Episode.5(前編)
<00>
僕の名前は“石橋達也”普通の高校生である。しかし、あの日を切っ掛けに『普通』というものは崩壊したであろう。
一体、彼女は誰だろうか。そして、もう一度彼女に会うことができるのであれば、名前をきき何しているのかと。そんなことを考えながら、朝のホームルームをすごしていた。
今日は転校生を紹介するぞ、と先生が、騒ぐクラス全体に言うと、それと同時に、杖をついた一人の同い年には見えない黒髪の少女が入ってくる。先生はその子の名前を書いてゆく。
神、無、月、と一文字ずつ書いてゆく先生の筆跡を辿るように視線を逸らすと、ほのかと書いて、チョークを置いた。神無月ほのかさんだ、と続けて先生は言った。
「どうも、神無月ほのはです」と一礼した。
彼女には、見覚えがあった。そう、あの夜の少女だった。僕は思わず声を上げて、立ち上がってしまった。
彼女は怪訝そうにこちらを睨みつけたようにも見えてそのまま席に座った。がクラスの誰かが、今ネットで話題の“ツヴァイ・フリューゲル”のボーカルだと言って、クラス中が賑やかになる。いたる所では「サインくれ」や「ファンです」とかの声が聞こえている。
なぁなぁ達也。どう思う?と窓辺に寄りかかった、友達の航洋が話かけてくるのを、僕は「別に」と言う。
そのうちに、委員長が仲裁に入っていた。
<01>
放課後、廊下を歩いていると、後ろから“石橋”ととてもきつい口調で言う声が廊下に響く。
声の主を見るため振り向くと、そこにはほのかがいた。
「神無月ほのかさん?」
「自己紹介はいいでしょ。早速、本題に入らせてもらおう。」
鞄からA4サイズのクリアファイルを出すと、それを僕に向かって放り投げた。
「これは何?」
「穏便に済ませたい」
そこの資料には、自分の個人情報がすべて書いてあった。
「これって……」
そう、と言って背中から黒い物騒な物を取り出す。
「拳銃!?」
そうね、と言って銃口を僕に向ける。
ちっ、と小さく舌打ちして、銃口を下げて隠すと、それと同時に数名の生徒が僕の後ろから現れる。
逃げろ!!と言う声が廊下に響き渡ると、ほぼ同時にほのかがす素通りしてゆくのが分かった。
大きな爆発音が響き渡り、耳鳴りだけが残されていた。
「どうやら。私たちは何者から狙われているとみても、いいと思う」
振り向くとほのかが立っていた。
「誰に……」
「わからない」
「わからないって」
みぞおちに強い衝撃を食らう。
「黙って」
促されるままに黙る。
いいこね、と言って黒煙の中に飛び込んでいった。
<02>
気が付くと、あたりには警察と消防が来ていた。
よかったら、明日私の家に来なさい、と言ってほのかは、一枚の紙切れを渡してそのままどっかへ、消え去っていた。
放課後……。
いつもと変わった雰囲気が身の回りを取り囲んでいた、にぎやかなグランドの静寂、ざわつくクラスも無人。
いろんなものは、現在に至ってはすべて、“イレギュラー”であった。そう何もかもがその時、変わったように……。
帰り道の夕焼けが綺麗だ。燃えるように沈んでゆく太陽を見ていると、その中に一人の人影が見えた。
一瞬、ほのかの影のように見えた。
その陰は、やはりほのかだった。
「あなた石橋を、待っていたい」
「さっきの続きか?」
来い、と短く言って速足で歩く、そのあとを追うようについてゆく。
「ねぇ、神無月さん」
「ほのかでいい」
「えっ……っと。ほのかさん」
しばしの沈黙。
曲がり角を曲がると、倒されていた。
「ほのかさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっと驚いただけ」
大柄の男が立ち去ってゆくのを、横目で確認する。
手を差し伸べると、「結構」と言わんばかりに睨みつけられた。




