第四話「ピュア・エーテルの結晶」
剣聖アゼルの耳に入って来たのは乱闘騒ぎ。大統領の演説の最中の事だ。幸い、
その乱闘は人が大勢集まっている場所から離れており、居住区でも無い。現場に
到着した時に彼が目撃したのは乱闘では無かった。軍人たちがたった一人の、
それも武器を一つも持っていない人間によって叩きのめされていた。
「次の相手は剣聖か?」
完全に意識を失って倒れている軍人の背中に片足を乗せ、男は剣聖を見据える。
名の知れた剣士を前に本気を出さないのは失礼に値する。身にまとっていた
外套を脱ぎ捨て、男はアゼルを挑発するように手招きする。
「ヤンチャも程々にしておかなければ、当主殿に叱られるんじゃないのか?
シリウス」
二人は互いに顔を知っている。アゼルは太刀に手を掛けることもせず、話し合いの
姿勢を見せた。彼を見て、シリウスはつまらなそうに好戦的な笑みを引っ込める。
アゼルよりも頭一つ以上高いと言う長身。病的なまでの戦闘への執着、人間の枠を
外れた膂力。二つが揃えば、一つの答えに辿り着く。シリウス・ベルセルガー、
二つの特徴が揃っている狂戦士の一族ベルセルガー家。
「その当主の命令で叩きのめしただけなんだがな」
「?どういうことだ」
アゼルの反応はシリウスにとって予想外だった。
「何も聞いていないのか?剣聖が?」
「何でも良いから話を聞かせろ―」
怪しい三人組を追いかけるジゼルたちは地下水路へと足を踏み入れていた。
如何にも後ろめたい行為と言える。人目を避け、誰でも足を踏み入れるような
場所では無い。人の眼を気にせず堂々と交渉が行える。身を潜めて、彼らの様子を
窺う。
「あれは、軍曹の階級であるバッジだね」
「やっぱり正規の軍人って事?」
ジゼルの確認の問いかけにベアトリスは頷いた。外見から鑑みて、それなりに長く
軍人として働いている男だ。彼が怪しい二人組とどのような交渉をしているのか。
彼ら程度の声の大きさは水路内で反響し、身を潜めるジゼルたちの耳にも入る。
黒服の正体はバベルと呼ばれる犯罪組織の構成員。
「こちらでもマークしている組織だよ。政治家の暗殺未遂にも関係しているとして
調査は進められているXの同盟者」
「Xの同盟者?」
「あらゆる国を裏で牛耳っているとされている秘密結社X機関を盟主として
結ばれた犯罪組織の事だ。真偽は分からないが、クロリス消失の事件でも裏で糸を
引いていたと噂されている」
キースは男たちの口元に注目する。口の動きで会話の要所要所を掻い摘む。暫く
男たちの怪しい会話を遠くで見ている。
何かしらの物品との交換のやり取りをしているようだ。物品の名前は星の
生命力たるピュア・エーテルの宝珠に関するものだ。人々がエネルギーとして
活用する普通のエーテルよりも純度が高く、同じ量でも放つエネルギー量が段違い
ゆえにそのままの形では生活に必要な電力等として活用することが出来ない。
ピュア・エーテルを通常のエーテルへと分解する技術がアガスティア大陸では
使われている。そもそもピュア・エーテルはほとんど地表に溢れる事は無い。
宝珠とは星に積もりに積もった記憶そのものとされており、発見したとしても
人間が手に入れ、独占したり破壊したり触れる事すらも禁止されており、あるが
ままの姿で自然のままに放置する。宝珠が放つエネルギーがあまりにも強すぎる。
話を集中して聞いている。物音を立てぬように気を付けていたが、何かが破壊
される轟音に男たちのみならずジゼルたちも驚いた。
「おっと」
地下水路の石畳に亀裂が走り、ジゼルがバランスを崩すも転倒する前に
ベアトリスが彼女を支えた。この騒ぎで彼らの取引の様子を見ていた人間がいる事が
発覚し、軍曹共々逃走し始める。
「待て!」
「追うぞ、あまり離れるなよジゼル」
ベアトリスとキースが先頭を走り、ジゼルは二人のすぐ後ろを走る。
「軍曹と彼らは大陸条約の一つであるエーテル保護法に反する」
「確か、大量のエーテルを一つの国が独占することを禁止するって奴だっけ?
地表に溢れるピュア・エーテルそのものを一国が集められる量が決められて
いるんだよね」
「他にも宝珠を自然の赴くままにしておくことが決められている。人の手による
破壊、分解、独占、それらすべてを禁止している。専門技術を使ってエーテルへと
分解する以外にも時間が経てばエーテルへと変化する。両方を利用することで
何処の国も条約を守っているんだ」
エーテル有限派という思想が多く、その思想から生まれた条約だろう。いうなれば
資源の再利用。地表に出された星の塵を人々は利用する。人が死ぬと魂は天へ昇り
更に地脈を巡り続ける、肉体は年月を経てエーテルへと変わり大気へ消える。
その考えもある。そしてその考えを良いように考えて、それを免罪符のようにして
行われる残虐な行為も時にはある。
追いかけた先には巨大な壁画が刻まれている。
地上では今も尚、大統領の演説が続いているが内容はいよいよ終盤に入っていた。




