2杯目-前編-
「おかえり。カヨコの体調はどうだった?」
扉を開けた瞬間、いつもの能天気な声が鳴り響いた。
窓の外から穏やかな日差しが差し込み、店内をやわらかく照らしていた。
「検査異常なし。体調も良くなっているみたい。」
今日は午前中、母のお見舞いに行ってきた。
そのついでに、少しだけ仕事の話もしてきた。
「お母さんホウ助の話をしたら笑ってたよ。あなたにも偉そうに魔法を教えてきたのねって。変わらないんだねってさ。」
その言葉にホウ助は得意げに羽を広げ、何かを言いかけたその時。
扉のベルが軽やかに鳴った。
「あの、すいません。ここでおまじないが受けられるって聞いたんですけど。」
声の方を振り向く。
扉の向こうに立っていたのは、小学生くらいの男の子だった。
「挨拶!」
動揺する私の耳元で、ホウ助の小さな声が響く。
「い、いらっしゃいませ。おまじないはできますけどー。」
「大丈夫ですか?」
まだ幼いはずなのに、落ち着いた口調ときちんとした服装。
その大人びた雰囲気に、思わず背筋が伸びる。
「は、はい!すみません!」
「なんでそんなにかしこまってるんだよ。ほら、席に案内して。」
促され、テーブル席へと案内し水を差し出した、
いつもの慣れた動作で、ようやく心が落ち着くのを感じる。
「どうぞ。」
水を差し出したが、男の子はコップには手をつけず、じっと視線を落としたままだった。
何かを言おうとして、言葉を選んでいるように見えた。
「あの、どうしておまじないをして欲しいんですか?」
問いかけると、男の子は一瞬だけ眉をひそめた。
「理由って、話さないとおまじないはしてくれないですか?」
「話さなきゃいけないってわけじゃないけど、話してもらえたほうがぴったりのおまじないが選べるんです。」
静寂。
男の子は俯いたまま、手の中の紙をぎゅっと握りしめていた。
「あのその紙ー。」
言い終わる前に、男の子は小さく息を吸い込んで立ち上がった。
「すいません。やっぱり失礼します。」
扉のベルが、また軽やかになる。
音が消えるまで、私はただその小さな背中を見送っていた。
しまった、何か怒らせてしまっただろうか。
「何か訳ありなんだろうな。」
静まり返った店の中、ホウ助の声だけが響く。
その日の夜。
小さな窓から差し込む月明かりが、浴室を淡く照らしていた。
湯気の向こうで水音がぽつりと響く中、私は今日の出来事を反芻する。
あんな子供に、おまじないなんて。本当に必要なんだろうか。




