第二話「剣聖と大統領と」
「え、なにこれ」
中尉ベアトリス・アージェントは極秘任務と称して、明らかに外部の人間である
ジゼルたちを演説を控えている大統領がいる場所まで連れて来た。聞くまでも無く
彼女たちは軍人たちから色々と詰問され、まるで犯罪者扱いだ。そこに鶴の一声が
響いた。外から来た民間人が気に入らないとしても彼らはベアトリスよりも階級が
下のはず。ならば彼女の行動にいちゃもんを付けるなど恐れ多いはず。彼女曰く、
自分は国軍内では軽んじられているとの事。
「アルヴァリック少佐!?」
即座に軍人たちは脱帽、敬礼する。医療用の眼帯で覆われた左目は彼の不敗神話が
無銘の剣士によって破られた証拠である。それを真実として受け止め、今も尚
彼は研鑽をし続ける。例え少佐以上の階級の人間であっても年齢が上でも経験豊富
だとしても誰もが口を揃えて彼には勝てないと断言するだろう。
「アージェント中尉の任務に関して、元帥が容認している。お前たちのそれは即ち
元帥の指示を反故にするという事だと分かっているのか」
不敗神話が無くとも彼の言葉に逆らおうとする軍人はいなかった。共和国最強の
一角として数えられる剣士、軍人アゼル・アルヴァリック。多くの眼が集まる最中
普段通りに振舞うことも出来ず、彼は自身が今は大統領の護衛担当であるという
理由でベアトリスたちと共に行動する。
限られた者だけがようやくこの一本道に進める。アゼルが息を吐いた。
「悪いな。こっちは手を貸して貰ってる立場だというのに」
「気にしないで。あの人たちの言ってることは間違ってないから。私たち外部の、
しかも民間人だからね。プライドって奴があるんじゃない?」
「些か実力とプライドの高さが合っていないと思うがな」
嫌味を吐いたキースだが、ここでも咎められることは無かった。彼らのような
人間は今の軍組織には珍しくない様だ。彼らを黙らせるのに手っ取り早いのは
元帥の名前を出すか、彼ら以上の実力を誇示するか。アゼルは両方を駆使して
彼らを黙らせた。
「元帥の考えは分からない、他の軍人たちもそれぞれ腹に一物を抱えている。
ここだけでなく大統領府の人間たちも各々で思想が異なり、一筋縄では
いかないんだ」
権力者同士でも仲良く手を取り合うことは出来ず、強い権力を独占しようと
あの手この手を使う人間ばかりらしい。大統領の座を欲する者もいるようだ。
演説を控える大統領の部屋にアゼルによってジゼルたちは通された。
そこには諸々の準備を終えて、演説内容を確認する女性がいた。スーツを着用し、
銀のイヤリングが両耳に輝いている。赤い口紅は遠くからもよく分かる。
グレース・フェルザー、共和国の女性大統領である。国内で、歴史上初めての
女性大統領として国民に愛されている。
「初めまして、貴方の噂は私も良く耳にしています」
大統領にまで自分たち民間の探偵の話が伝わっているとは思っていなかった。
ジゼルが少しばかり縮こまっているのを感じて、グレースは優しく言う。
「私は大統領だけど、気にしなくて良いのよ。気を楽にして頂戴。名前は確か
ジゼル・ハートフィールドというのよね?素敵な名前ね」
「そ、そうですかね?私は大統領の名前、素敵だと思います!グレースって、
優美とか恩寵とか魅力って意味があるんですよ」
「まぁ!そうなの?益々自分の名前が誇らしくなったわ」
グレースが微笑んだ。ジゼルの言葉に耳を傾けながら、アゼルとキースが何かを
深く思案する。ここでジゼルが妙な質問をした。
「本当にグレース・フェルザー大統領なんですよね?」
「?えぇ、勿論」
彼女の返答を聞いて何処か納得は出来ていないようだが、自分の中で見切りを
つけて話をする。グレースは自身が憂えている国の未来と現在の大統領府の
危うさについて語り出す。
「皆が私に対して良い感情を抱いているわけでは無いと私も理解しているわ。
フィクサーたちの影もある。平和となっている共和国が我欲によって支配され
国民が苦しんでしまうのでは、と憂えているの」
フィクサーとは、政財界で特に力がある権力者たちだ。表舞台には出て来ずとも
彼らと取引して有利に選挙戦を戦い抜いた政治家が多数いる。大統領のグレース
すらもフィクサーに対して強く出ることは可能な限りは避けたいようだ。
「屈するつもりは無いわ。私はこの国を守りたいのよ」
グレースの在り方は正に政治家の、大統領の鑑。彼女のような人間こそが政治家、
大統領に相応しい。なるべくして彼女は大統領になったと言っても過言では無い。
「聞いていいか、大統領」
沈黙していたキースが不意に口を開いた。探偵の助手キースの事もグレースは
知っていた。
「何かしら」
「十五年前、四国の緩衝地帯となっていたクロリス村の事を知っているか」
共和国、王国、帝国、連邦の四国がここでは争いごとをしないと決められ、互いに
世界をより良くしていこうという同盟がクロリス村と言う場所で結ばれた。その
出来事は村の名前からクロリスの誓いと称され、歴史に残るはずだったが事件が
起こった。それがクロリス消失。村の住人が全員が虐殺された挙句、土地は草一本
生えない焦土と化した。実行者たる兵団たちを処刑したことで区切りは付いたが
実際には真相は分からず、解決したとは言い難い。名前を出され、グレースの
表情が曇る。
「そう…貴方は、知ってるのね…。なら、彼女は…」
グレースはジゼルを見たが、ジゼルはきょとんとした顔で首を傾げていた。




