第八話 天月六花 前編
あたしの親友、春日美月は、他の友達にはないものを持っていた。
合格発表の日、合格に喜び嬉し泣きをする子。不合格に悔し泣きをする子ばかりがいる中、あの子はたった一人で掲示板の前に突っ立っていたのだ。
彼女はまったく泣いてなくて。嬉し涙がついつい引っ込む。その無表情はある意味怖くて、美しくもあった。不合格だったのかなと思う。そんな子たちのことを考えると素直に喜べないような気がする。急に黙った娘を見て、お母さんは「大丈夫?」と心配そうに聞いてきた。
「なんでもないよ」
あたしはそう言って、またあの子に視線を移す。
あの子は顔をちょっとだけ動かして、合格者を誘導する看板を見てからその方向へと歩いて行った。
「お母さん、早く行こう!」
「えぇっ?! ちょっと六花! 貴方本当にどうしたのよ!」
お母さんの手を引いてあの子の後を追う。たった一人で黙々と歩くあの子は凛々しく、女のあたしでもかっこいいと思えるような子だった。
「ねぇ!」
あたしはあの子に声をかける。あの子はあたしを見事に無視して、さっさと歩く足を止めなかった。あたしはお母さんがいることも忘れて、小走りであの子に追いつく。
「ねぇってば!」
あの子は無表情であたしを見て、「私?」って顔をした。呼ばれていたことに気づいていなかったらしい。それは私が悪かった。
「初めまして! あたし、天月六花! 貴方は?」
変わらない無表情で、あの子はあたしを見下ろしていた。なんだかロボットみたいな子だなぁ。
「春日美月」
でも、あたしもロボットだった。それが彼女の名前だと遅れて気づいたのだから。
「美月! 可愛い名前だね!」
美月は軽く頭を下げただけだった。照れているのか、誉め言葉に慣れていないのか。むずむずと顔を動かしている。
とにかくあたしは、そんなロボットみたいで不器用な美月が可愛くて可愛くてしょうがなかった。
「あたしたち、友達にならない?」
美月は黙る。校舎の中に入っても黙っている。
「……友達って、何するの?」
ようやく言った台詞は予想外のものだった。
「わかんない!」
ぎょっと、美月が初めて感情を顔に出す。
「なってみないとわかんないでしょ?」
美月はあたしの台詞をじっくりと考えて「そうだね」と答えた。心做しか嬉しそうに見える。
「よろしくね、美月!」
「……よろしく、天月さん」
「六花でいーよ!」
「六花」
「そう!」
「六花」
「うん!」
ぎこちなく美月が笑った。
他のどの友達とも違う、とっても変わった女の子。それがあたしの唯一の親友、春日美月だった。
*
そんな美月に、最近たくさんの友達ができはじめている。
つっきーや、あの夏とも友達になったらしい。あたしはそれが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。誰にも知られていない美月の魅力が、あたしの友達にわかってもらえている。それって本当に素敵なことだと思う。
「なにニヤニヤしてんのー、六花」
「ほんとだー。もしかして恋?」
「そんなんじゃないって!」
わざとらしく頬を膨らませると、みんなが笑う。いつかこの中にも美月が入ってくればいいのに。そう思うけれど難しいだろうか。
「さてと」
立ち上がって、あたしは弁当箱を持った。
「六花、今日も春日さんと食べるのー?」
「うん!」
「物好きだよねぇ、六花も」
「そんなことないって! 美月はすっごく可愛くて面白いんだから!」
「えー、そっかなぁ」
みんなは疑っているけれど、あたしはそれを知っている。
「じゃ!」
昼休み。そう言ってあたしはまた隣のクラスへと出かけた。と言っても隣だから、十歩も歩かないうちについてしまう。
「美月ー」
今日も一人だった美月は何故か難しそうな顔をしていた。そのせいかあたしが来たことにも気づいていない。しばらくその様子を見ていると、身長の高い男子があたしの傍に来た。
「……天月」
目を見開いたつっきーは、美月の方へと視線を移す。そんなつっきーをあたしが黙って見てるわけもなく、ニヒッと口角を上げた。
「つっきぃー!」
ちょっとだけ声を大きくして渾名を呼ぶと、美月がガタッと動いたような。……あれ? そんなに驚くほど大きかった?
美月は振り向いて、あたしの傍に立っていたつっきーを視界に入れて、身を仰け反らせる。それはすごく何かを言いたげな表情で、それはつっちゃんも同じようで。これもわざと大きく手を叩くと、二人が同時に我に返った。
どうしたんだろう。というか、いつからそんなに親しそうな関係になったんだろう。友達じゃないのかな。友達だよね?
「美月!」
「……え、あ、六花」
驚いた表情のままの美月は、安心したように息を吐いた。あたしがつっきーのことを呼んだのに、気づいてなかったのかな。つっきーは慌てた様子であたしの真横を通り過ぎ、教室から出ていってしまった。
「ご飯食ーべよ!」
「うん」
微笑んだ美月の表情は、出逢った頃に比べるとかなり柔らかくなった。そして、もっともっと可愛くなっていた。
「夏ー、席借りるねー!」
「お〜」
花梨と話していた夏は呑気にそう答えて。あたしは夏の机を美月の机にくっつける。その間に美月は弁当箱を鞄から取り出していた。
「ねぇ、美月」
「ん、何?」
「つっきーとなんかあった?」
なるべく軽い調子で聞いてみた。美月はぴたっとわかりやすく手を止めて、戸惑う瞳を見せる。
「……なんで?」
「……いや、今の見て何もないって思う方がおかしいでしょ」
なるべく笑って言ってみた。頭を抱えた美月は、周りを見回して誰かを探す。誰かっていうのは多分つっきーで、つっきーが本当にいないとわかった美月はあたしを見た。
「今日、立候補者の締め切りじゃない」
「うん、それが?」
「……でも、つっきーがまだ立候補してなくて」
「そうなの?!」
手に取っていた箸を落としてしまった。
「あ」
「……あぁ」
あたしはため息を吐いて箸を拾う。
「洗ってくる」
「行ってらっしゃい」
教室を出て水道へと急いだ。その途中で、つっきーを見かける。
さっきの美月の話を聞いていたあたしはあからさまに立ち止まってしまった。つっきーはそんなあたしに気づいていて、「天月、どうした?」と首を傾げる。
「あ、う……」
立候補しないって本当?
「珍しいな、天月が黙るなんて」
つっきーは笑って、だけどまだそこにいてくれた。そうだ、黙るのはあたしらしくない。
「つっきー、立候補しないって本当?」
「え?」
美月から聞いたとは言わなかったけれど、つっきーはすぐに気づくはずだ。その証拠に、複雑そうに笑っている。
「どうして?」
聞いちゃいけないんだろうなって思ったけれど、あたしは勇気を出して絞り出した。……あたしは絞り出してしまった。
「天月には関係ない。……だろ?」
「そう、そうだけど……!」
拳を握り締める。
「あたしは……」
「天月?」
あたしは。
それ以上の台詞を言うことができなかった。つっきーの為にも。美月の為にも。言えるわけないこんなこと。
「……ごめん」
つっきーの横を走り去る。瞬間、つっきーの匂いがした。
「おかえ…………六花?」
弁当を食べずに待っていた美月は、不安そうな表情をあたしに見せた。
「どうしたの、なんで目が」
「美月」
あたしは目元を無理矢理拭う。流れた涙は水で洗い流したけれど、それでも溢れてくるものがある。
「あたしね」
「うん」
自分からは何も聞かないことにしたらしい。真面目な顔で立ち上がって、その瞳をあたしにきちんと向けてくれる。
だからあたしは美月のことが大好きで、親友になりたいと思ったんだよ。
あたしは笑った。息を吸い込む。
「あたし、生徒会に立候補する」
勇気はまだ、絞り出せる。
「六花……」
「あたしは決めたの!」
ねぇ、つっきー。あたしは知ってるよ。つっきーが頑張って生徒会の仕事をしていたことを。一人ぼっちで寂しそうにしていたことを。だからあたしは、生徒会の仕事をやろうって思うんだ。




