第1話 「火星にダンジョン!?」
10年ほど前、火星探査に降り立ったNASAのチームが妙なものを発見した。火星ダンジョン。後にそう命名される地下の巨大空間である。この時点ですでに地球は湧きたった。
地球外生命体の痕跡発見か? それとも地底湖か何かがあるのか? いや、これはかつて住んでいた火星人たちの……などと様々な憶測が世間をにぎわせたのである。
第一発見者のエドワード・マクゴナガル・イブラヒモハーンはこう語った。
「地球は青かった。そして、火星は思ったより赤かった。地下はもっともっと赤かった。僕はこんなことを歴史に残してしまい顔が真っ赤っかだ。はっはっは」
当時20そこそこだった俺は「ほぇー凄そう。ま、何もないっしょ」と気楽に傍観していたのだが、ハッキリ言えばこの火星ダンジョンの発見は人類史に名を刻むほどの出来事となった。人類を揺るがす発見も最初は案外こんな小さなニュースなのだと、俺は後から思い知った。もっと騒いでおけばよかったと後悔が募る。斜に構えすぎた!
何を隠そう、火星ダンジョンには地球外生命体が存在していたのである! それは事実だが、実際はそんなテンションを上げて言うことでもないのかもしれない。なぜなら彼らは俺たちの常識が通用しない文字通りのモンスターだったのだから。
初めて探索に入ったチームは武装が甘く、あっさりと半壊した。その動画は全世界に中継されていたのだが、あまりに残酷で恐ろしい映像のため、すぐに存在を抹消されることとなる。表向きには、ね。もちろんネット文化が栄える現代、その動画はものすごい注目を集め、”火星ダンジョン”のワードは一躍トレンド入りした。
そして、事態はさらに急展開を迎える。その火星ダンジョンで発見された未知の結晶体……マーズクォーツと呼ばれるその真紅に光る謎の物質は、その身に莫大なエネルギーを秘めていることが分かったのだ。
低層で運よく発見されたその小石程度のクリスタルは、たったそれだけで火力発電所一基分の電力を賄いうると試算された。まさに希少鉱石の中のレアアースであり、ゴールドラッシュの再来とばかりに火星探索希望者が殺到した。ガチ賢者の石! 各国政府は国をあげてその争奪に向けて動き出すこととなった。
「よく行くよなあ。あんなとこ怖くていけねーって!」
当時は割と日和見主義だった俺はそんなことを友人と語っていた。
「えー意外! 誠はそういうの好きかと思ってた。ちょっと行ってみたくない? なんかゲームみたいだし!」
いや、当時は友人だったのだが現在の妻と……である。茶髪のロン毛が良く似合う美しき妻。ボンキュッボンではない、なだらかなる美しき体を持つ我が愛しの妻。ああ麗しき青春の日々。だが、彼女の言葉は図星であった。心のどこかで憧れがあったのは確かだ。でも自信はなかった。火星探査チームは”英雄”と呼ばれ、まさに一握りの選ばれた人材だけが目指すものだったのだから。
「なら結月が行ってみれば~? って、マジで行けちゃいそうで怖いな」
「私は行かないよ~。体力はあんまり自信ないし……」
「頭は充分足りてるってか? さっすがだね~!」
「もー。すぐ揚げ足取るんだから」
ああ麗しき青春。こうして俺たち2人は火星ダンジョンのある世界で、ごく普通の生活を送ることになった。俺は、大手とは言えないがそこそこのベンチャー企業に就職し、彼女も弁護士資格を取って事務所で働き始めた。なんというハッピーな生活だろう。そして我らは永遠の愛を誓い、ここに晴れて2人は我が苗字”赤神”へと相成ったのだ。
そんな幸せハッピーな結婚生活が3年目に差し掛かった時、待望の我が娘! 愛しのエリー、いや愛しの真結美ことマイエンジェルがこの世界に爆誕したのである。何というぷくぷくとした肌! なんという愛らしい眼! 俺に似ないでよかった!
「おーよちよち! パパでちゅよ~! ベロベロバー!」
「誠……ちょっとキモイ」
「何を!? 言うてるのかね君は! 外国人には英語を! 赤ちゃんには赤ちゃん語を使うのが礼儀なのだよ」
「はいはーい。まゆちゃんはママと一緒に居ましょうね~! パパはさっさと仕事行きなさい!」
「ぐぬぅ。覚えておれ、ただの愛しの女神様ごときが……」
「そんなに愛しいまゆちゃんと、わたくし女神様と一緒に居たいなら、育休とか取れないの?」
「育休かあ……うーむ」
ベンチャー企業は割と忙しかった。なんというか何でもやらされるのである。5年も居れば大体のことはやった。営業から企画からデザインからマネジメントから事務的なことから一発ギャグまで幅広く。結月は育休を取っているし、さすがに俺が働かないとちょっと生活に余裕はない。だがそこで雷光のごとく閃いた。天啓である! 当時の俺はそう思っていた。しかし思い返せばあの選択は最悪の一手だった。この人生における最悪の……。
「エウレ―カ! 俺は会社を辞めるぞォ! ジョジョォ!」
俺は今にもURYYYと叫びだしたい気持ちを抑えつつ、端的に妻へと事情を説明した。マジで遅刻寸前だったし。
「じゃあつまり、今の会社を辞めて起業するってこと?」
俺はうんうんと勢いよく頷いた。実は少し前から友人から誘われていたのだ。一緒に会社をやらないか? と。
「とりあえず今日は早く出社して。私も考えてみるから……」
そうだ。これは人生の大きな決断である。そんな思い付きで決めて良い話ではない。俺はそのまま早足で会社へと向かった。だが、俺の頭は起業した後のはぴはぴライフでいっぱいだった。エンジニアの友人がソフトウェアなどを作って、何でも屋の俺が業務全般を行う。もちろん自宅で働けるし、毎日のジムとサウナ通いで体調管理もばっちり。なにより愛しの我が妻と娘と離れなくても済むなんて……。俺の心はもう決まってしまっていた。もう少し妻の話にも耳を傾けるべきだったのに。
結論から言おう。起業は大失敗に終わった。銀行から融資を受けてワクワクと株式会社を立ち上げたは良いものの、肝心の事業開発責任者の友人はその金を持ってバックレやがった。もう回想でも友人などとは呼んでやるものか。あの卑劣な裏切者め!
俺はそれを知った時全身が泡立つような感覚になったのを今でもはっきりと覚えている。煮え立つような怒りと戸惑いやショック、失望や絶望……ありとあらゆる負の感情に苛まれた。鬱だ。無理だ。全て終わった。
「大丈夫。私も復帰して借金は返すから。だからもう一度、がんばろうよ」
妻は本当に女神の生まれ変わりだと確信した。ああ天におわします神よ。我に天女を授けてくださり感謝いたします。南無南無。テキトーな祈りだか念仏を唱えながら俺は半年ほどかけて何とか復活を遂げた。キリストよりは少しばかり時間がかかったが、まあ俺は唯の人間だし仕方ないだろう。
借金まみれで貧乏な暮らし。少しずつ大きくなっていく天使。忙しく働く妻。鬱期間のせいでまともな就職先が見つからない俺……。全てをひっくり返す人生一発大逆転の手段はもう俺には1つしか残されていなかった。
――そうだ、俺は英雄になる。火星ダンジョン探索者としてこの崩壊寸前の家庭(自分で壊したのだが)を復興する大英雄となるのだ。
「やっぱ行きたかったんじゃん。いいよ……英雄になって」
そんな俺の馬鹿げた夢物語すら、結月は肯定してくれた。ついでにバブバブと真結美も肯定してくれた、気がする。ああ、この2人のためになら命を賭しても構わない。俺は本気で英雄になることを決めた。今までの生半可なジム通いではなく、1年間みっちりと体を鍛え、英雄選抜試験の対策を猛勉強した。だが落ちた。
明くる年も俺は諦めなかった。しかし現実は残酷だった。またしても俺は試験に受からなかった。マユミはすでに5歳。貧乏な自分をそろそろ恥じているころだろう。なんてざまだ。情けない。そんな俺に彼女は天使のささやきをくれた。
「パパはえーゆーになるの? えーゆーってなに?」
「えーゆーはね! 家族を守るヒーローだよ!」
そう、俺にとっては世界や国家などよりこの家族こそ、守るべき存在だった。それこそが俺にとっての英雄像だったのだ。
「じゃあもうパパはえーゆーだね!」
にかっと笑ったその笑顔。俺はすぐさま強く抱きしめていた。ああ、もう俺は英雄だったのか……そう納得できていればどれだけよかっただろう。マイエンジェルは本質を言い当てていた。俺にとって一番大事だったのは……。
だがその時の俺はそれを声援と勘違いし、さらにやる気をみなぎらせてしまった。そしてついに3回目の受験で俺は英雄選抜を突破した。火星ダンジョン探索第八部隊。日本政府直下のダンジョン探索部隊への配属が正式に決まったのである。
俺はまだ知らなかった。いや、想像もしていなかった。世界がここまで残酷で理不尽であるということを。地獄に底はなく、どこまでも落ちうるのだということを。
主人公の赤神誠くん、黒髪アップバングの爽やか系ビジネスマンです(でした)。
趣味はいろいろで、付き合いがてらスポーツをたくさんしたり(草野球、フットサル、ボルダリング、バスケ、サーフィンなどちょっとずつやってたけどそんなにのめり込むものは無し)。興味範囲も幅広くて、サブカルから歴史みたいのまで結構好きで漫画や本を嗜みます。
週2くらいでジム入ったりサウナいったりしてました。
まあちょっと意識高めだけど表にはおふざけキャラという感じです。
パロディとかつい調子に乗って入れまくっているので、お気に召さない方はごめんなさい。
面白いと思っていただけたら評価していただけたら嬉しさの極みです。