウルシュラである。今のところ、下級層向けの学校は、幼年学校しか作られていないが、現在は試験運用期間だ。あと三年は立たなければ結果が出ないので、気長に待っているところだ。


 というわけでこの中等教育学校は、貴族やその他金持ちの平民が通う学校だ。男女共学だが、やはり男子生徒の方が多いな。


「みんなの様子を見に来たのよ。サボらずに勉強しているでしょうね?」


 ウルシュラが尋ねると、してるよ! との返事。うむ。元気があってよろしい。


 基本的に貴族に人気がないウルシュラだが、金持ち平民も多い中等教育学校ではかなり歓迎を受けることが多い。これが高等教育学校、大学、となると貴族の比率が増えて睨まれることの方が多くなる。まあ、大学生の中にはウルシュラとさほど変わらない年の者も多いから、睨まれるのは当然かもしれない、と最近はあきらめている。


 歓迎されることが多いとはいえ、中等教育学校の生徒の中にも、ウルシュラを見てあからさまに顔をしかめる者がいる。たいてい貴族の子息子女だ。親にいろいろと吹き込まれたのだと思う。


 改めて考えると、いろいろやらかしてるな、自分、と思わないでもないが、止めるつもりはない。先に悔むことができないから後悔というのだし。


「偉いわねぇ。みんな、勉強して私より偉くなるのよ!」


 それは無理ぃ、とみんながカラカラ笑う。まあ、普通、どんなに勉強しても大公より出世はできないでしょうね。でも、実権を握ることはできるぞ。



「大公閣下。よくお越しくださいました」

「ザヴジェル校長。お久しぶりね。学校の様子はどう?」

「ええ。閣下が新しく教材を入れてくださったおかげで、かなり教えやすくなっております」



 初老のザヴジェル校長はそう言って微笑んだ。


 ザヴジェル校長はれっきとした爵位を持つ貴族だ。人柄は温厚で、多くの人から尊敬される人だ。年下の上司であるウルシュラにも丁寧に接してくれる。

 女性にしては長身であるウルシュラと、ザヴジェル校長が並ぶと身長が並ぶ。ウルシュラがハイヒールを履いているのもあるが、ザヴジェル校長は男性にしては小柄なのだ。昔、それでからかわれたことがあります、と言っていた。ちなみに、ウルシュラは背が高くて嫌味を言われたことはある。


「それならよかったわ。足りないものが出たら言ってちょうだい。手配できるかはわからないけど。他に問題はない?」


 ウルシュラが尋ねるとザヴジェル校長の温厚そうな顔が少し曇った。


「……貴族子息子女の間で、『下級平民に教育を与えるのはやりすぎだ』という風潮が……」

「あー……」


 貴族や一部の金持ち平民たちの中にもだが、『平民が知識を得るなど言語道断』という考えの者が多くいる。おおむね穏やかに進んでいるエリシュカ女王治世だが、この民間に教育の場を広げる、という点に関しては、かなり議会で総論になった。


 エリシュカは女王に即位してすぐに平民に教育を与える機関を作ることを訴えた。当時の教育省長官は反対した。そのほか、多くの貴族院議員もだ。


 ウルシュラもその時の構想案の穴をつきまくり、貴族院の中にはフィアラ大公は平民教育制度に反対なのだ、と思う人が多くいたそうだ。実際には、賛成派だったわけだが。


 あの時、エリシュカは女王命令として計画を押し進めることもできた。しかし、そうしてしまっては、女王と貴族院の間にしこりが残る。だから、ウルシュラはエリシュカに構想案を練り上げ隙のないものとし、議会を通すことを進めた。ちなみに、貴族院で通ってしまえば、下院では簡単に通過した。


 睨まれるのは、自分だけでいい。女王が政治に集中できない事態となれば、この国はもう駄目だ。ウルシュラはそう思っていた。だから、貴族院の注目はウルシュラに集める。


 議案が通過したエリシュカは、ウルシュラを新たな教育省長官に任命した。それまで、宮廷内ではさほど地位の高くない秘書官の位置にいたウルシュラにとっては大抜擢であった。


 最も、爵位を考えればさほど珍しいものではないが、当時のウルシュラは19歳。降ってわいた年下の小娘上司に従ってくれるものはほとんどいなかった。ザヴジェル校長は当時、ウルシュラの話を微笑みながら聞いてくれた数少ない人の1人だ。


「……そのあたりは、私にはどうしようもないわね。恨みを買うのは得意なのだけど」

「……あなた様は、またそう言うことを……」


 ザヴジェル校長は呆れたようにため息をついた。

「この国には、あなた様に感謝している人が何人いると思っているのですか。かくいう私も、その1人です。しがない貧乏貴族の1人だった私を抜擢してくださったのはあなた様ですからね」

「……」

 にっこりと感謝を述べられ、ウルシュラは何とも言えない気持ちになった。普段、自分に対する誹謗中傷、悪意を聞きなれているからか、ザヴジェル校長の言葉はまるで異次元の言葉のようで、ウルシュラにはあまり感謝されている、という実感がわかなかったのだ。


「誰がどういおうと、こういった問題は、時が解決するのを待つしかないのです。私たちに出来るのは、この教育制度を絶やさずに、いつかそれが『当たり前だ』と言われるようになるのを待つこと。そこまでくれば、もう『当たり前』なのですから、確執も存在しなくなってきていることでしょう」

「……ご高説、痛み入るわ」

「いえいえ。あなた様の痛烈なお言葉に比べれば」

「私、貶されているの?」

「いえいえ。ほめているのです。思っていても、言えないものの方が多いですからね」


 それは単純に性格が悪いから、なのかもしれないのだが……。

「ただ、率直すぎるのも考え物です。あまり言いすぎては、敵を作るばかりです」

「……私の勝手でしょう? 私、正義の味方というより、敵役かたきやくって感じでしょう? お似合いだと思わない?」

「全然」

「……」


 ここまで否定されたのは初めてかもしれない。


「あなた様はいろいろなことをしてきた。平民に教育の場を与え、生活環境を整備し、法を整えた。平民たちがあなたを敬うのは、あなたが真にこの国のことを考えているとわかるからです。貴族院議員たちの目は節穴ですね」

 またも言い切った。ウルシュラに言わせれば、平民が通うための学校を作ったのも、公共施設を整備したのも、既存の法律に手を加えて整えたのも女王だ。まあ、ウルシュラも首を突っ込まなかったとは言わないが、1人でできることには限度がある。ウルシュラ1人ですべて行ったわけではない。


 妙な表情になったウルシュラを見て、ザヴジェル校長は笑った。


「いいことをした、と自覚がないのが正義の味方の証拠です。創造の世界の中の彼らは、それが『いいこと』だからするのではなく、『当たり前だから』するのですから」

「……相変わらず、ザヴジェル校長の言うことはよくわからないわ……」

 ウルシュラは中庭の方を見た。休み時間が終わり、授業が始まっているため、もう生徒の姿はない。

「わからなくても結構ですよ。それがあなた様の魅力の一つでもありますからね。……ところで、最近、カラフィアート公爵の三男坊と仲がいいらしいですが」

「……あなたの情報はいったいどこから仕入れてくるのよ……」

 今度はウルシュラが呆れた表情になった。カラフィアート公爵の三男坊。つまり、エルヴィーンのことだ。つい昨日も一緒に遊覧船に乗った。まあ、彼の長兄に目撃されているのだから、ほかの人に目撃されていても不思議ではない……のか?


「カラフィアート公爵の三男坊と言えばその美貌で有名ですが。ついに閣下も結婚する気になりましたか」

「……そうね。女王陛下が結婚したら、考えるわ」


 とりあえず、ウルシュラはそうはぐらかした。


 その後、いくつか事務的な報告を受けてウルシュラは屋敷に帰宅した。そこで、執事に何通かの手紙を渡された。その中の一つに双頭の獅子の紋章を見つけ、彼女は顔をしかめた。




「……嫌な予感しかしないわ……」




 そして、彼女の予感は当たった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


明日から第3章に入っていこうと思います。はた迷惑な隣国の皇太子がやってきます。ウルシュラの従兄です。


今回はウルシュラと周囲の認識の差について書いてみました。ウルシュラは自己評価が低いのですね。まあ、嫌味にしか見えませんけど。


明日も投稿します。

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