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消えた花火と、唇に残る熱

池の水面は、月の光をそのまま写し取ったみたいに静かだった。

夜風に揺れるたびに白い光が砕けて、また元に戻る。

境内の灯りはここまで届かず、小さな外灯だけがひっそりと闇を照らしている。


池のふちにひとり。

見覚えのある後ろ姿。

――小夜(さよ)

浴衣姿のまま、静かに佇んでいる。

月の光が彼女の髪、着物を柔らかく縁取っている。

さっきまで必死に探していたはずなのに、見つけた瞬間動けなくなってしまった。


「……小夜(さよ)

名前を呼ぶと、小夜(さよ)はゆっくりこちらを向いた。

その表情はいつもの笑顔、見慣れた顔。

少し照れくさそうに、少し困ったように。


「ず、すいぶん早いな。まだ約束の時間じゃないだろ」

なぜかいつも通りの調子で話し掛けてしまう。

「そうださっき屋台でさ、お前の好きなりんご飴見つけてさ、後で買いに行こうな」

「走ってきたから喉カラカラでさ、俺も腹減っててさ、色々食べに……」

止まらない、そう思っていると。


日向(ひなた)


その声は、優しく静かだけどはっきりと聞こえた。

小夜(さよ)は一歩だけ近づいて、少しだけ視線を落とす。

「……ごめん」

小さくそう言ってから、ゆっくりと顔を上げる。

「思い出しちゃった、私――」

「……小夜(さよ)!」

俺はその言葉を遮るように一歩踏み出し、伸ばした手をその肩を掴もうとした。

けれど、触れたはずの場所にはなんの感触もなかった。

小夜(さよ)は確かにそこにいるのに。



「ねぇ、日向(ひなた)、小さい頃のこと、覚えてる?」

懐かしさを含んだ声が響く。

「毎日一緒だったよね」

「ごはんも遊ぶのも」

「みんな私たちのこと、兄弟みたいだって」


「……覚えてるよ」

そう答えると、小夜(さよ)は笑った。

アルバムを見返しているような、柔らかい笑顔で。


「小学校に入ってからさ」

日向(ひなた)、ちょっと距離置いたでしょ」

一緒にいる事をからかわれて、それが恥ずかしくて。

「それで喧嘩して」

「怒って、泣いて」

「でもまた、一緒にいたよね」

月明かりが、池の水面を静かに照らす。


――やめろ。


「中学になってからは」

胸がざわつく。

「急になんか、日向(ひなた)が大人っぽくなったように見えて」

「なんか、ちょっと不思議で」

「でも、自分の気持ちに気付いたのは、その頃だったんだと思う」


――やめてくれ。

言い伝えが頭の中で何度もよみがえる。


「楽しかったよ」

「すごく」

小夜(さよ)は、少しだけ声を落とす。


「一緒にいる時間が、当たり前みたいになってて」

小夜(さよ)は、ほんの一瞬だけ、唇を噛む。


「今までの事、全部」

日向(ひなた)とで、よかった」


やめてくれ。

言わないでくれ。

まだ、もっと、話したいことがある。

頭の中では、いくつも言葉が浮かんでくるのに、どれも形になる前に崩れていく。

小夜(さよ)……っ」


「ありがとう、日向(ひなた)

「ずっと――大好きだったよ」


夜空に大輪の花が咲き、一瞬周囲を明るく照らした。

中心からほどけるようにいくつもの小さな光が弾け、金色の花が夜空いっぱいに広がっていく。

池の表面がその光を映し、揺れるたび水の中でもいくつもの花が咲いた。

闇が戻るまでの、ほんの数秒。

その短い間だけ、世界は明るく、はっきりとしていた。

まるで――忘れたくないものを最後にもう一度、目に焼き付けるための灯りのように。




自由研究の発表時期になると、校舎の一角が展示スペースとして使われた。

色々な観察日記や工作、調べもの等のレポート。

夏休みの延長のような空気が廊下に漂っている。


誰かが立ち止っては、気になった展示を眺めていく。

笑い声がして、名前を呼ぶ声がして、また静かになる。


展示の中に、一冊のノートがあった。

作成者の欄には二人の名前が並んでいる。

蒼堀町(そうほりちょう)の名前の由来について』

派手な装飾もなく、タイトルも地味。

特に興味を惹かれる内容でもない。

通り過ぎる生徒の多くは、視線を向ける事もない。


それでも時々、興味を持ってページをめくる人がいるのだろう。

さっきまでと違う場所が開かれてるのを見ると、誰かが読んだのだと分かる。

今は最終ページが開かれている。

誰かが最後まで読んだのだろうか。


最後のページ、こんな言葉で締めくくられていた。


――この由来の言い伝えは、悲恋の話として語られている。

だが、これを記した人は、ただ悲しい出来事として残したかったのだろうか。

最後に想いを伝えられたこと。その瞬間、確かに救われたものがあった。

想いを伝える事の大事さを、それを伝えたかったからこそ

この由来を地名として残したのではないだろうか――


少なくとも、俺はそうは思う。


あの日。

池のほとりで花火が鳴ったあの時。

確かに、唇には残る体温があって

小夜(さよ)はとても幸せそうに笑っていたのだから。


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