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1杯目ー後編ー

「じゃあまず簡単に魔法の説明からしていくぞ。」

ホウ助は羽を器用に使って、レシピノートの上をとんとんと音を立てながら指した。

「魔法を使うには覚えておかなきゃいけない3つの法則がある。ここは大事だからよーく覚えるように!」

羽を腰に当て、得意げな顔をしている。

私は苦笑いをしながらノートへと視線を落とした。

「まず1つ目。魔法は、魔力を物質に込め、意志を介して発現する。

2つ目。物質の種類によって、魔力のこめやすさが違う。

最後に3つ目。物質の種類によって、魔法の発現のしやすさが変わる。この3つだ。」


簡単にって言ったじゃないか。

理解をしていない私に対し、ホウ助は呆れたように羽をすくめた。

「例えば、水の魔法。空気中の水蒸気に魔力を込めて、冷やすという意志を介せば、水が生まれる。動かすのも同じ仕組みだ。」

ホウ助の羽から小さな水の球が浮かび上がる。

淡い光に包まれて、ゆっくりと宙を舞っていた。


それを見ているうちに幼い頃の記憶がふと浮かんだ。

母の膝の上から見ていた、あの光景。

「おい!聞いてるのか!」

ホウ助の怒鳴り声に現実に引き戻され、慌てて答えた。

「う、うん。つまり物質に魔力を込めて、意志を介して魔法にしてるってことだよね。」

ホウ助は目を細めながら、まるで先生のような口ぶりで話した。

「ふふふ!理解できたようだな。」


「モノは試しだ。早速魔法を使っていこう。」

ホウ助は戸棚を開け、瓶を取り出した。中には深い褐色の豆。

「コーヒー豆は比較的、魔力が込めやすい物質だ。これは、エチオピア産。香りが高く、匂いの魔法がかかりやすいんだ。」

「匂いの魔法。でもお婆さんは旦那さんのことを思出だしたいって言っていたよね、あってるの?」

「ああ。本当はもっと適した魔法があるんだが、最初は簡単な魔法の方がいいだろう。まずはこの豆に魔力を込めるんだ。」


ホウ助は小さく羽ばたき、私の右肩に降り立った。

その重みが不思議と心を落ち着かせた。

「ここに魔力を込めるんだ。流れを感じるんだ。」

静かさの中で、肩から腕にかけてじんわりと温もりが流れていき、それは次第に手のひらへと伝わっていった。

「これが魔力だ。手のひらから豆へと流すイメージをするんだ。」

流れを辿るように呼吸を整えた。

温もりが豆へと流れ、繋がりを感じた。


「よし。込められたな。」

息を吐くと、胸の奥の力が抜けていく。

知らず知らずのうちに呼吸を止めていた。

「次は匂いの魔法をかけていくぞ。嗅ぐ人にとって好きな香りになるよう意志を持て。」

ふいに懐かしい香りが鼻をくすぐる。

どこかで嗅いだことがある匂い。

「お母さんの匂いだ。」

「そうか。リカコにはそう感じるんだな。じゃあ成功だ。」

「じゃあホウ助には、」

そう言いかけた時、ホウ助はわざと話を遮った。

ホウ助は少し気まずそうに、わざとらしく話を遮った。

「今はコーヒー作りだ。もう慣れているんだろ?」


「お待たせいたしました。こちらがおまじないのかかったコーヒーです。」

お婆さんは本を閉じ、少し戸惑ったようにカップを見つめた。

深い琥珀色の液面に、窓辺の光がゆらりと反射している。

「ありがとう。これには何のおまじないがかかっているのかしら。」

「香りを嗅いでみてください。」

お婆さんは一瞬だけ息をためて、ゆっくりとカップを傾けた。

その瞬間。

彼女の表情は、柔らかく哀しみに似たものへと変わった。

「あら、この香り。」

お婆さんは目を閉じ、遠い日の光景を感じているようだった。

静かに席を離れた。

邪魔してはいけないと思ったから。

キッチンの隅に腰を下ろし、ほっと息をつく。

コーヒーの香りがまだ漂っていて、私を優しく包んでくれた。

優しい香りの中、私は少しだけ眠っていた。


窓の外が茜色に染まった頃、お婆さんはカップを置き、こちらに声をかけた。

「ありがとうね。あの人がいなくなったから随分経っていたから、私忘れていたわ。」

そう言ってふと笑った、

「あの人ね、何でもない日に、よく胡蝶蘭をくれたの。今日はあなたからもらえたみたい。」

その笑顔は、光を透かしたガラスのように静かで透明だった。

お会計を済ませ、ドアのベルが鳴る。

去り際の背中が少しだけ軽く見えた。

きっと今日は、花を買って帰るんだろうな。


「見習い魔女にしてはよくやったな、また明日も頑張るんだぞ。」

キッチの奥から聞こえる声に思わず笑ってしまう。

顔は見なくてもわかる。

あの誇らしげな顔が、ちゃんと浮かんでいた。

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