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想慕里の由来

古、この里に想ひ深く慕ひ合ふ男女あり。

されど女、胸に秘めし思ひを言葉に成さぬまま、世を去りけり。


後に残されし男の嘆きを

女の魂、かなたより見るに忍びず

御仏のあはれみを受け

しばし現世に留まりて

ただ想ひ人の前にのみ姿を現し

積もりし思ひを告げしとぞ伝へらる。


思ひ果たされしのち

女の魂は静かに還りけり


「これが想慕里(そうほり)の由来になります」

後日、私たちは神社の社務所を訪れていた。

畳敷きの部屋に通されると、年配の宮司さんが棚の奥から一本の巻物を持ってきた。

こうした由来を聞きに来る人は、あまり多くないのだろう。

宮司さんはどこか嬉しそうに、巻物を広げて説明してくれた。


「何か……少し、悲しい話なんですね」

私がそう漏らしても、宮司さんは特に答えず巻物へ視線を落としたまま語り始める。

「この里に、深く想い合う男女がおりました。

 されど女は、その想いを告げられぬまま夜を去り――

 残された男も、嘆きと共に日々を過ごしたと伝えられております」

静かで淡々とした語り口が、なんとなく胸に残る。

「やがて、その悲しみを憐れみ、女の想いが御仏の御力によってこの世に顕れ

 ただ、一度だけ想いを告げることを許された。」


宮司さんはそこで一度言葉を切り、巻物をそっと閉じ始めた。

「現代の言葉に直せば……そのような話になりますな。

 この『慕う、想い』の伝承から、この地は想慕里(そうほり)と、呼ばれるようになった――

 そう、伝えられております」


「ただ一度だけ……」 日向(ひなた)が少し悲しそうに言う。

「ええ、これは悲恋の伝承と、とされているのです」




社務所を出ると、境内は昼下がりの静けさに包まれていた。

蝉の声がやけに大きく聞こえる。

宮司さんは穏やかに笑って

「君みたいな若い子が、神社の言い伝えに興味を持ってくれて嬉しいよ。

 また、いつでもおいで」

と、声を掛けてくれた。


「思ったより、ちゃんとした話だったな」

日向(ひなた)は少し明るく振舞って言う。

面白半分で扱っていい内容ではなかったように思えたのかもしれない。

「悲しい話だったね」

「そうだな、最後に一言だけってのもどうなんだろうな」


日向(ひなた)の言葉に、私は自分の立場だったらどうだろうと考えた。

もし、想いを伝える前に死んでしまったら。

それだけでも十分つらいのに。

最後に一度だけでも、自分の想いを伝える事ができるなら、私も、そう……願うかもしれない。


小夜(さよ)?」

気付けば日向(ひなた)が顔を覗き込んでいた。

「……っ」

驚いたのと同時に、考えたことを見透かされたような気がして、急に恥ずかしくなる。

「い、いや、私だったらどうかなって……ちょっと、思っただけ」

「お前だったら悲恋が怪談になるな」と、日向(ひなた)は笑った。

その一言で、さっきまで心に感じていたなにか重いものがスっと吹き飛んだ気がした。

「もし、そうなったら日向(ひなた)のこと、呪い殺してあの世まで連れてってあげるねえ」

満面の笑みでそういうと日向(ひなた)は「怖えよ」と言い、二人で声を立てて笑った。


それからの日々は、少しだけ慌ただしく過ぎていった。

午前中は涼しいうちに集まって、自由研究の下調べ。

公民館で古い資料を見たり、町史に載っていた想慕里(そうほり)の記述を写したりして

午後はそれをノートにまとめた。

気付けば想定していたものより、立派な自由研究ができていた。

由来の話を聞いたからか、少しだけ気合が入ってしまったようだ。


自由研究が完成したのは街の花火の日。

小夜(さよ)が楽しみにしていた、その日だった。


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