第5話「冒険者とカフェオレ」
「……ちっ、またツイてねぇな」
昼下がりのKichijoji Coffee。
カウンター席には、見るからに荒くれ者の冒険者が座っていた。
無造作に束ねた黒髪、日に焼けた肌、傷だらけの腕。
ボロボロの革の胸当てを着込み、剣の柄を無造作に掴んでいる。
彼の名はガイル。
王都を拠点にする中堅冒険者で、無愛想で短気な性格として有名だった。
「で、なんだって? ここで飲み物を出してるって?」
彼は目の前に座るエルフのエレイン・シルヴェリスを睨むように見た。
「そうだ。ちょっと落ち着きたくなったら、ここのコーヒーがちょうどいい」
「フン、苦いだけの飲み物なんざいらねぇな」
ガイルはつまらなそうに腕を組んだ。
「だったら、お前の口に合うものを注文すればいいさ」
「そんなのあるのかよ?」
「あるとも。店長、こいつにピッタリのコーヒーはあるかい?」
***
「はい、ありますよ。カフェオレにしましょうか。ミルクと相性のいい豆を使いましょう」
カウンターの向こうで藤倉 陽翔が微笑みながら、棚からブラジル産のコーヒー豆を取り出した。
「この豆は、ブラジル産のナチュラルプロセスで精製されたものです。甘みが強く、ミルクとよく馴染むんですよ」
その説明を聞いていた茜が、興味深そうに覗き込む。
「ナチュラルプロセスってなんですか?」
「果肉をつけたまま天日干しして、コーヒーの実の甘さを豆に浸透させる方法ですね。だから、チョコレートやナッツのような甘みが感じられるんです」
「へえ~、そんな方法もあるんですね!」
茜はメモを取りながら頷いた。
一方、ガイルは相変わらず興味なさそうに鼻を鳴らしていた。
「豆の違いなんて、俺にはどうでもいいんだがな」
「ふふ、でもお前は今からその違いを知ることになるぞ?」
エレインが得意げに微笑んだ。
***
カフェオレの歴史
「ここに温めたミルクを加えて……」
陽翔がスチームで軽く泡立てたミルクを、滑らかにカップへと注ぐ。
「お待たせしました。カフェオレです」
「ほう……白っぽいな」
ガイルはカップをじっと見つめる。
「カフェオレは、もともとフランスで生まれた飲み方なんですよ」
「フランス?」
「ええ。カフェオレという言葉は『カフェ(コーヒー)+オレ(ミルク)』という意味で、フランスでは朝食の定番でした」
茜も興味深そうに聞きながら、陽翔に尋ねた。
「えっ、朝にコーヒーとミルクを飲むのが普通だったんですか?」
「そうだね。特にカフェオレボウルと呼ばれる大きな器で、パンを浸して食べる文化があったんだ」
「なるほど~、面白いですね!」
一方、ガイルは興味なさそうに耳を傾けていたが、カップをじっと見つめると、「まぁ試してみるか」と呟き、そっと口をつけた。
***
新しい発見
──まろやかで、ほんのり甘い。苦味はほとんど感じない。
「……お?」
ガイルは驚いたように目を見開いた。
「苦くねぇ……いや、むしろ、ちょっと甘い?」
「でしょ?」
エレインが得意げに頷く。
「カフェオレは、ミルクがコーヒーの苦味を和らげてくれるんだ」
陽翔も頷く。
「ミルクには乳糖という自然な甘みがあるので、砂糖を入れなくても飲みやすくなります」
「……たしかに、これなら悪くねぇな」
ガイルは腕を組みながらもう一口飲む。
「なるほどな……こういう飲み方があるのか」
「コーヒーは飲み方次第で、味が全然違ってくるんですよ」
「……ふん。まぁ、認めてやるよ」
ガイルは銀貨をカウンターに置いた。
「5ルクス(銀貨1枚)だな?」
「ありがとうございます」
「……また来るぜ」
不機嫌そうにしながらも、どこか満足げな表情で、ガイルは店を後にした。
***
エルフとアルバイトの追加注文
「……さて」
ガイルが出ていった後、エレインがカップを置く。
「私もカフェオレを頼もうかな」
「珍しいですね」
「普段はブラックばかり飲んでたけど、話を聞いてたら、また飲みたくなってな」
「いいですね。じゃあ、少し違うアレンジを加えてみましょうか」
陽翔が再び豆を挽き、エレインのためにもう一杯のカフェオレを淹れた。
「どうぞ、ヘーゼルナッツの風味を加えたカフェオレです」
エレインは香りを確かめ、ゆっくりと口をつける。
「……ふむ、これはこれでいいな」
「ナッツの香ばしさが加わると、また違う風味になりますね」
エレインは満足げにカップを傾けた。
すると、隣で茜がぽつりと呟く。
「……私も、飲んでみたいな」
「お、ついに興味が湧いてきたか?」
エレインがにやりと笑うと、茜は少し照れながら頷いた。
「いつもコーヒーを淹れてるけど、ちゃんと味わったことがなかったかも」
「それじゃあ、茜さんにも特別な一杯を淹れましょうか」
陽翔は笑いながら、新しいカフェオレを作り始めた。