家中の団らん
「よし、行こうか。」
国王が白い手袋をしながら言う。
「はい」
ルシオが返事をし、アエルは頷く。
正式な今代の王族が全員が集まる食事。朝食として重すぎるものだ。
「もうみんな来てくれてるそうだよ。10分前くらいかな、早く来すぎないのも流石なんだよなあ」
アエルは国王が呑気に述べるのに感心する。
ーこういう配慮も、それに気づくのも本当に賢い人しかできないー
アエルはガチガチになった頭の中で学びを蓄えていた。
国王が重く荘厳な扉をノックし、国王の近衛が扉を開ける。
国王の後ろにはルシオとアエルのみが続き国王の近衛騎士は続かない。
「皆、朝早くに集まってもらい感謝する。」
机と椅子の配置は正妃宮と本質は変わらない。
奥の短辺のみに一つの椅子が置かれ、長編に4脚ずづ。
真顔とは言えずとも面々には警戒の色が滲んでいる。
「ごきげんよう。お父様。」
その声は紅で占拠された奥側の長辺。
その最奥から発せられる。ニコニコと微笑み和やかな空気を放っている。
「ああ。おはよう。サティア」
国王は最奥へと歩を進めながら微笑んで答える。
こちら側の長辺の手前二つにはアエルと同じ稲穂色が座っていて、
一向はその奥の空いた二つの席へと歩をすすめる。
「アエル卿も座ってくれ」
最奥、短辺の椅子に手をかけたレクスが前もって声をかけると
ルシオが座ったのちアエルも腰をかける。
「失礼致します。」
アエルとその隣の稲穂色は完全に隣と調和、否、重なる。
「アエル卿お久しぶりです。」
「ソレイユ殿下お久しぶりでございます。」
向かい合う瞳の色以外は表情まで瓜二つ。
従兄弟ではなく兄弟だと思えるほどに。
そして嫌味なものは言うだろう。「紫が孤立しているかのようだ」と。
「アエル卿とソレイユは従兄弟でしたわね。」
最奥に座ったルシオの対面のサティアが再び声をあげソレイユが穏やかに肯定する。
張り詰めた空気の中、2人は和やかに応対する。
そしてサティアは今度レクスへと振り替える。
「そういえばお父様よかったですわね。今まで父上だけが髪色で孤立しておりましたのに。今日は寂しく感じる必要はなさそうですわ」
生意気で皮肉混じりなそれにレクスは心のそこから嘆息する。
「そうだな。俺もやっと枕元を濡らさなくて済むよ。」
当のルシオは終始真顔で随分と視線のやり場に迷っているようだった。
ルシオ自身を除いて総勢8名。
こんなに大勢の他人と対面するのは初めてだった。
アエルと側妃2人を除く全員が王族の証である赤の瞳だ。
「…自己紹介から行こうか。じゃあ、デコルから。」
国王がとりあえずと口を開く。
通称デコル。指名されたのは紅で染まった長編に座る第二王妃。
「第二王妃デコレーラ・セレナ。」
冷淡にルシオを見据える深緑の瞳。
色が少し抜けた赤髪をきっちりと括り一塊にまとめている。
スムーズに続く御子は王女2人と王子1人の三兄弟。
「第一王女スキエンティア・セレナですわ」
小悪魔に微笑む猫目の長女は前髪を中央でわけ、堂々と波打つポニーテール。
現存する今代の王族の最年長。妖艶で大人びた雰囲気を纏う。
「第三王子ドゥケーラ・セレナ」
険しい顔の末っ子はツーブロックで目にかかる髪を3対7でかきあげ、
横目でルシオを威圧的に見下している。
「第二王女サピエンティア・セレナ。よろしく〜。」
ルシオの対面。ふわりと微笑む中間子17歳は緑のバンダナをつけたふんわりウェーブのボブ。
シースルーの前髪で独特の雰囲気を纏う。
よりどりみどりの赤の王子王女は髪も瞳も赤色の分、装いが個々鮮やかである。
国王が視線で誘導し自己紹介はこちら側の辺へと移る。
「第二王妃プルーヴィア・セレナです。よろしくお願いいたします。」
透き通った水色の瞳で稲穂色の髪はロングのハーフアップ。
体を前に傾けて謙虚にルシオと視線を交わす。
続く御子は王子1人。
「第二王子ソレイユ・セレナです。」
爽やかに笑う一人っ子はフェイスラインが隠れるくらいのボブ。
前髪は目にかかるまま下ろしている。
快活さを持った笑みでルシオを覗き込む。
「じゃあそのままアエル卿」
国王が指定し歪なそれもそのまま進む。
「アエル・アウルムと申します。」
アエルは深々と頭を下げて声の震えを隠しながら微笑みに徹する。
「第四王子近衛騎士団の副団長を拝命しております。恐れ多くも本日は同席させていただきます。」
アエルが顔を上げても警戒の目はあれど侮辱の目は幸い見当たらない。
アエルがルシオに目配せする。
「第四王子ルシオ・セレナ。これからよろしくお願いします。」
警戒の目をルシオは真正面から向き合って浴びる。ルシオに動揺の色はない。
「と言うわけで皆集まってくれて感謝する。」
「あら、父上は自己紹介されませんの?」
即座に飛んだヤじ。
「…確かにサティア様のおっしゃる通りですわね。」
「あははっ、そうですね。お父上も自己紹介を。」
稲穂の母子プルーヴィアとソレイユが微笑み、
「陛下が自己紹介するなんで貴重な瞬間ですわね」
姉スティアが苦笑いし、レクスは両手を上げて降参する。
「はいはい、なんだっけ、セレナ王国国王レクス・セレナだ。本当よろしく頼むよ。」
「お父様、返事は一回ですわ」
「…サティア。」
サティアがレクスにトドメを指して、顰めっ面の母デコルがサティアへ釘を刺す。
サティアはニコニコとしている。
「ああ、悪かった。自己紹介も下手で。」
バツが悪そうにレクスが食事を促す。
レクスが執事に視線をおくると扉が開けられすぐに料理が運ばれる。
配膳の間言葉は流れない。
まあそう言うものだろう。国王も無駄な気は使わない。
アエルは周りを見渡した後納得した。
誰も無言を気にしていなかった。
やがてが最後に退出し人払まで済まされる。
「…」
バケットとパン。ジャムなどいろいろなものが運ばれてくる。
ルシオは量に驚きながらも顔には出さない。
「いただきます」
レクスの掛け声の後それぞれの声が重なった。
やっと王宮の食卓の全ての席が埋まった。
想定外を含んだやっとの実現にレクスは感慨に耽っていた。
「さて、どこから切り出そうか」
皆が二口ほど飲み込んだ頃、真っ白になりかけた頭でつぶやく。
「あら、ナイフの使い方もお忘れになって?」
心底楽しそうにそっと続けるサティア。
「とりあえずは外側から。本来ないはずの剣があるにしては総数が少ないようで」
カトラリーに準えながら言うサティアが正面のルシオとアエルの方を向く。
正妃の現存する御子は正式には2名。ルシオとルシア。
アエルを保護者である正妃ソニアの代理としても、この場にルシアはいない。
だからこそ紫が孤立しているように見えるのだ。
「…」
サティアはルシオと真正面から見つめ返され吐息混じりの苦笑をこぼす。
「そうだな。第一王妃。ソニアのことからはなそう。知っていたものがほとんどだと思うが…。」
堪忍した国王言葉に皆静かに耳を傾けた。
「ソニアは離れに幽閉した。そして一時的にルシオを王宮に預かる。使用人も満足にいない状態で1人第一王妃宮で生活させるわけには行かないからな。理解してくれ。」
端的で驚くべきそれをそれぞれが静かに受け入れる。
それは事前に王妃たちに国王が情報共有を徹底していたことに加え、
レクスが王妃たちとしかとした信頼関係を築いているからだ。
「ルシオは早急に学園へ入学させ寮へ入れる。それまでは正妃御子の優遇だの、噂が立つことになるから、今日は皆が参上してくる時間に解散しようと思う。」
情報共有、交流に加えた今日の集会の目的。
「承知しました。」
王の独断による正妃御子の優遇だとか変な噂がを防ぐための「合意の」見せつけ。
侮られる噂を完全位防げやしないが王妃たちもそこまでは鼻から期待していない。
ー第二王妃は正妃の座も王太子の座も奪われましたなー
ー第二王子は教皇にしろ、第三王子はどうなることやら。ー
ーこれは騒がしくなる。だから引きこもりを正妃にするなんて反対だったのです。ー
そこそこ頭のあるものさえ伝わっておけば良いのだ。
下手な噂を立てるなと。
「そして新学年からルシオはドゥクスと同じ第3学年に飛び級入学をさせる。ドゥクスと同じSクラスに配属されるだろう。学力は言うまでもなく問題ない。ドゥクス。気にかけておいてくれ」
ドゥクスことドゥケーレに視線を合わせ、
険しい頷きを確認してからさらに一拍おく。
学園は18歳になる年までの5年制だ。
「そして建国記念日、王宮舞踏会でドゥクスを王太子とすることを発表する。」
無駄な争いを起こさないためへの国王の明確な意思表示。
喉を鳴らす音がした。
「承知いたしました」
張り詰めた声でこたえる弟に左右の姉がどことなく視線を送り、
それから国王に視線を戻す。
厳かな顔にやはり濁りはない。
「即座にドゥクスを王太子と公表しないのは?」
2泊ほど流れたことでデコルが疑問を投げかける。
「ああ。それは曖昧にすることで一時的に貴族たちの行動を遅らせる、かつ、その際の各貴族の動向も見ておきたい。そしてその間に…」
疑念が残るデコルたちの瞳に国王がルシオに視線を送りうなづく。
ー僕が王宮舞踏会までに『黒の公爵家、アーテル公爵家』を摘発します。ー
デコルは真顔、スティアは絶句、ドゥクスが顔を引き攣らせ、
オウルーヴィアは首を傾げレクスに正気かと確認。
ソレイユがポカンとレクスとルシオに顔を交互に揺らし、
サティアが興味深そうに「へー」と辺りを見渡す。
公爵家とは王族を除く貴族の中で最高位。
黒の公爵家ことアーテル公爵家は王国最古の公爵家で初代国王を輩出した家紋。
第四王子勢力、すなわちルシオを国王に推す勢力の筆頭だ。
「私は断じて王位継承を望みません。」
最重要事項は序盤に述べるように。言われた通りルシオは従う。
「もちろん今まで深窓にいた僕に力はありません。兵力等は盾の公爵家であるスクートゥム公爵家に依存します。が、自勢力を摘発をしたという形式を作ることで王位継承の意思がないことを明確に示します。」
すでにほとんど目がルシオが釘付けになり、真理を探っている。
「最終目的のため違法カジノ、麻薬、奴隷、獣人、エルフ等売買、の売買契約書の確保を最優先とし、僕とスクートゥム公爵が共同総統を務めます。」
キョロキョロしているサティアですら真顔で、
真正面からの赤の瞳も、横ながしの赤 の瞳も温度はない。
アエルは目のやり場を失い自然とルシオに憂う瞳を向け、
レクスが全体を静かに見通す。
「成功した暁には、自勢力の中心であるアーテル公爵家を没落させることに加え、褒章として我が母ソムニアの生家、ナトゥーラ侯爵家を公爵家に昇格。私が次期当主の座を賜ることを陛下に許諾をもらいっております。」
ソニアこと正妃ソムニアの生家は長女であったソニアが王妃となったことで、
急遽妹が継いだが後継者不在により没落目前となっていた。
そして王子の降家はすなわち完全な王位継承権の放棄、
その他王族への忠誠を誓うことである。
「繰り返しますが、私は断じて王位継承を望まない。死にたくありません。だから殺さないでください。」
そして最後に置かれるのが感情。
けれど生物的には絶対的な根拠を基づく提案。
ールシオ!ルシオはどこにやったの!早くっ、早く言いなさい!ー
正妃の発狂を目にしたことのある者たちは直感的に確証的に、
ルシオの思考回路を理解した。とにかく死にたくないのだと。
けれど嫌悪感は拭えない。
「あなた方が摘発が終了するまでに私を仇なそうとした場合はあなた方の命を保証することはできません。王位継承権を放棄しても生が保証されないのであれば利益がありません。」
アエルの怯えが膨らむ。
無謀で、突飛で、極端で、ルシオが向けるのは明らかな敵意。
皆からすれば引きこもっていた末っ子の王子が、
ー最古の公爵家を没落させ、王位継承権を破棄する。理由はお前らに殺されたくないからだ。それくらいしないとお前らは殺す気だろう?ー
と宣言したようなものだ。
「分かった。お前が公爵家を潰す以上俺らはお前を仇なす必要性はない。」
それでも気圧されることなく次期国王は告げる。
「王位につくのはこの俺だ。今ので確信した。お前は敵ですらない。」
空気が凍りつき国王もどうしようかと対応に困る。
「では僕も、そもそも王位を望んでいません。と改めて宣言を。争う利も理もない。僕はみんなに慕われる教皇であれればいい。もちろん権力はドゥクスに与えられる分で十分です。」
苦笑いで最年長の王子が告げる。
「あー、今までは叔父上に手を止めていただいていたが、今回ことを動かすこととなったわけだ。叔父上も総統を請け負う以上成功は疑っていない。面倒なのは後始末だ。せっかくなら王位継承ではなくここで騒動を完全に収束させたい。」
国王が一堂に喝を入れる。
「国王命令。全員協力しろ。」
全員が簡略的に礼をし場が移り変わる。
それぞれの視線が動き始めて、家族同士で安心を確かめ合う。
「…お父様。可愛い娘に見惚れてどうかしました?」
サティアがレクスの視線に困惑する。
「…ああ、いや。そうだな。可愛い娘にルシオのダンスパートナーをお願いしたい」
ソレイユが思い出したように「ああ。」と呟き、家族視線に応ずる前に
「ぜひ」
サティアはなんともなく即答した。
「…デコルも問題ないか?」
代わりにレクスがひと声かけ、
「本人が良いなら」
と案の定が帰ってくる。
「だってあまり者のあたしが適役でしょう?」
ソレイユとサティアは次年度から最高学年である第5学年へと進級。
卒園が迫っている。
けれど教皇を目指すソレイユはまだしも、サティアに婚約者はいない。
「…」
デコルが視線で注意するが、サティアは結婚適齢期にも関わらず婚約者がいないことを卑下しているわけではない。
「事実なんだからいいでしょ。あたしは高潔だからねー。あたしと対等に分かり合えるひとじゃないと。妥協する気はないの。」
本心から駄々をこねるサティアにレクスが愛おしそうに微笑む。
「…ところで、一本カトラリーが少ないのは結局?」
サティアが話題を逸らし、忘れていたわけでないだろうが国王が吐息を吐く。
「第3王女、ルシオの双子の片割れ。ルシアはソニアと同じ離れで療養している。」
各々の表情にはあまり変化がない。
「ご病気で?」
「もともとルシアは体が弱かった。高齢出産の上、双子だったからな。ナトゥーラから医師をなん度も呼びつけるわけにもいかないし、王都では空気も悪いということで前から極秘にはしたが、離れに療養にやっていた。」
サティアの質問へ答えも納得のいくことで、
「社交に出ることはないと思ってよくて?」
「体調が落ち着けば無いとは言い切れない」
デコルもそれ以上は踏み込まない。
自然と皆が食事の方に集中を始める。
「…ルシオって呼んでいい?」
カトラリーの細かい音が響いていた中、サティアがルシオに話しかける。
「はい。構いません。」
「ダンスはどれくらい知ってるの?」
「知識としては全て履修しています。簡単なものはアエルや父上と実践しました。」
「…次回もお父様にダンスを申し込むことにします。」
皆に宿ったであろう違和感がサティアの一言で、数人の笑いとなって漏れ出す。
「それは僕が女性パートを踊るって意味かな?」
レクスも苦笑いをしている。
「そうだなぁ、アエル卿やお父様から見てどのくらいの出来ですか?」
「僕の女性パートが散々だったから分かりずらいけど、頭の回転がはやいし、運動神経も悪くない。悪戯をしなければ問題は起きないんじゃないかな。」
「そうですね。背丈の問題はあると思います。僕らより差は小さいですが、王女殿下の方が背丈がお高いですから。」
アエルは粗相がないように必死で微笑む。
一般的な令嬢の平均が155程度でサティアは163cm程度。
ルシオはまだ144cm程度だ。
「摘発はすぐいくのよね。なら摘発が終わってから手合わせの時間をとりましょ。」
「分かりました。」
端的に話はすんでしまって、サティアは完全な雑談に進む。
「あたしも背は高い方ではあるんだけど、せっかくならお姉様くらい高くなりたかったなぁ。」
「あら、そうなの?でも170cmもあると殿方からは忌避されちゃうわよ?」
「お姉様はセシウス様がいらっしゃるし、ドレスも映えていいって自分で言ってたでしょ」
「まぁそうね。セシウスも、182cmだったかしら、丁度いいのよね。」
「セシウス様とお姉様は本当お似合いって感じがする。」
「あら、ありがとうね。」
現在社交をリードしているスティアの立ち振る舞いは社交でも話題だ。
堂々たる高嶺の花という表現が的確で、同じく秀麗さが有名だった白銀のセシウスとの交際は美男美女としてカップルのお手本だと憧れている。
「…ドゥーもお似合いだし。」
サティアの呟きに仮面を保っていた弟が顔を顰める。
「…ノーコメント。」
「否定しないのよね。」
「そうそ。実際サフィーリアちゃん可愛いし、しっかり者だし。」
姉2人の微笑みに弟はわざとらしくため息をつく。
教皇を目指すため婚約者の必要がない安全圏にいるソレイユは気楽に笑っている。
「ドゥクスってやっぱりそうなんだ。」
「兄さんまで…。」
「ごめんごめん、踏み込みはしないよ。候補の中だとあの子は安心だと思ってたから。」
聖女と評された第3王妃の御子であり、現存する中の最年長の王子。
ソレイユを王太子に推す声も少なくはないが、関係は悪くないようだ。
「でしょうね。ただ、王太子妃になってくれるかは分からない。」
いやそうにしながらもドゥクスはぶっきらぼうに答える。
「まぁソレイユがそういうなら僕も踏み込む必要はないかな。もし王太子への任命を先に伝えることになったらその時は教えてくれ。」
「分かりました。」
レクスも王太子妃の話というのに深入りはしない。
ただ純粋に微笑ましそうに見守っている。
「サフィーリア嬢は水の公爵家のご令嬢ですか?」
「合ってる。…下手なことするなよ。俺を敵に回したくなけりゃ。」
「はい。アクア公爵家は安定していますから、僕のようになることはないでしょう」
ルシオの素直な発言に少し空気が濁る。
正妃は安定した生家のものでなくてはならない。
世間で王位継承戦の火の粉が大きくなっている要因の一つには、
現正妃の生家のナトゥーラ家が没落に瀕し後ろ盾がなくなったこともある。
「…お前はそうだな、死にたくねぇ、以外で王位を目指すとしたら理由はないのか?」
ドゥクスが噛み砕きながらルシオをさぐる。
「そうですね、昔に母が“正妃が正妃であるから血を注ぐ僕は王にならなければいけない“と言っていましたが。僕には理解できませんでした。今も王位につきたいと思える理由はありません。ドゥケーレ、兄上に僕への敵意がないのであればわざわざ火種を作る必要がありませんから、王位に近づけば自分を守れうる力が手に入るとしても。」
「…そうだね。ソニアはやっぱり正妃として否定される機会が多かったから、パクスが急逝して、立場が危うくなって、ルシオが生まれてそれこそ6歳の時のお披露目までは王位と正妃としての立場に執着してたよ。」
レクスが視線を逸らしながら補足する。
6歳。ルシオとルシアが一度だけ決まりの王族のお披露目として社交に顔を出した歳だ。
「そうでしたね。あのお披露目か。正妃、様がルシオの王位継承権を破棄したきっかけ」
ぎこちなくドゥクスが回想する。
「あの時は大事になってしまって申し訳なかったな。」
レクスも心底申し訳なさそうに呟く。
正妃は当時ルシオの王位継承を諦めていなかったが、
断固として社交に出すことは拒否した。
「パクスが存命中はお腹の子が男児でも王位に就かせようなんて想定してませんでしたし、急逝した後も幸いドゥクスが男児だったとはいえ、王の器となるかは未知数。どっちにしろ正妃殿下にも男児が生まれたのであれば、安定をとってお披露目は王族として強行せざるを得なかったでしょう。」
デコルが気にしていないを体現したように淡白に事実を返す。
レクスはソニアに黙って王族としての恒例のお披露目を強行したのだ。
ールシオ!ルシオはどこにやったの!早くっ、早く言いなさい!ー
王族としての区切りである6歳でのお披露目をしなければ、
王族としての立場は危ぶまれ王太子への道は極端に狭くなってしまうから。
「あの時はせっかくの機会だったたのに、ほとんど喋れなかったよね。」
「6歳ってなるとルシオは覚えてないのかしら?」
「覚えていますよ。」
ルシオは平然と答え、
「…“紫の方“はお披露目の挨拶も怖いくらい平然とやってのけてただろ」
和やかなサティアスティアにドゥクスが苦い顔をする。
ー皆様初めまして。双子に代表して自分の方から挨拶を申し上げます。ー
紫の方というのは当然ルシオのことだ。
「あはは、それもそうか。あたしも覚えてる。6歳だなんて信じられなかったなぁ」
「でもパクス兄上を知っている人たちはあまり驚いてる様子がありませんでしたよね」
サティアとソレイユはパクスが死んだ時点でまだ2歳。
ドゥクスはパクスが死んだ年に生まれた。
「パクスお兄様は幼なながらにすごかった覚えがあるわよ。いっぱいすごい遊びを教えてもらって。」
現最年長のスティアでも当時8歳だ。
けれどその天才っぷりは社交でいまだに酒の肴にされているため有名だ。
「お披露目ん時は、王位をかけて争いうる相手が、あの貧弱な黄色の方なことを相当祈ったよ」
ドゥクスが悪態をつく。
「あの時も他人にあったことがなかったので、急に人前に立つとなりルシアは泣いていましたが、ルシアはたくましいですよ」
ドゥクスの発言にわざわざ補足を組み込んだルシオ。
ドゥクスが鼻を鳴らす。気まずい空気だ。
「…昔はずっと怖かったよね。訳のわからない品定めの目が。今はマシかな。」
「そうですね。お披露目の後に正妃がルシオの王位継承権の破棄を公言してからはマシになりました。そのすぐ後に僕も神聖国への使節に任命されてからは立場が明確になりましたし。」
絶対的王位継承者として君臨していたパクスを失い、
王族の子供たちには不気味な視線が向けられた。
ーよかった。よかった。無事で。死なないで。死なないでルシオ…。ー
幸いお披露目の強行で死の恐怖が極限へ達した正妃が
王位よりも我が子を優先したことで、
レクスもドゥクスを王太子にすることを本命と定めた。
そしてルシオは代償として徹底的に軟禁されることが確定した。
「黄色の子はすごい人見知りしてましたよね。」
「紫君が淡々と言葉を述べる隣で黄色ちゃんはずっと泣きべそかいてたね。」
強行されたお披露目では男女の双子ということは公表されていたが、
正妃の紫髪を継ぐ方と、国王の黄色髪を継ぐ方。
そのどちらが男児なのかは明かされなかった。
「わたくし的には終始両手に双子を抱っこしてる陛下のお姿も印象的でしたけれどね」
第3王妃プルーヴィアが微笑み、他のものたちが呼応する。
「…それで私、舞踏会の後お父様に抱っこ求めに行ったなぁ、それも夜中に。」
「夜中に?」
「そうそ、うちを抜け出してね。だってお父様とられたって思うじゃない?」
「確かにサティアってお父上にベッタリだったもんね。元気ないとは思ってたけど…そんなことしでかしてたんだ。」
「お父様だったら結婚してあげてもいいとか言ってみる?」
「う〜ん。サティアにはどんな人が似合うんだろうなぁ。セシウス君みたいに相手を尊重できる者が好ましいけれど」
レクスは心配そうに微笑む。
「ルシオは飛び級しちゃうから学園に通うのは2年間よね。」
「はい。」
「恋人どころじゃないから、とりあえずコミュニケーションに慣れて友人はできるといいわね。」
あっけらかんと言ってのけるサティアに周囲はぎこちない。
「そうですね。僕はコミュニケーションが苦手ですので、早急に解決したい課題です。」
ルシオは全く気にしていないようだ。
「そう、そうよね。ちゃんと分かってる。」
サティアはそれがおかしいというようにクスクスと笑う。
「ハニートラップだとかに引っかかるなよ。特に装いじゃなく容貌を誉めてくるやつは信用するな。」
「はい。わかりました。」
ルシオの即答にやはりドゥクスの表情は苦い。
「そうね、持って生まれた失いようのないものを誉められると安心を覚えてしまう人は男性に多いわね。私たちはケアにメイクにと保って、磨いて、築く物だから、喜んでも浮き足立つことは少ないけれど。」
スティアの分析に王妃2人は心当たりがあるのか一言二言交わしている。
「身分に関しても、生まれ持ったものに縋ってる人ほど将来が約束されてるようで1番不安定なのにね。」
「はぁ。それで俺を同類だと思って擦り寄ってくるんだから気持ち悪い。」
「あはは、大変そ〜。私はその点楽だなぁ。わざわざ私に執着して擦り寄ってくる人は少ないし」
王族あるあるだというように各々が嘆息する。
「僕はドゥクスやスティア姉様よりマシだろうけど邪な人も一定数いるなぁ」
「ソレイユは信仰されてる方も大変そうだけど。」
「んー案外気を張るものではないですよ、良くも悪くも盲目的ですから」
聖女と呼ばれた母についで教会での平民への教育の普及を図っているソレイユは平民人気が極度に高い。
「急をせぎはしないが、ルシオは王族としてしようと思うことはないのか?」
「医学の発展や多方面への技術開発には寄与したいと考えています。」
「そうか。」
2人の会話は続かない。
「そっか。ルシオ、今度パクスの自室に行って見ないか?」
代わりにレクスが思い出したように提案する。
「なぜでしょうか」
「ソニアが徹底的に立ち入りを禁止したけれど、考案途中のものがいっぱいあるはずなんだ。」
「パクスお兄様となると治水、建築、印刷といろいろな分野に発想なさってたんですよね?」
サティアが母からや社交で聞いた一部を述べる。
「ああ。医学はナトゥーラ女侯爵、ソニアの妹君と協働していたが、大抵は書物を読み漁っての独学だった。」
「…書物ってわざわざ難解に書かれてるから好きじゃないなぁ」
「まぁ百聞は一見にしかずという言葉はあるね。パクスの場合は実際に見なくとも頭の中で処理できたようだけど。僕とかに説明したり、文章にまとめる方が時間がかかるって。」
「さすが天才ですわね」
黙って聞くドゥクスがため息をつく。
「でも、ちょっとサティアに似ていたよ」
「?」
素っ頓狂な表情を見せる。
「愛嬌があった。」
「…うーん。意外かも?」
サティアは視線を落として自分の下唇に触れる。
「それで考案途中のものの大半は僕らには理解できない。理解できるとしたらルシオじゃないかなって。」
「わかりました。」
「気を負う必要はないよ。分からないものは分からないだろうから。ただ、パクス、兄のことを知ってみて欲しいという僕のただの願いだ。さっき言ったようにパクスは愛嬌があって、人との関わりもうまかった。同じになる必要はないがルシオの道標になるには違いない。」
「わかりました。」
同じ言葉で繰り返し答えるルシオに空気を貫くアエルの表情が曇った。
「ご馳走様でした。」
デコルが順当に食事を終え、
アエルにソレイユとスティア、プルーヴィア、ドゥクスが続く。
「おしゃべりしすぎちゃった。」
「僕も食べ終わってないから大丈夫。ルシオも大皿の全てを食べ尽くす必要はないよ。馴染みはないかもしれないけれど。ここだとコンポスターを活用してるし、」
「わかりました。」
「あたしも少食だから食べきれないよね。」
基本は席の対面の組で大皿に盛られたバケットやパンをとって、
ジャム、バター、アボカド。卵、ハム、トマトなどの野菜を塗ったり挟んだりして、
手で持ったり、ナイフやフォークで食べていた。
不足がないようどの組も量は多めに用意されていたようで余りが生まれている。
アエルは対面のドゥクスと大皿を共にする分、
その配慮のありがたさが身にしみていた。
「これ食べ終わったら、ご馳走様しようかな。」
「あたしも〜」
「僕もこれで終えようと思います。」
すぐに言葉を話せるように少量ずつ口に入れていたルシオも食事に集中し始めた。
「デコル、多分忙しくなるから公務が滞ったらごめんね。」
「王宮舞踏会に関しては、いつも通りこっちで自己判断で進めておくから問題ないわ。あの子たち要望も各自で考えさせてまとめてるから。」
「うん。何か承認が欲しかったら承認印を押す時間くらいは作るし、緊急ってことで回して。」
「ええ。」
「こちらの祝福のパレードも、ご縁のおかげで滞りありません。」
「ああ、安心だな。装飾花の生産もすいぶん安定したものだ。」
「そうですね。想定より規模は大きくなりましたが、教会の収入源も安定しました。」
「ルシオに関しては一応僕が責任を持とうか。と言っても広場と舞踏会とでルシオは長く挨拶の時間を設けたいくらいだけど、」
「衣装はあたしが用意してていい?原案ができたら仔細の意図だけ共有して、ルシオにこだわりはないだろうから、話し合って決めるより提案の方が今はいいでしょう?」
「そうだな。サティアに任せよう。悪いが今回はオーソドックスにしておこうか」
「はーい。」
「僕は民族模様を取り入れるのは好きなんだけどね」
「公私混同はしないし〜」
「ごめんごめん。」
各々が軽く業務連絡を済ませ解散に備える。
普段から各々が独立し領分を保っているため連携すらもスムーズだ。
正妃の幽閉に立ち会った王国騎士団の第3隊は貴族が中心。
朝には、下手したら昨夜から噂は回り始めているだろう。
国王はこれから正妃の療養という名の幽閉を公的に宣言し、
宮廷に押しかけるであろう貴族の相手をしなければならない。
下手をすれば1人1人で手紙を返す必要がある。
今回は貴族を集め周知を行えていないのだ。
けれど国王はため息もつかずに受け入れる。
仕方のないことで、分かっていたことなのだから。
今日はルシオの状況を大きく形作る王族の面々についてでした。
一応整理を置いておきます。
年齢は分かりずらいため新学期が始まる4月時点に揃えています。(現時点は11月の半ば想定)
『正妃こと第一王妃』ソムニア(生家ナトゥーラ侯爵家)パクスの死後、正妃としての立場と死に執着していた。
・第一王子パクス 享年15歳 生きていれば30歳 天才ながら愛嬌があった。
・第四王子ルシオ 14歳 本来第一学年だが飛び級入学により第3学年 無愛想。
・第三王女ルシア 14歳 療養のため通学していないが第1学年に所属
『第二王妃』デコレーラ(生家イグニス公爵家)本来レクスの正妃になると言われていた。
・第一王女スキエンティア 22歳 堂々たる高嶺の花。小悪魔的、マイペースな猫的で大人の余裕がある。
・第二王女サピエンティア 17歳 第5学年 ふんわりしている。愛嬌がある。エスニック好き。
・第三王子ドゥケーレ 15歳 第3学年 ぶっきらぼう。反抗的。冷酷。
『第三王妃』プルーヴィア(生家アウルム伯爵家)飢饉の終息に貢献し聖女と呼ばれた。
・第二王子ソレイユ 17歳 第5学年 大人しいが快活。聖人と言われている。




