第2話 「ミノムシとイルミナティ」
「よぉブラザー! 今日も元気にやってるかい!?」
俺は調子に乗っていた。国民のエリート中のエリートである英雄になったのだから当然だろう。君だってきっと英雄なんて呼ばれたら舞い上がってしまうに違いない。まるでペラペラの紙のごとく。
「おはよう。今日も元気だね誠さんは。僕は怖いよほんとうに……」
この弱気な彼こそは我がブラザー。第八部隊の戦友となるミノムっちゃんこと村田実である。漆黒の前髪で前が見えないであろうその顔には緊張した面持ちがあった。難関たる試験に無事合格した我々は英雄候補として訓練を賜っている。宇宙飛行士的訓練に加えて戦闘や採掘の訓練……。なんともハードな日々だった。俺ほどの男でなければ弱気になってしまうのも致し方あるまい。
「ミノムっちゃんも家族を持ちなさい。さすれば聖なるパワーを得られますよ」
俺は慈悲深い弥勒菩薩の様な顔をして(どんな顔だか知らないが)ブラザーを励ましつつ、可愛い家族写真を見せびらかしながらマウントを取った。なんとも器の小さい英雄である。知るか! これは真理だ!
「羨ましいな……でも僕だって英雄になればきっと……」
ツヤやかな前髪以外には自信のないミノムっちゃんだが、これでも英雄選抜を残った猛者なのだ。実際、彼の知識や冷静沈着なる状況判断能力は抜きんでている。俺には正直言ってこの溢れるラブパワー以外には特にとりえもなかった。悲しきことにギリギリ補欠合格だったらしい。
「ちょっとアンタたち! ワタクシの足を引っ張ったら承知しないからね!」
全く最近の若者という奴は……このピンク髪のツインテールとかいうなんともアニメ的というかラノベチックな見た目の女は、伊良原美奈。我がスリーマンセルのリーダーである(日本の古き良き年功序列制度的には俺のはずだったのだが)。俺は陰でイルミナティと呼んでいた。彼女は断じてこの物語のヒロインではない。ヒロインは我が妻と娘で枠はもう埋まっているのだ。むしろ溢れてしまっていると言っていい。飽和水蒸気量120%でビショビショなのだ。
それはさておき地でツンデレをいく彼女は、誰かの性癖によって生み出されてしまった悲しい生物に違いない。いや、デレたところはまだ未確認のため、いまのところはツン&ツンである。きっとおでんをツンツンして炎上したことが有るのだろう。可哀そうなおでん。
「閣下! 本日の中間考査はどのような作戦に致しますか?」
美しい敬礼をした俺を冷たい目で一瞥したイルミナティは(やめろ! 年上のおっさんをそんな憐れむような目で見るんじゃない!)「ふん!」と俺から目を背けミノムっちゃんへと話しかける。もちろん寛大な俺はその敬礼姿勢のままその会話に耳を傾けた。
「ミノムシ! どんな作戦がいいと思うわけ?」
ミノムシと呼ばれたミノムっちゃんはびくりと体を震わせてから伏せていた目を上げる。「ええっと……」女性慣れしていない彼は、前髪を弄りながらも本日の作戦をイルミナティ閣下に提案した。
「今回の考査はダンジョンでの実戦を想定した実技試験……1kgのマーズクォーツをいかに早く集められるかだ。集める手段は大きく2つ。モンスターの身体から剝ぎ取るか、ダンジョン内で発見して採掘を行うか……」
「そんな当たり前のことはいいの! やっぱりワタクシとしては、潜って潜ってデッカイモンスターを狩る。それがいいと思うわ!」
この考査は日本政府が軍事施設の地下を再活用して作った疑似ダンジョンで、マーズクォーツを集める試験だ。一度見学に行ったがすっごい金がかかっているに違いない。それだけ日本も本気だと言うことだろう。そこには実際に火星ダンジョンにいるモンスターを模したホログラフィックたちが徘徊している。マップは公開されているが、どの地点からスタートするかは明かされない。俺も正直彼女の意見に同意だった。だって採掘とか地味で疲れるし。
「俺も……」
意見を発そうと敬礼を崩したその時、ミノムっちゃんが見解を述べた。
「それは愚策だよ。スタートがどこの地点か特定して、深層に潜るだけでもかなりの時間がかかる。前年までのデータから考えるに、僕たちの実力的にはフロア1か2で小型モンスターを狩りつつ採掘する方が効率的だ。脱出時間を考えてもね」
うんうん。俺は腕を組んでミノムっちゃんに同調する。愚策だよな。そうそう。愚策……グサッとくるね! でも俺は至って平静を装った。大丈夫。体面は保たれているだろう。
「なによ! リーダーのワタクシに意見するわけ!?」
意見を聞いたのはお前やろがーい! という言葉は心の中だけに仕舞い込み、俺も控えめに意見を差しはさんだ。
「ミノムっちゃんの言うことももっともだ。現代人ならデータを重んじなくてはね! どでかいモンスターを倒すのは確かにスーパーかっこいいが、現実とはそれだけではやっていけないのだよ!」
…………あれ?
気まずい沈黙が流れる。やばい。俺としたことが本音が透けて見えてしまったかもしれない。いや、データなんて知らないことがバレてる? イルミナティのアイスコーヒーにジェラートを3つトッピングしたような冷ややかな目線はさておき……その前髪の下からどんな目で俺を見ているんだミノムっちゃーん!
「……こほん。ここは民主国家である。故に賽は投げられた! 我々は地味で地道なる王道を行くのだ! いざルビコン川を渡るぞ!」
俺はかの高名なユリウスカエサルのごとく勢い勇んで告げたのだが、士気は上がらなかった。やはり俺如きではローマ救国の英雄にはなれないのか……。致し方なし。俺は”皇帝”の語源となるどころかファイザーのワクチンすら打っていないのだから。
「わかったわ、こうしましょう。アンタたち地味メンはフロア1でじみぃ~な作業。ワタクシは奥に潜って1匹大物を狩って帰ってくるわ。これでいいでしょう?」
「それはダメだ! 1人で潜るなんて無謀すぎる!」
我がチームの理性担当であるミノムっちゃんは頑張って声を張った。だが我々は所詮、独裁国家の平民にすぎない。
「ワタクシはアンタたちがなんて言おうと奥に行くから! わかったわね! 作戦会議は以上よ!」
拒否権を持たぬ我々、非常任理事国はしぶしぶ従うしかなかった。イルミナティはもうそそくさと立ち去ってしまったのだ。やはり世界を陰で操っているのは彼らに違いない。
「どうしよっか。俺たちも潜るしかないよね」
頭を抱えるミノムっちゃんに俺は声をかけた。前髪の影で顔が全く見えなくなっている彼はぼそりと呟く。
「ああいう自己中な奴がいるから人が死ぬんだ。訓練だからって……」
なんというか彼の深淵を覗いてしまった気がする。深淵さん、俺のことは見てないよね? 頼むよ? 俺は努めて明るく、何も聞かなかったことにして声を出した。
「とにかく! あのイルミナティを全力でサポートし、全員で大物を狩って帰還する! そうするしかないと思うんだけど……どうかな?」
「イルミナ……? ああ。ははっ」
俺は真剣に話したのだがミノムっちゃんは少し笑った。しまった! 俺が彼女をイルミナティと呼んでいることがバレてしまったのだ! でもウケてるからいいか。
「そう……だね。バラバラになるのは最悪の一手だ。なんとか頑張ってみよう」
こうして我がスリーマンセルは中間考査の会場へと向かった。どうなることやら……。
ミノムっちゃんは23歳の秀才です。身長は170センチちょうどくらい。黒髪で前髪重いです。
身体能力は英雄候補たちの中では控えめですが、学生時代は普通にバレーボール頑張ってました。
あるきっかけで英雄を目指し、一発合格。頭は切れますね。ちょっとコミュ力に難ありますが、良い奴です。学生時代は勉強とボランティアなどに打ち込んでいました。カードゲームとかも好きらしいです。