セックス認証
世界中からのハッカー攻撃に耐えうるために、スマホのアプリはさまざまな認証方法を導入していた。
記憶情報、所持情報、そして生体情報。
それらを組み合わせる多要素認証が当たり前になった時代に、さらに強固な手段として突如登場したのが“セックス認証”だった。
「スマホカメラの前でカップルが行為に及ぶと、その動きや体温変化などを生体的に読み取り、本人確認ができるらしいよ」なんて噂を聞くたびに、最初は誰もが半信半疑だった。
でも実際に使われ始めると、意外なほど好評――というか、話題になりすぎて逆に使いづらいと評判だった。
そんな時代に生きる俺は、どこにでもいる普通の大学生だ。
来月、研究室の学会があって、そのための飛行機を予約しなきゃいけない。
でも、どういうわけか予約サイトはセックス認証を採用していた。
いくらなんでもハードルが高いだろうとは思ったが、研究室の先輩が「そっちのほうがセキュリティ強度は最強なんだよ」とドヤ顔で教えてくれたので、仕方ない。
その日は他の手段でログインできないか粘ってみたものの、すべて失敗に終わった。
結局、誰かと一緒にセックス認証をするしかない。
そこで思い浮かんだのは、同じ研究室の女子、桜井だった。
ほどほどに仲が良く、二人で飲みに行ったことも何度かある。
どうにか頼み込めば、ワンチャン……あるのか?なんて淡い期待を抱きながら、思い切って声を掛けることにした。
「突然だけど、頼みがあるんだ」
「なに?」
「今度の学会に行くために飛行機予約しなきゃいけないんだけど……そのサイト、セックス認証しかログイン手段なくて」
「は? 冗談でしょ」
「いや、本当なんだよ。頼む、手伝ってくれないか」
「無理。そんなの普通できるわけないじゃん」
彼女はすごく嫌そうな顔をして去っていった。
やっぱりかと落ち込みつつも、数日してまた声を掛けてみた。
二度目はなおさら断られたが、時間をおいて三度目のお願いをしたときに、思い切って俺の気持ちを伝えた。
「俺、実は桜井のこと好きなんだ」
「……またそうやって強引にくるんだから」
「頼みたいのは本当だけど、俺は桜井ともっと話したいし、近づきたいって思ってるんだ」
「……あんた、意外とそういうところ真面目なんだね」
結局、根負けしたらしい桜井は、しぶしぶ俺の部屋にやってきた。
軽くお酒を飲んでから、そのまま流れに乗って身体を寄せ合う。
多少ぎこちなかったものの、お互い無理はしないように気をつけながら、ハグやキスを重ねていった。
そしてついに、カメラの前で“あれ”をすることに成功し、サイトへのログインも完了した。
それからは、ログインが必要になるたびに彼女とのセックス認証を行うようになった。
ネットショッピング、動画サービス、いろんなサービスが次々とセックス認証を導入し始め、俺たちも頻繁にそういう流れになる。
最初はドキドキしつつも、だんだんと自然に楽しんでいる自分がいた。
でも、ある日急に桜井が真顔で言い放った。
「ねえ、私の気持ちとセックス認証、どっちが大事なの?」
「え……いや、それは……」
「私はただのログイン認証の道具じゃないんだけど」
その日を境に、俺たちは気まずくなった。
どうしてもぎこちない雰囲気のまま、認証行為もやめてしまった。
学会が終わって落ち着いたころ、俺はしばらくぼーっとしていたが、このままじゃマズいと思い直し、今度はマッチングアプリで認証相手を探すことにした。
ところが、世の中そんなに甘くない。
パパ活や援デリ目的の人ばかりで、真面目にセックス認証をしてくれそうな人はいない。
ぼったくり店へ誘導しようとしてくる詐欺女や、ネットワークビジネスの勧誘ばかり。
そもそも自分にはまともな彼女ができた経験なんてほとんどない。
そんな俺にとって、桜井との何気ない会話や、あの身体の触れ合いはかけがえのない思い出になっていた。
そんなある日、疎遠になっていた桜井が急に声を掛けてきた。
「この前はキツく言ってごめん。あんたとのエッチ、認証のためだけってわけじゃなかったよ」
「え……それって」
「私もまともに彼氏いたことなかったし、あんたとの時間、正直楽しかったんだ」
「桜井……」
「セックス認証だけじゃなくて、私そのものも認証してよ。私はあんたの人生を彩る相棒でいたいんだから」
正直、驚きすぎて言葉が出なかった。
でも、桜井がそこまで言ってくれるなら、俺はちゃんと彼女を“認証”するしかない。
セックス認証がきっかけだったけど、もっと大事なことがある。
彼女という存在が俺の心を支えてくれることを、俺はようやく認識できた。
ベタな展開かもしれないけど、そんな俺たちはあれ以来ずっと一緒にいる。
何かをするとき、セックス認証が必要だってことを煩わしく思うときもあるけれど、隣にいてくれる人の温もりを感じられるのなら、俺は喜んでやるしかない。
桜井をパートナーとして“認証”しながら、これからの人生を歩んでいくのだ。