第3話 「およげ!たいやきくん」
悪いが俺はまだ魔王にはならない。もしかしたら俺が魔王になって俺TUEEEをする姿やそれに反応するコメント欄の登場を心待ちにしている読者もいるだろう。だが断る! この赤神誠の最も好きなことの1つは、ケーキをはがした後のフィルターを、誰もいないところでぺろりと舐めることだ!
そんな衝撃的なカミングアウトはさておき、俺たちは中間考査の試験場へとたどり着いた。いよいよ俺たちの大冒険が始ま……。
「行くわよ! ミジンコたち! この試験でワタクシが英雄候補のトップだと知らしめてやるんだから!」
おそらく地味から連想されたのであろうミジンコという素晴らしいあだ名を拝命した俺たちは、お嬢様のご機嫌を取るべく、その背中についていった。
確かに我が国の悪役令嬢様は、そのツンとした性格はさておき、実力的には我ら第八期英雄候補生の中でもトップクラスである。特にその戦闘面での活躍ぶりは凄まじく、対モンスター疑似戦闘訓練や対人戦でもその強さは折り紙付きであり、その折り紙で鶴を千羽折っても有り余るものだった。まあ総合評価で言うと俺の次くらいである。
皆はもうお気づきであろうが、我ら三銃士は非常にバランスの優れたスリーマンセルなのだ。理性を司る1柱ミノムっちゃん、力を司る破壊神イルミナティ、そして愛と勇気を司るこの俺、赤神誠。この三位一体が上手く機能すれば中間考査1位も夢ではない! そう思っていたのだが……。
「なによ! なんで付いてくんのよ! アンタたちはちまちまとフロア1で地味作業をするはずでしょ!?」
「イルミ……伊良原さん1人で行かせるわけないだろ。ちょっとはチームワークってものを……」
「うるさいわね! ワタクシは1人でも英雄になってみせるんだから! アンタたちは足手まといなのよミジンコ!」
「この考査はチームワークだって評価項目だ! 君は本質を全然わかってない!」
「なによ! ミジンコのくせに! 要は実力を示すこと。それがこの試験の本質じゃない!」
スタート直後、俺たちはバンド解散の危機を迎えていた。世に聞く音楽性の違いという奴だろう。まだ一曲目も歌っていないのにね。まったく……ここはおっさんの仲介力を示すしかないようだ。
「まあまあ落ち着き給え諸君。このままでは時間を浪費する一方だ。まるでTikTokを見続ける週末の朝のようにね。時間は有限だ。アインシュタイン曰く『時間は相対的だ』。つまり何が言いたいのかと言うと……」
俺のかぐわしき支離滅裂な演説はどちらの耳にも入っていないようだ。馬耳東風。豚に真珠である。どれだけ素晴らしい言葉であってもこれでは埒が明かない。なぜか一日借り受けたわんこと独り寂しく会話した夜のことを思い出しそうになって、俺はその回想をぶんぶんと頭から振り落とした。
パンっと俺は両の手を思いっきり合わせる。気合の入った一本締めだ。こういった破裂音があれば人は嫌でも気にしてしまう。彼らの目線が俺を睨みつけた。げっ。マジでキレてんじゃんこいつら。こりゃあきつく言わんとダメだな。俺はいつになく声を落とし、真面目腐った表情を作る。あんまこういうの好きじゃないんだけど……。
「お前ら死にたいのか? ここはもう戦場だ。言い争ってる暇があるなら周りを確認して警戒態勢をとれ!」
このギャップには2人とも驚いたらしい。良い顔だ。どれ、もう一押し。
「俺は真剣にこの場に臨んでる。お前らがどうかは知らないが、俺は人生を賭けてるんだ。ガキのお遊びに付き合ってる暇はない。分かったら美奈はさっさと戦闘準備、実はこの地形からスタート地点を絞り込め。俺は軽く索敵してくる」
キョトンとする2人に俺は声を張り上げた。
「分かったら返事くらいしろ!」
イルミナティはしぶしぶといった感じで頷き、ミノムっちゃんは恐れるように前髪をヘドバンした。まあこんなもんか。
俺は懐中電灯付きの模擬アサルトライフルを構え、音を立てないよう慎重に洞窟を進んだ。実際の火星ダンジョンでは探索されたところには明かりがついているはずだが、未知の場所を探索させるという意図だろう。照らされた場所には赤茶けた壁と床。それが狭い通路を生み出している。
ここでは小型のモンスターしかでないな。フロア1にいるのはせいぜい三日月コウモリか蓄電出歯鼠くらいだろう。さっきのような口論をしても現れなかったことから考えて、コウモリは近くにはいなそうだ。
俺は少し進んでT字路の左右を壁越しに見渡す。……あった。右手側の壁の下方に小さな穴が掘られている。あれはデバネズミの掘ったものだ。そこにしばらくライトを照射し続けるとそいつは姿を見せた。赤銅色の身体を纏ったネズミたち。その背中を覆う薄っすらとした毛は金属でできており、バチバチと帯電している。奴らは光源を大好物のマーズクォーツや金属だと勘違いして出てきた。
ご馳走だ! と出てきた彼らにはたっぷりと美味しい銃弾を食らわせてやろう。俺は3匹に容赦なく銃弾を浴びせかける。例え歩くスタンガンであっても近づかなければ大したことはない。
仮想銃弾を受けたホログラフィックのグレイバーたちは死んだ判定になったらしく、その場にマーズクォーツの欠片が散らばる。銃声を聞きつけてコウモリなんかも現れるかもな。俺はその場で暫く辺りを警戒したが、気配がないため欠片に歩み寄った。すると入手した判定になったらしく、腕時計デバイスにグラム数が表示される。
15グラム……1匹あたり5グラムか。こいつらを200匹倒せばいいならまあそこまでの難易度ではない。ぺろぺろキャンディを子供たちから奪い取って200本早食いするようなものだ。もちろん時間はかかりすぎるが。
「何かいたの?」
後ろから音もなく歩み寄っていたイルミナティが声をかけてきた。その声音には先ほどまでの威勢がない。ふふん、少しは尊敬の念を持ったようだな。孔子だか誰かも言っていただろ。年配のものは敬うべしとな!
俺はそんな勝ち誇った表情を心の中にとどめ、足元の穴にライトを当てる。
「グレイバーね。まあフロア1だし雑魚しかいないか……。何匹倒したの?」
彼女は自分の腕時計をチラ見してから訊いた。
「3匹だ。ミッキーとミニーとピカチュウと名付けよう」
「1匹5グラムね。やっぱりこんなんじゃいつまで経ってもクリアできないじゃない」
「そうでもないよ」
腕時計の表示が20グラムに増えた。後から来たミノムっちゃんがどうやら採掘に成功したらしい。彼の手には小型のピッケルが握られている。
「採掘も合わせて3人で手分けすれば、かなり早くクリアできるはず」
確かにダンジョン探索を始めてからものの5分足らずで20グラム。3人で手分けすればもっと効率は上がる。データは伊達じゃないということか。探索のリスクを鑑みても妥当な選択だ。ダトーショコラと名付けよう。
「でも歴代トップは53分でクリアしてるわ! ワタクシはトップを取りたいの!」
確かこのツンツンの兄も英雄で、歴代トップの成績だったとか。コンプレックスがすごい伝わるよ。だがその眼には今までにない静かな決意の炎が灯っていた。その眼で焚火してチルアウトにふけりたいくらいである。
「……わかった……リスクは上がるけどトップを目指してみよう。目指すは推定100グラム単位のモンスターが出るフロア3。もう少し探索すればスタート位置を割り出せるから、確定したら最短ルートで向かおう」
俺のご高説が痛み入ったのか、焚火の炎に魅せられたのか、バンドは再結成の流れになっている。しかしまさかオリコントップどころか歴代トップを狙うとはなかなかに志が高い。オリコンシングルチャートの歴代トップと言えば「およげたいやきくん」だ。たいやきくんを抜くとなれば今川焼辺りを泳がせるしかないだろう。でも音楽性は一致したのだ。ゆくぞ! 今川焼諸君!
俺たちは大いなる頂にあるたいやきくんを目指してグランドラインを突き進んだ。世はまさに大海鮮時代! (いや、たいやきは海鮮じゃないか……)
およげたいやきくんはオリコンのCD売り上げ歴代トップらしいです。
デジタル含めると変わります。
ジョジョとかワンピはちょいちょいネタにしてしまいます。細かいゲームネタとかももろもろ。
好きなものをあまり何も考えず詰め込んでいるので、合わない人には合わなそう。
だがしかし俺は俺の面白いと思うものを書いちゃいます。ごめんなさい。
書いてて楽しいので。