第4話「魔術師とコロンビア産コーヒーの謎」
常連となったエルフ
Kichijoji Coffeeのカウンター席で、一人のエルフが静かにカップを傾けていた。
「……ふむ、今日もうまいな」
エレイン・シルヴェリスは、湯気の立つカップを片手に、ゆっくりとコーヒーの余韻を楽しんでいた。
常連となった彼女は、ほぼ毎日のように店を訪れ、いろいろな種類のコーヒーを試している。
「店長、今日は何の豆を使った?」
カウンターの向こうで作業していた藤倉 陽翔が微笑む。
「今日はグアテマラのアンティグア。フルーティーな甘みと、しっかりしたコクが特徴ですよ」
「なるほど……たしかに、昨日のとは違うな」
エレインはゆっくりと味わいながら、カウンターを拭いているアルバイトの佐々木 茜をちらりと見た。
「茜、お前ももう少しコーヒーを勉強したらどうだ?」
「うっ……すみません、まだ味の違いがよくわからなくて……」
「まあ、少しずつ慣れていけばいいさ」
陽翔が笑いながらフォローすると、エレインは満足げに頷いた。
そのとき、扉のベルが鳴る。
エレインは軽く振り向き、店の入り口に立つ男を見て目を細めた。
「……また、変わった客が来たな」
***
魔術師、来店
「ここが、噂の店か……」
紫のローブを纏い、長い杖を持った男が、鋭い目で店内を見渡していた。
王都の魔術師ギルドに所属する、ルード・フォン・アーベルハウゼン。
「いらっしゃいませ」
陽翔が静かに迎えると、ルードはカウンターに腰掛け、香ばしい空気を吸い込んだ。
「この香り……何かの術を使っているのか?」
「いえ、これはコーヒー豆本来の香りですよ」
エレインがカップを持ち上げながら微笑む。
「私も最初は怪しんだが、試してみたら意外と気に入ったぞ?」
ルードは彼女を一瞥し、「ふん」と鼻を鳴らす。
「噂になっている黒い液体を試したい」
「かしこまりました。おすすめはコロンビア産のコーヒーです」
***
コロンビア産コーヒーの歴史と特徴
陽翔は豆の入った袋を取り出し、ルードに見せた。
「これはコロンビア産の豆です。コロンビアは南米の山岳地帯に位置し、火山性の豊かな土壌と適度な湿度が、最高品質のコーヒーを生み出しています」
「店長…異世界の方にコロンビアの話をしてもわからないかも…」
茜は陽翔に注意するも、聞いてくれない。
「コロンビアは世界でも有数のコーヒー生産国で、特にバランスの取れた味わいで知られています。酸味、甘み、コクが絶妙に調和しているんです」
エレインが興味深そうに頷く。
「要するに、エルフでいうところの万能薬草みたいなものか?」
「まあ、そんなところですね」
ルードは腕を組み、じっと陽翔の手元を観察する。
陽翔は豆を挽き、丁寧にハンドドリップで抽出を始めた。
湯を注ぐたびに、コーヒー粉がふわりと膨らみ、豊かな香りが広がる。
「……ふむ、魔道薬の調合にも似ているな」
陽翔は微笑みながら、カップにコーヒーを注ぐ。
「お待たせしました。コロンビア産のコーヒーです」
ルードは慎重にカップを持ち上げた。
***
一口で変わる世界
──豊かなコクと、ほのかな甘み。すっきりとした酸味が余韻を残す。
「……む?」
ルードの眉がわずかに動く。
意識が冴え、心が落ち着くような感覚が広がる。
「……確かに、集中力が増すような気がするな」
「カフェインの効果ですね」
陽翔が穏やかに答える。
「カフェイン?」
「簡単に言えば、脳の働きを活性化させる成分です。眠気を覚まし、集中力を高める効果があります」
ルードはもう一口飲み、じっくりと味わった。
「……これは、研究する価値がある」
そう呟きながら、銀貨を置いた。
「5ルクス(銀貨1枚)だな」
「ありがとうございます」
ルードは立ち上がり、店の出口へ向かう。
「……また来る」
「お待ちしています」
***
エルフの追加注文
魔術師が店を出た後、エレインはカップを置き、陽翔を見た。
「……なあ、私にもそのコロンビア産を淹れてくれないか?」
「おや、興味が湧きましたか?」
「南の豆は初めてだしな。今まで飲んだのとどう違うのか、試してみたくなった」
「わかりました」
陽翔は再び豆を挽き、ゆっくりとお湯を注ぐ。
数分後、エレインの前に新しいカップが置かれた。
エレインは香りを楽しみながら、慎重に口をつける。
「……ほう、なかなか深みがあるな」
「コロンビア産は、酸味と甘みのバランスが特徴ですからね」
「うん、悪くない」
エレインは満足げにカップを傾ける。
「こうやって色々試せるのは、面白いものだな」
陽翔は微笑みながらカウンターを拭いた。
「世界には、まだまだいろんなコーヒーがありますよ」
「ふふ、楽しみが増えたな」
エレインはそう言って、ゆっくりとコロンビア産コーヒーを味わい続けた。