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第六話「ボタンの掛け違い」

エーテル増幅の騒ぎ、その少し前。逃走した二人組は来た道を戻り、地上へ出て

遠くへ逃げるつもりだ。何が起こるか真実を知っていながら、軍曹には何も教えず

甘言で誤魔化した。想定外は起こったが結果的にどうにか予定通りになりそうだ。

二人の前に姿を現した長身の男の正体を彼らは知らなかった。無知と言うのは

恐ろしい物だ。


「…え」


防弾チョッキを着ているわけでも、何かしらの魔術を行使したわけでも無い。だが

銃弾は男の肉体を貫通することなく、落下した。彼らの末路なら分かるだろう。

彼らは無知だった、無謀にも男との戦闘と言う道を選んでしまった。銃弾が駄目

ならば手っ取り早くナイフで刺し殺す。力む瞬間だけは見えていた。無駄な抵抗と

思っていたが違った。


「お前ら、運が良かったな」


ナイフはどれだけ力を込めて押しても、振り回しても男の体に傷どころか薄皮一枚

切ることが出来なかった。幸いな事に男は彼らを生け捕りにするべくここにいた。

命があるだけマシだ。瞬く間に、そして簡単に制圧した男は二人を担ぎ地上へと

踵を返そうとしたが、自身の父親たる当主より連絡があった。


『遊んでいる場合では無い。たった今、依頼が出された』

「依頼?護衛だろ」

『否。指定された時間にグレース・フェルザーを殺せ。大統領の護衛には手練れが

何人もいる』


最後の言葉に男は楽し気な笑みを浮かべ、返事をした。


「了解。大統領は、俺が殺す―」


と、返事はしたものの彼は地上に上がる前に奥へと進んでいく。何かをふと思い

出した。そして彼もまた波に呑まれる。シリウス・ベルセルガー、本来ならば

ここにいるはずも無い人間。たった一つのボタンの掛け違いから仕組まれていた

台本から全てが外れていく。僅かな誤差が大きく未来を変えてしまう。蝶が

羽ばたくと関係ない場所で嵐が起こる、バタフライエフェクト。ただの民間人の

探偵が記念式典に深く介入したことで全てが変わった。彼らの緻密な計画と想定

された大惨事が未遂に終わることになるのだ。そうなるように仕向けたのでは

無い。たまたまアゼルがベアトリスにジゼルを紹介し、ベアトリスがジゼルと

邂逅し、そしてたまたまベアトリスとジゼルとキースが現場を目撃して追求し、

たまたまアゼルとシリウスが邂逅し、たまたまシリウスがアゼルにある話をして

この地下水路に足を運んでいただけだ。計画者が考えなかった在り得ないはずの

IFが現実になっただけだ。



「―私はこれからも、この共和国を愛し、もっと尽くしていくことを誓います。

皆さまの力も借りることになるでしょう。共に国をより良きものにしましょう!」


演説が終わると全員が歓声を上げ、拍手の嵐が巻き起こる。盛り上がりは最高潮、

そして一斉に阿鼻叫喚となるはずだった。何分経過しても拍手は鳴りやまない。

大統領への敬愛の言葉が飛び交っている。国民の声援に応えるように、感謝する

ようにグレース・フェルザーは手を振り、そして一礼して舞台を降りる。


「大統領、至急お伝えしたいことがあります」

「どうしましたか、アゼルさん」


アゼル・アルヴァリックは仕事を終えた後で大統領に声を掛けた。彼の話を耳に

してグレースは目を見開いた。


「本当ですか?その話は」

「ベルセルガー家、ご存じですよね」


触らぬ神に祟りなしとして彼らの動きを封じることは出来ないでいる。今回の

護衛担当にも嫡男たるシリウスが参加していた。ほとんど会話をすること無く

交代してしまったが、彼からは手の付けられようの無い凶暴性は感じられず

グレースは彼を認めていた。


「顔見知りだったのですね」

「気分の良い顔合わせではありませんでしたが…。彼から聞いた話です。嘘は

無いと言えます」

「そう断言できる理由を聞いても?」

「当主や相談役は兎も角、シリウスは嘘は言いませんよ。吐く必要が彼には

ありませんから」


実際に一度、アゼルはシリウスと交戦した経験がある。その時に負った怪我は既に

癒えており、加えて結果は互いに不完全燃焼で終わっている。断言できる、あれは

彼が本気を出していなかっただけで運が良かったのだと。


「理由は彼が強いから、それだけです」

「―」


グレースは困惑が突き抜けて暫くフリーズした。やがて彼女はふと微笑んだ。


「分かりました。貴方の言葉を信じます。大丈夫よ。この世はね、悪い事は上手く

出来ないように出来ているのよ」


彼女はアゼルの眼を真っ直ぐ見つめる。


「私は貴方にも正しくあって欲しい。貴方が一番助けたい人の為に剣を握って

欲しいの」

「?」


グレースは何処か遠くを見つめていた。その横顔は何か大きな決断をしたかの

ような表情だ。その決意が大統領としてこれからも人生全てを国の為に捧げると

いうものなのか、それとも他の事なのかアゼルが知る由も無かった。記念式典での

騒ぎは比較的小さなもので済み、解決するのも大変では無かった。シリウスに

徹底的に叩き潰された軍人たちは拘束され、事情聴取の後、しっかり裁かれる。

官邸へ戻ろうとするグレースをアゼルは呼び止めた。


「―ジゼルに、何か警告はされませんでしたか」


演説前に顔を合わせたオッドアイの探偵ジゼル・ハートフィールドかれ警告を

聞いていないかと尋ねられた。グレースはさも当然のように返答した。その場に

いたとしてもアゼルは何も聞いていなかった。警告を言っていたことも、内容も。


「いいえ、何も。警告らしい事すらも言われていませんよ」




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