第一話「オッドアイの探偵」
アルビオン共和国の首都イーリスにて開催される建国記念式典。当日という事も
あって首都は普段以上に人が多く、賑やかだった。大統領グレース・フェルザーが
演説を行うため、特に演説会場の警備は厳重になりつつある。
「あ、あった!ありました!」
酒場の失せ物探し。二日酔いを抱えながら、朧げな記憶で失せ物を最後に見たのが
この店だと思い出した依頼人はオッドアイの探偵に依頼をした。自分の孫と
変わらぬ年齢程度の少女がそれなりに腕利きとして名が知られている探偵なのだ。
彼女はジゼル・ハートフィールド、青と緑の瞳が特徴。失せ物探しに浮気調査、
他にも彼女の噂を耳にして大物が依頼をするようになった。
「これだけ多いと事件が起こったときの対応も大変だな」
「だね。だからこそ、悪い事をする奴がいるのかも」
ジゼルの探偵の仕事を手伝う男。ジゼルの至らぬ部分は多いが、その全てを完璧に
カバーするキース・プリムローズ。あくまでもジゼルの助手を自称する。
キースは数刻前に持ち込まれ承諾した依頼について想起する。朝早い時間で、まだ
ジゼルは眠気が抜けきっていなかった。それでも規則正しい音に反応し、事務所の
扉を開けるとそこに一人の女性が立っていた。ロングコートを着ていても隙間から
度々見かける制服が覗いており、彼女の職業を特定するのは難しく無かった。
「そのオッドアイ、君が噂の探偵で合っているかな」
共和国軍陸軍中尉ベアトリス・アージェント、軍人たる彼女が民間の探偵を頼る
理由は何なのか。正確には彼女は別の人間に頼まれて依頼をしに来たらしい。
「又貸しみたいだ…」
「悪く思わないでくれたまえ。私にも守秘義務がある。だが、君ならば大まかな
予想は立てられる…違うかな?」
かねがね噂は聞いている。探偵は心が読める、未来予知が出来る、過去が分かる、
誰もが半信半疑で語り出し、あくまでも根も葉もない噂として流れている。
ベアトリスは噂を信じていたようで、彼女の腕前を試すように大方の予想を
聞いた。彼女の意図を察しているキースは客用の紅茶を準備しながら二人の
やり取りに耳を傾けていた。ジゼルは緑の眼を閉じて、青の眼で前に座る
ベアトリスを見つめ続ける。やがて両目を閉じ、口を開いた。
「…少なくとも大佐以上の人間が指示を出している事だけは」
「そういう事さ。だが予想外だな」
ジゼルと言う少女は軍人の顔は知らず、それはつまり各々の階級すらも把握して
いないという事になる。複雑な政治関連の知識に関しては彼女よりも彼女の
助手の方が詳しいと言う情報を持っていた。その情報に嘘偽りはない。訂正する
ならば一人の軍人のみ知っているという事だけ。
「それは剣聖殿かな?」
共和国の剣聖アゼル・アルヴァリック、隻眼、そして若くして少佐まで昇級し
剣聖の名に相応しい実力を持つ。彼とは少しばかり縁があり、互いに顔を
知っている。ジゼルたちの事はベアトリスも彼から詳しく話を聞いていた。
「立場上、私は彼よりも下の人間だからね。易々と声を掛けられる相手では
無いのさ」
「そう?アゼルさん、あんまり階級とか立場とか気にしないだろうけど」
ジゼルは首を傾げた。
「君たちは軍人では無いからね。組織に身を置くという事は、そういうものさ。
気にしないと言っても気にしなくてはならない。それは兎も角、依頼は受けて
くれるかい?」
「勿論。早速、話を聞かせてください」
快い返事を受けて、ベアトリスは依頼内容を説明した。外側からの動向監視が
依頼との事。建国記念式典では厳重警備が敷かれるのは当然だが、良からぬ
事を起こす悪党もいる。大事件とはなっていないが、軍人が犯罪者と結託して
大統領暗殺を企てた殺人未遂事件が発生した過去を反省し中からではなく外
からの監視が提案された。
「そんな事件が大事にならないのは不思議だな。お得意の権力による揉み消しか」
人数分の紅茶を用意し、ジゼルの隣にキースが座った。政治の世界は非常に
複雑で難しく、互いの考えや狙いが絡み合っている。綺麗事だけではどうする
ことも出来ずに終わる事も珍しくない。故に世間に知られれば叩かれるような
事に手を出す政治家も存在する。彼らには権力があり、金がある。あの手この手で
真実を隠し、理想を語る。国の為に働く政治家たちを貶す発言と捉えられても
否定できないキースの言葉に対してベアトリスは特に怒ることは無い。
「私もそれなりに長く軍人として働いているからね。幾人も知っているさ」
「そういう権力者よりもっと力がある人が提案したって事?」
全ての事情を知っており、そして権力者が決定に抗えない最上位の立場の人間が
外部の人間に頼る事を提案した。言わずもがな答えは出ている。この依頼は
大統領が出したのだろう。
「だとしても、私たちよりも相応しい組織があるはずでは?」
言いかけておきながら依頼がこちらに回る直接的な要因が何なのかすぐに
分かってしまった。
「剣聖殿のお墨付き、という事さ」




