第28話 「英雄になるまでの道のりは険しい」
そんなわけで話は私が小さいころにさかのぼる。パパは火星から帰ってこず、ママが亡くなって、私は祖父母の居る片田舎に越すことになった。大好きだった家族がバラバラに壊れて、全てをなくしてしまったのだと絶望に打ちひしがれてずっと泣いていたと思う。そんなときに支えてくれたのは実さんだった。ママが入院する前からよく遊んでくれていた実さんは、私が引っ越した後も週一くらいでは来てくれていたのだ。
「お父さんとの約束なんだ」
10歳くらいだったか、なぜ私にそんなに構うのかと失礼な言葉を投げかけた時、実さんは言った。ずっと帰らないパパのことを嫌っていた当時の私は怒りに任せて言い返した。
「そんな約束なんてどうでもいいじゃん! 私なんてただの他人でしょ! あの人は私とママを捨てた! そんな人との約束なんてもういいよ。ミノムっちゃんだって、私の事なんて放っておいて!」
パパのことは”あの人”呼ばわりで完全に反抗期と言うか、今となると少し恥ずかしい。だけど私はまだ知らなかったんだ。ずっと帰ってこないパパが火星で魔王になっていたなんて。いや、少しだけおかしいとは思っていた。なんで帰ってこないのか、何の連絡もないのか。
「どうでもよくなんてないっ!」
実さんは珍しく怒った。ちょっとだけびっくりしたのを覚えている。そして、重い前髪を掻いた後に彼は告げた。
「……怒鳴ってごめん、でも、僕にとっては誠さんはとっても尊敬する人なんだ。わかってほしい。だから、真実を教えるね」
実さんは私にパパが帰ってこれない理由を話してくれた。パパが実さんとイルミナさんの2人を守り火星ダンジョンの深層に落ちたこと、その後に半分モンスターのようになって、人類の敵とされたこと、そしてそれが世間でも騒がれる他ならぬ”魔王”であることを知った。パパが2人を庇ったところは私もうっすらと見た覚えがあった。だけど、確かその後すぐママが配信を切ってしまったんだ。私はママにすごい怒って、困らせたような気がする。あのときの真っ青なママの顔は忘れられない。
「……じゃあパパはもう……」
上手く呑み込めなかった。自分が向けていた怒りがとても虚しくて浅ましいような気がして。そして何よりやっぱり寂しかった。もうパパとは一生会えないんだと分かってしまったから。
「まだ僕は諦めていない。誠さんは必ず生きている。僕は誠さんを助けるよ。だからもう少し待っててほしいんだ」
その声には決意が満ちていた。パパは本当に好かれていたんだ。私だって大好きだった。ママもずっとパパのことを信じていた。死んじゃう直前までずっと。だけど私だけ、パパを信じられていなかった。そう思って涙があふれてくる。私はバカだ。
「私……やっぱりパパに会いたいよぉ……!」
実さんはそうやって泣く私の頭を少しぎこちなく撫でてくれた。「大丈夫。会えるよ」そう言ってくれた。その日以来、私は魔王……いやパパのことを調べた。そして、会いたいという気持ちも日に日に膨らんでいた。実さんはああ言っていたけど、ただ待つのは嫌だった。今までずっと待ち続けて、何もなかったのだから。私は密かに英雄を目指すことにした。
そうして、中学生になったころ、祖父母も他界した。電話越しに「愛してる」そうパパが言ってくれていたことはその時に聞いた。なんで電話に出なかったんだろう、そんな後悔は何回もした。でも落ち込んでばかりはいられない。身寄りもなくなってしまった私は、申し訳ないと思いつつも実さんの実家でお世話になることになった。感謝してもしきれない。どれだけお世話になっただろう。少し居心地悪く感じていた私にも、実さんのご両親は優しくしてくれた。
「私、英雄になりたいの」
ある時、実さんにそう打ち明けた。火星にいることの多くなっていた彼に直接聞ける機会は結構限られていたから、勇気を振り絞った。反対されたりするのはちょっと怖かったけど、現役の英雄にならアドバイスなんかももらえるかもしれない。
「それは……本気なの? 火星は本当に危険なんだ。僕は……おすすめはできない」
「私は本気! 待つだけなんてもう嫌だもん。実さんの力にもなりたいし、なにより……パパに、会いたいから」
私は人生で一番真剣な顔をして実さんの前髪に隠れた目を見つめた。
「そっか……マユミちゃんが本気で目指すなら、力になるよ。お父さんとの約束だしね……。僕に教えられるのは基礎的なことと筆記試験の対策くらいだけど」
「やった! ありがとう実さん! あと……イルミナ……美奈さんとかにも戦闘の事とか教われたりしできないかな……?」
イルミナさんも何度か顔は合わせたことが有る。当時からもう第一師団として活躍していたし、忙しいのはわかっていたけど、パパのチームメイトだったからもしかしたら。そんな淡い希望を抱いて尋ねた。
「イルミナティか……訊いてみるよ。でも本気で彼女に教わるつもりならまずは基礎的な体力づくりとかをきちんとしないとね」
そこから私の訓練の日々は始まった。中学校の部活はバスケをしていたけど、その終わりや朝に筋トレや走り込みをした。実さんのメニューは予想外にすっごいきつかった。かつて彼もそれくらい絞られたらしいので、「実さんがやり遂げたなら私だって……!」となぜか頑張れた。なによりパパに会うためだ。でも、1年くらいそれを継続して、ついにイルミナさんとの特訓も始まった時、私はバスケを辞めた。両立はどう考えても無理だった。ちなみにそのころから私はイルミナさんを”師匠”と呼んでいる。
中学を卒業して、私は英雄候補の訓練寮に転がり込んだ。現役英雄たち2人のコネもあって、アルバイトというか、訓練寮のお仕事を手伝いつつ、勉強と訓練をさせてもらったのだ。いや、確かちょうどこのくらいの時期に実さんは作戦本部への配属が決まっていたかもしれない。ともかくそこで英雄候補生たちにもいろいろ教えてもらったりしながら、私は頑張った。パパも本当に凄かったんだってこの時にようやく理解した。英雄になるのは大変だ。
「マユミ! アンタがワタクシに一発でも攻撃を当てられたら、英雄試験を受けてもいいわ」
師匠もスパルタだった。彼女の武器アジャスタピアは本当に強すぎて、全く手も足も出ない。何度も何度も挑んではそのたびにボコボコにされた。ちょっとくらいは容赦してくれてもいいのに。師匠のケチ!
「覚悟してください! 今日こそは一発いれてやりますから!」
毎回そんなことを言っては、ただの一発も攻撃を当てられなかった。私は普通の剣を使っていたけど、もう正攻法では絶対無理! と、寮に入ってから色々考えた挙句、ずるい気もしながら銃剣を使うことにした。近接戦闘訓練で銃剣を使うのはいかがなものかと言われればその通りです。だけど師匠相手ならこれくらいは許されるよね! 私は密かに銃剣の扱いを訓練し、模擬戦に臨んだ。
「さあ師匠! 今日の今日こそは認めさせてやりますよ!」
「ふーん、銃剣ね。まあいいわ。やってみなさい、付け焼刃では無理でしょうけど」
ここはダンジョン訓練施設と同じようにヴァーチャルとナノテクの最新設備が整っており、お互いに怪我せず戦闘訓練を行うことができるのだ! 師匠がアジャスタピアを構え、私もノートゥングVer1.5くらいのやつを構える。試合開始の合図とともに私はしょっぱなからトリガーを引いて、ショットガンをぶっ放した。これはずるい。もちろん師匠の射程外。ふっふっふ。これで私も英雄候補試験を遂に……!
「クォーツシールド展開!」
だが師匠は盾を展開し、銃弾をいなした。でもこれを使わせたのは初めてだ! うん、そっか、そりゃあ使うか。しかし、これで片手を盾で使えなくしたのは、あってないようなちょっとしたアドバンテージだ。師匠には利き腕という概念がないので、突如として左手に持ち替えて意表を突いたりもしてくるのだ。ただでさえ間合いも読めないのに……そんなの防げません。
私はすごいスピードで迫る師匠から距離を取りつつリロードした。何度も戦ったからアジャスタピアの最長間合いは把握しているのだよ。某死神の斬魄刀のように13km伸びたりはしないのだ。私も「クォーツシールド展開」をしつつ師匠の槍をギリギリ受け止める。にしても銃剣はやっぱり重いので、盾を持ちながら片手で扱うのはちょっと厳しい。疲れる。
「ふん! キレがなくなって本末転倒ね」
やはり間合い管理が天才的な槍使いと言うのはものすごーく厄介だ。どうにか間合いを詰めないと一方的に蹂躙されるいつもの流れ。しかし、私には奥の手があるのだ。
「甘いです!」
私は槍と剣の応酬のさなか、一瞬の隙をついてまたもトリガーをひいた。師匠は射線上に盾を構え、防ごうとする。だが……。
「……ッ!?」
ちっちっち! この弾丸はちょっと特殊なのです。名付けて”気化冷凍弾”だァ! この時の銃剣ノートゥングはモードチェンジして別の弾道にしたりすることはできないけど、弾を自分で込めることに意味もあるのだ。この弾丸はマーズクォーツの性質を利用して、文字通り接触したものの周りにある水分を強制的に固体化つまり氷にする。火星用武器は外部からのマーズクォーツの影響を受けないようになっているけれど、周りの空気なんかは別だ。
「隙あり!」
氷のネットがかかって動きが鈍った師匠に向かって、盾を解除した私は全力で走り、動かない盾の下から足を斬りつけるべくスライディング斬を放った。キマッタ! 遂に師匠に一杯食わせてやったのだ! そう思ったのだが、師匠はジャンプしてそれを躱すと、槍だけを無理矢理氷から引き抜いてそのまま私を串刺しにする。
「うわああん! また負けた!」
これだけの奇をてらった戦術をもってしても師匠には通用しなかった。これは一生、英雄候補試験すら受けられないのでは……そんな想いが一瞬よぎる。いや! あきらめるなマユミ! 私は英雄になってパパの元へ行くのだ。
「ふん、小細工で勝とうとしても無駄よ。でも……」
そう言って師匠は涙目でうずくまる私に自身の足を見せた。これは……。
「ダメージ判定!」
そこにはヴァーチャルなノイズみたいなのが現れている。ヴァーチャル武器なので切った感触とかないから分かんなかったけど、どうやら一発かすり傷を与えることには成功したらしい。うーん、なんとも手ごたえがない……でもやっぱりうれしい!
「まあ、ちょっとだけ油断したわ。一発目と違う弾丸とは考えたわね……試験を受けたければ好きにしなさい。でも、まだまだ火星では通用しないから、慢心しないことね」
「はい! 私はもっと強くなって、師匠を正面から倒しますから!」
「それは無理ね。でもせいぜい頑張りなさい」
師匠はそう言って戦闘ルームからあっさりと去っていった。私は模擬戦を見ていたみんなと勝利? の余韻を味わいつつ、英雄試験とパパに想いを巡らせた。待っててね。必ず会いに行ってみせる! たとえどんな姿であっても……。
マユミは英雄に成れるのか!
ネタバレ:なれます!




