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背中合わせの女王  作者: 雲居瑞香
第2章
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『悲しき乙女のレクイエム』【4】

なんか調子がいいので、今日は2話投稿したいと思います。

お昼ごろに今日の2話目を投稿します。




 翌日、スラニナ子爵夫人が拘束、逮捕された。屋敷の使用人からの証言もあり、自白を待たずに逮捕となったのは僥倖だろう。


 さらに、ウルシュラは議会にとんでもない法律を持ち込んできた。いわく、『犯罪の教唆を行った者は、多額の罰金を科し投獄する。なお、自ら罪を犯すよりもたちが悪いため、実行犯より重い刑とする。教唆を行ったことが明らかであるのに否定する場合、拷問も許可』らしい。驚いたことに、この法律は議会を通過した。刑法の一部に加えられたらしい。


 この法律は、議会を通過した2日後から施行されることになった。すると、スラニナ子爵夫人の愛人の法律家が自ら出頭してきた。法律家であるため、早くにこの法律が成立したことを知ったようだ。おそらく、法律が施行される前に自首すれば、罪が軽くなるかもしれない、と思ったのだろう。



 聞いたところによると、法律家の彼は、スラニナ子爵夫人に愛情を抱いていたわけではないらしい。彼女が夫である子爵を殺害した後、法律を駆使して自分が子爵になろうとたくらんだらしい。これにはエリシュカもあきれていた。



 ちなみに、この法律では『教唆を行ったことが明らか』であるかが要となっている。今回のように背後関係がわかれば問題ないが、わからない場合は無実の者が拷問されてしまう可能性がある。


 と思ったら、この法律はすぐに修正され、『教唆を行ったことが明らか~』より先の部分が削除された。どうやら、議会ぐるみでその法律家をはめてくれやがったらしい。エルヴィーンとラディムもはめられた。この2人は政治的取引が苦手だった。











「それにしても、あの法律は何故通過したんだ?」


 相変わらず街で遭遇するウルシュラに、エルヴィーンは尋ねた。フメラ川をに沿う道を下流の方に下りながらの会話である。今日は夏らしい涼しげな淡い緑のドレスを着ていた。つばの広い帽子の時もあるが、今日は白い日傘をさしていた。


 彼女は日傘の下からエルヴィーンを見上げ、さらっと言った。

「当然よ。議会は、犯人を捕まえた後にあの法律を修正するつもりだったんだから。良くも悪くも、議会はスラニナ子爵を殺した犯人なんてどうなってもよかったのよ」

「……下手したら、あなたが捕まっていたんじゃないか?」

「そうよ。だから、法律案は通過して法律になったのよ。あの時彼らは、『私が捕まってもいい』と考えたわけね」


 相変わらず自虐的な策を打ち出してくる女、ウルシュラ。このひねくれた性格はどうにかならないのだろうか。


 あの時点で、スラニナ子爵夫人が犯人であることは明白だった。しかし、彼女は『指示された』と話しており、その『指示した』相手がだれかわからない状態だった。そこに、ウルシュラが『犯罪教唆』に関する法律案を持ってきた。


 まあ、法律案を持ってくる時点で、彼女が教唆の犯人である可能性は低いのだが、議会の議員たちは彼女が犯人で、捕まってしまってもいいと考えたようだ。実際には真犯人が出頭してきたので未遂に終わったが、あのまま出頭してこなければ、ウルシュラは『犯罪教唆を否定している』として拷問を受けた可能性がある。



 なんなのだろうか……彼女には被虐趣味でもあるのだろうか……。



 思わず考え込むエルヴィーンである。


 そして気づいた。議会は、貴族院だけで成り立っているわけではない。

「下院はどうしたんだ?」

「そっちは先に話しを通しておいたの。私、下院には顔が効くのよ」

 ニコッと笑ったウルシュラは、どうやら民衆には人気があるようだ。まあ、教育省長官を任されている彼女だ。民衆に「教育」という施しを与える彼女に人気があっても不思議ではないかもしれない……。だが、彼女には『親殺し』の噂がある。


 まあ、噂で人は判断できない。普通は。そうしてしまう人がいるのは仕方がないが、避けるべきではある。貴族たちは噂に踊らされ過ぎではないだろうか。



 こうしてウルシュラの街の散策に付き合うようになったエルヴィーンには、彼女がちょっと頭のいい普通の娘に見えるようになっていた。



 彼女が、先のフィアラ大公、自分の父親を殺したとは思えない。



 しかし、彼の『赤の夜事件』が彼女の性格の一部を形成しているのは事実だろう。元からこの性格なら、ひねくれすぎだ。



「とはいえ、賭けだったのは認めるわ。極端だから、法律として通らない可能性もあった。でも、相手が法律家なら、これが一番効果的だと思ったのよ。そもそも、犯罪教唆に対する法律がなかったのもおかしいし」


 川側を歩いているウルシュラはフメラ川の方を見て眼を細めた。ちょうど、遊覧船が岸に着いたところだった。

「法案が成立しなかったら、私が直接交渉に行こうと思ってたし。肉体的苦痛を与えずに自白させる自信はあったし」

「……それは十分に拷問だろう」

 肉体的苦痛を与えないのなら、精神的苦痛を与えるのだろう。そう判断してエルヴィーンは言ったが、ウルシュラはあいまいに微笑んではぐらかした。


「……乗るか? 遊覧船」


 ウルシュラが遊覧船の方を見ているのに気が付いて、エルヴィーンは言った。何となく遊覧船の発着場に向かい、船に乗り込んだ。乗り込む際に彼女に手を差し出したら、変な顔をされた。だが、その手を取ってウルシュラは遊覧船に乗り込んだ。


 甲板から王都の街並みを観察しながら、話の続きである。


「それと、あの法律家は平民だよな? 貴族になることは可能なのか?」

「不可能。エリシュカもそう言ってたでしょ?」

 日傘で肩をとんとんとたたきながら、ウルシュラが言った。確かに、エルヴィーンはエリシュカにも同じ質問をしていた。エリシュカは、




「不可能よ。確かに、爵位を持つ夫が亡くなったあと、その未亡人が爵位を継ぐことはあるわ。でもそれは子供が大きくなるまで、とか、次の当主が決まるまで、とか限定的なものよ。だって、嫁は他の家から嫁いできてるもの。未亡人が爵位を他人に、しかも平民に与えることなんて不可能なの」




 と言っていた。もしかしてウルシュラに尋ねれば違う返答が来るかもしれない、と思ったのだが、彼女の解説はエリシュカのものとほぼ同じだった。

「まあ、時期が悪かったのもあると思うわ。エリシュカは甘いけど、しっかりしてるもの。法律の隙をつく真似なんて、させないと思うわ。たとえ、計画があのまま遂行されていたとしてもね」

 エリシュカが行った説明とほぼ同じことを言った後に、ウルシュラはそう付け加えた。確かに。フィアラ大公もいるしな。



 その後は沈黙が続く。王都の街並みがゆっくりと流れていく。ウルシュラが反対側の岸を見るように柵に寄りかかった。2人は並んでいるが、逆の岸の方を見ていた。

「そう言えば、まだ聞きたいことがあった」

「……何よ」

 ウルシュラが端的に尋ねる。エルヴィーンは言った。


「あなたの眼鏡は、度が入っているのか?」


 唐突過ぎる、しかもちょっとふざけた質問に、ウルシュラはさすがに目を見開いた。しかし、すぐに答えた。


「伊達眼鏡よ。度は入ってないわ……変装するときに印象が変わって便利だから、使ってるだけ」

「眼鏡くらいで印象が変わるのか?」

「輪郭はゆがむわよ。眼鏡をかけると、どうしても眼鏡の印象が強くなるのよ。だから、パッと見はわからない場合が多いわ……あなたが特殊なのよ」


 ウルシュラにズバッと言いきられ、エルヴィーンは肩をすくめた。確かに、宮殿に出仕するとき、ウルシュラは眼鏡をかけ、髪を結い上げ、色の濃いかっちりしたドレスを着こむことが多い。プライベートである今は明るい色合いのドレスを着ていて、髪もおろし髪で眼鏡もなし。パッと見は、印象が違うかもしれないな。


「それと、大公の魔術ってなんだ?」

「あら。つっこんでくるわね」


 ウルシュラは面白そうにふふふ、と笑ったが、何かをたくらんでいるようにしか見えないのは何故だろうか。


「何だと思う? 私の魔術」

「……わからないから聞いているんだが。まあ、瞬間記憶能力とかはありそうだな、と思う」

「そうね。あるわよ。治癒魔法も使えるけど、エリシュカよりは弱いわね。まあ、攻撃魔法は得意よ、とは言っておくわ」


 はぐらかされた。まあ、確かに自分から手の内を明かす愚は犯さないよな。何しろフィアラ大公だし……。


「私も聞いていいかしら」

「ああ」


 ウルシュラがこちらを見上げてきたので、エルヴィーンはうなずいて見せた。彼女はそれを見て「じゃあ」と口を開く。


「どうしてあなたは、私に付き合ってくれているのかしら」


 ……それはウルシュラに『どうして街をぶらついているんだ』と尋ねるのと同じレベルの質問だと思われるが。とはいえ、エルヴィーンはそう答えず、律儀に言った。


「……放っておけないから、だろうな。大公が1人で王都とはいえ街をぶらつくなんてありえん」

「その『ありえん』現象があなたの目の前で起きているということね。一応、何人か影ながら護衛はついているのよ?」

「……そのようだな」


 エルヴィーンは、ウルシュラの後を見つからないようについてくる人間がいることに気が付いていた。むしろ、初めはそのついてくる人間が気になったから、ウルシュラと行動しよう、と思ったのだ。まあ、街で2回目に出会った時のことだが。

 しかし、すぐに彼らはウルシュラの護衛だと気が付いた。さすがに、大公を1人で歩かせる、などということはしなかったらしい。当然だ。


 それでも、エルヴィーンがウルシュラに付き合う理由。彼女の安全は確保されているのに、何故彼はウルシュラに付き合うのか。それは単純に、『何となく、放っておけないから』だ。


 エルヴィーンは、主君である女王エリシュカにも、ウルシュラが1人で街をぶらついていることを言っていない。ウルシュラが言うな、と言ったからだ。自分を「信用はしている」と言われた以上、エルヴィーンにはウルシュラの信用にそむいて、女王に言う気にはなれなかった。



 何故だろう。



 そう思わないではないが、エルヴィーンはあえて考えないようにしていた。


「……ねえ。もう一つ聞いていいかしら」


 しばらく沈黙しつつ、相変わらずエルヴィーンとは反対の岸の方を見ていたウルシュラが言った。エルヴィーンは「ああ」とうなずく。すると、すぐに質問は飛んできた。



「あそこにいるの、あなたのお兄様じゃないかしら?」



 エルヴィーンははじかれたように振り返った。対岸を見ると、確かに見覚えのある姿が! 長兄・ルドヴィークが面白そうにこちらを見ているのと目があった。


 遊覧船が着岸した。


 ああ。なんだか面倒なことになりそうだ。







ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


私は法律に詳しいわけではないので、法律がいまいち意味不明ですが、お目こぼしいただけると嬉しいです。

前回の後書きで、ウルシュラは法学者、という話をしましたが、同じく手元の資料によると、エリシュカは言語学者の予定だったみたいです。そして、エルヴィーンは天文学者……。実はこいつ、頭いいな。


今日はお昼ごろにもう1話投稿します。

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