幕間二 Lemon Blossom
櫻井に返事ができないまま来てしまった週末に、私は一ノ瀬のコンサートに足を運んでいた。
普段なら服装なんて全然気にしないけれど、お洒落なファンの子たちから浮いてしまわないように細心の注意を払って選んだ事実が私に前を向かせてくれる。どんな服装をしたらいいのかわからなくて頭を抱えたけれど、答えはなかなか出なくて。派手な服は持っていないし、地味すぎるのも駄目なのだから面倒臭くて。こういう時は六花に相談できたらいいのに、コンサートに行かないと言ってしまったせいでできなくて──。
苦しかったけれど、何故か悪くないなと思った。浮いているようには感じない──ファッション誌と睨めっこをして色々と買ったのだから自信しかない。
メイクもしていた私は自然と背筋を伸ばしていた。こんなもの高校にいる間は無縁だと思っていたけれど、私は今日、数年ぶりにワクワクしながらこの場所に立っていた。
「でっか……」
慣れない場所を歩いてなんとか辿り着いた会場は、私が今まで行った中で一番大きな建物と言っても過言ではなくて。
(全然ざまぁみろじゃないじゃん)
過去の無知だった自分を悔やみ、頬を叩く。踏み入れた会場は、既に熱気に包まれていた。
私は指定された席に座り、コンサートが始まるのを待つ。さすが招待券というべきか、席はステージが一番見易い位置にあった。
(……すごい)
ここからなら、一ノ瀬の表情もよく見えるだろうか。
二人きりの時には絶対に見せない笑顔や、キレのあるダンス──とにかく輝いている一ノ瀬の姿が。
*
気がつけばいつの間にか暗くなっていた会場に、アナウンスが入った。アイドルに興味がない私でもコンサートが始まるのを楽しみにしているのだから、ファンの人たちはどれほど今日を楽しみにしていたのだろうか。
ステージがライトに照らされた瞬間、イントロが流れた。
(……なんの曲だろ)
今日の為に《Vivace》の曲をたくさん借りて、一通り予習したはずだったけれど、この曲は今まで聞いてきたどの曲にも当てはまらない。
派手な音と共にメンバー全員がステージへと飛び出してきた。テレビで見ていた時とは違い、何故か全員がマイクを持っている。その瞬間の私の予想は、当たっていた。
一ノ瀬を含む《Vivace》の八人が、何人かに別れて歌い出したのだ。瞬間、観客は黄色い声や驚愕の声を上げる。
(あ、この曲ラブソングだ)
歌詞を聞いてそう思った。別に《Vivace》がラブソングを歌うのは珍しいことではない。珍しいのはこれが新曲で、ダンス組と呼ばれていた一ノ瀬たちが歌っていたことだった。
《Vivace》が歌う歌詞も、いつもの曲と雰囲気が違っていた。大人っぽく比喩を多く使うような歌詞が、初々しい──そう、初恋に振り回されている少年の歌詞になっているのだ。
(他のはあまり好きじゃないけど、この曲は好きかも)
私にそう思わせる何かがこの曲にはあった。
一ノ瀬は丁寧に自分のパートを歌い上げ、こうしている間にも曲は最後のサビへと進む。にも関わらず歌詞は人々の心へと深く残るようになっていた。
*
コンサートが終わっても冷めない熱気が会場にはあって、私は手で顔を仰いでいた。スマホへと手を伸ばして通知を確認すると──メッセージの受信を告げている。
私にメッセージを送る人は限られている。不審に思ってチャットを開くと、見知らぬ名前が視界に入る。
《コンサート終わったら近所の公園で待ってろ》
簡潔に、ただそれだけが書かれていた。
(……一ノ瀬?)
どうしてもそうだとしか考えられなかった。コンサートのことを知っているのは一ノ瀬だけなのだから。
私は、返信しようとして止めた。