第五話「可能性を」
「それ以上近付くな!」
軍曹がジゼルたちを止めた。特に彼が感情を剥き出しにする相手は中尉という
階級にあるベアトリス・アージェント。滑らかな金髪と凛とした彼女の姿に誰もが
憧れを抱く。周りの言葉に甘んじることも無く、謙虚に仕事を全うする姿は軍曹の
心をかき乱していたらしい。
「私が直接貴殿に手を出したことは一度も無い。誰を選び、どのように評価するか
全ては我らでは無く元帥と大統領府の赴くままさ」
「ならば、私が選ばれない理由は何だ!?長く働いてきた、誰よりも仕事をした、
お前も、あの剣聖も私が鍛えた!」
ジゼルはキースに目を向けた。一体目の前にいる男は何を言っているんだ、と。
そんなことを俺が知るわけ無いだろうとキースは呆れるように首を振る。ならば
この行動は彼が八つ当たり目的で起こしたという事だろうか。
「貴殿が幾人もの優秀な軍人を鍛え上げたことは認めよう。だが築き上げた功績も
たった一度の失敗で水の泡になること、経験豊富な貴殿が分からないはずが無い」
ベアトリスは相手がただの八つ当たりをしようとしていることを理解しつつも
冷静に諭す。彼女の対応の仕方は正しい。まずは冷静に対話をする、即座に武力
行使は行わず誰も傷つかない安全な道を模索する。軍人の仕事はただ戦うのでは
なく、国に生きる民たちを守ることだと良く理解しているのだ。それもどれも士官
学校にて教官から教えられていることのはず。だが何故だろう、その初心を誰も
かれもが忘れてしまうのだ。大事なことほど忘れてしまう。
「誇り高い軍人から薄汚い犯罪者に成り下がるつもりか?」
キースは軍曹の事情や心などお構いなしに言い放った。火力の強い言葉に軍曹は
歯ぎしりをする。
「組織に属せば綺麗ごとだけではどうにもならん。これは犯罪では無く、国の為に
行うものだ。時に誰かが汚れ仕事をする必要がある」
「いや、これは国の為では無い!」
ジゼルの声が地下水路に木霊する。軍曹の反論、拒絶より先にジゼルが口を開く。
「国民を代表して言わせてもらいますよ?テメェ、頭湧いてんのかッ!?」
「ッ!貴様、国の為に従事する軍人相手に舐めた口を―」
「えぇ、舐めた口を利きますよ?それが何か?汚職使用が何しようが勝手ですけど、
それ相応の対価は支払って貰います。当然でしょう?大陸条約に反する行為は
当然、国の憲法にも反します。国を守る人間が国を脅かすような行為をしている。
例え元帥や大統領府が認めても、そんなことは国民が認めない」
彼女が取り出したのはボイスレコーダーだ。ここに彼らの会話の全てが録音されて
いる。専門家が調べれば、これが加工されていない肉声であることはすぐ分かる。
会話が全て流れる。互いに名前も呼び合っており、会話の内容も鮮明だ。ジゼルは
自慢げに笑う。
「言った言わないの水掛け論をするつもりは無い。こっちはプロの探偵よ?そして
恥じらいもクソも無いって話」
「なッ!?どうするつもりだッ!?」
「ゴシップ速報として週刊誌や新聞に大々的に載せてもらうことにしますし、軍の
本部と大統領府にも苦情を入れます。いやぁ、これからは有名人として注目を
浴びられて良かったですね!軍曹さん!」
煽りバッチリの言葉と表情。言ってやったと満足気だ。
「アンタ、忘れてるんじゃないか?軍人の肩書は鉄壁では無い。ペンは剣よりも
強し、と言う言葉と一緒に」
どの言葉も真実だ。だからこそ軍曹の心が揺れ動く。その様子はジゼルの眼が
ハッキリと捉えている。彼が選んだのは救いようのある悪人から救いようのない
悪人に成り下がる選択肢だった。壁画の真ん中に窪みがある。手にした宝珠を
見つめ、彼は震えながらも手を動かす。
「元帥も仰っていた…宝珠が起こす奇跡があると、奇跡を起こせば私は永遠に
語り継がれる…」
「ッ、やめろ!その奇跡は事実を捻じ曲げられているだけだ!」
キースは全ての正しい知識を持っている。伝わっている甘い誘惑の正体すら彼は
知っている。踏みとどまるべき一線を軍曹は踏み越えてしまい、その様子を見て
黒服二人はほくそ笑む。今がチャンスだと考えて、逃げだした彼らを追う前に
窪みに宝珠が嵌め込まれたことで異変が起こる。急速に嵩が増す。波に呑まれる
三人。互いに手を伸ばし、その手を握りしめる。
「大丈夫かい、ジゼル嬢!」
「な、なんとかね。この水、エーテルが溶け残ってたみたい」
「急激なエーテルの上昇だ。水属性のエーテルが増加してるせいで水が増えて…
この勢いだと地上にあふれ出すぞ」
今、地上では大統領の演説に全員が湧いている。刻一刻と危機が迫っている。
「それもヤバいけど、私たちも無事では済まないのでは!?」
「全ての要因はエーテルの増加過剰だ。増えすぎた分をどうにかすることが
出来れば良い。何でも良いから、可能性を引っ張り出せ」
妙な事をジゼルに命じるキース。無茶ぶりが過ぎるのではと思いつつも
ベアトリスは静観する。数秒、一分、二分、刻一刻とエーテルが増え続ける。
水の量も増し、三人の目前に天井が迫っている。ジゼルは両目を伏せ続け、何か
望み続けている。ようやく彼女が目を開いた。




