お祭りの日
「……よし」
鏡の前で、帯をぎゅっと結び直す。
浴衣なんて何年ぶりだろう。
小さい頃はいつもお母さんが手伝ってくれていたけど、両親は今日から
遠い親戚の家にでかけている。
なんでも十日ほど戻らないらしい。
一人で着る浴衣は。思った以上に手間がかかった。
帯はズレるし、できたと思ったら着崩れるし。
何度もやり直して、その分時間もかかってしまった。
でも、今日は特別綺麗にしておきたかったのだ。
鏡に映る自分は、どこか落ち着かなくて、そわそわしている。
今日は楽しみにしていたお祭りの日。
でも、それだけじゃない。
今日、私は日向に告白しようと決めていた。
神社の池のところ。
あそこなら、人も少ないし、ちゃんと話せる。
「……大丈夫、大丈夫」
誰に言うでもなく呟いて、深呼吸をひとつ。
時計を見ると思ったより時間が進んでいた。
「やば……」
草履を引っかけて、家を飛び出す。
表通りを回ると遠いな。
浴衣だし、普段より時間が掛かってしまうかも。
そう思って神社の裏を回る近道の細い山道を選んだ。
夕方の山道は暗くなりはじめていて、昼の熱がまだ地面に蓄えられているように暑い。
空気が重く、肌にまとわりつくようだ。できれば今日は汗かきたくないんだけどな。
足元に気を付けながら歩いていると、ふと鼻につく匂いがした。
――?、なんの匂い?
立ち止まって、まわりを見渡したとき
ゴ。と低い音がして視界が揺れた。
足元の地面が川のように流れ、目の前の斜面が崩れてくる。
――あ。
頭に浮かんだのは、ひとつだけ。
今日、言おうと思ってたのに。
その思考が終わる前に、世界が黒く塗りつぶされた。




