マ〇コの魔法
――四方を草原に囲まれた町・カパック。
木造の建築物・土壁の家屋・レンガ造りのお店と乱雑で一貫性のない町の小道を一人の少女が身体をひょこひょこと左右に揺らして歩いている。
周囲の者たちが麻のシャツに履物と簡素な身なりをする中で、その少女は一風変わった衣服を纏っていた。
黒を基調とするドレスのような姿。
スカートの一部にはオレンジの挿し色を溶け込まし、胸元のリボンもオレンジ色。
頭には巨大で真っ黒な三角帽子を被り、そこには紫の猫さんマークのついたワッペン。
少女は町の者たちに人気があるようで、通りの人々は皆、少女へ声をかけてくる。
その声たちに応え、少女は薔薇色に濃緑色の交わる長いくせっ毛の髪を揺らし、紫に輝くの大きな瞳を皆に向けて軽く手を振る。
手を振られた者たちは笑顔で手を振り返す。その中で一人のおばさんが少女の名を呼んだ。
「ユメちゃん、あの子のところに行くのかい?」
「うん、私が行ってあげないと家にこもりっぱなしだからね」
ユメと呼ばれた少女は子猫のような愛らしい笑顔を見せて、さらにこう言葉を続けた。
「同じ魔女仲間として、私がちゃん~っと面倒を見てあげないと!」
――あの子のところ
帽子をかぶったどんぐりのような家の前にユメは立ち、板チョコのような玄関扉を勢いよく蹴やぶった。
「でりゃぁあっぁ!! いつまで引きこもってる気だぁぁあ! 隠れても無駄だぞ! 出てこ~い。そして私のお昼を作れ~!!」
扉は哀れ無残。真っ二つに破壊されて、玄関に濛々とした埃を漂わす。
その埃の奥から、怨霊のような呻き声が届いてくる。
「あああ~、やら……した~。くああああ~」
「あれあれ、いつもなら『玄関壊すなって言ってるでしょう!!』って感じで、私に魔法弾をぶつけてくるはずなの――――ん?」
埃によって視界が閉ざされる先に影が揺らぎ、ずるりずるりと足を引きずるような音が聞こえてくる。
その足音は徐々に間隔を狭め、ついには駆け足となり、埃を押しのけて姿を現した。
「ユメ!! 私、やらかした!!」
「へ――って、きゃ!?」
影はユメをギュッと抱きしめて、豊満な胸で少女の顔を包み込んだ。
突然の熱い抱擁にユメは驚きながらも、頬を赤らめ顔を崩す。
「あぶっ! もう~、どうしたの、こんなに発情しちゃって? 駄目だよ~。まだ日も高いのに~」
「そんな冗談は後にして!!」
影は自分から抱きしめておきながら、ユメを突き飛ばすように体を押した。
ユメは少しバランスを崩すも、倒れることなく影の姿を紫の瞳に宿す。
宿る姿は、黒く長い髪。黒い睫毛に瞳。さらに黒いローブと、黒黒黒の全身黒ずくめの烏のような女性。
お洒落と言うものは皆無であるが、彼女の切れ長の瞳は男たちの視線を奪い、雪のように白い肌は情欲を覚えさせ、柔らかな桃色の唇は言葉を奪い、怜悧で澄ました表情は心を奪う魔性の力を宿す。
ユメよりも四つ年上の彼女は頭を抱えて、こう問いかける。
「ユメ、私の名前わかる?」
「はい? わかるに決まってるじゃん。マ〇コでしょ」
「それ!」
「ん? 何がそれ?」
「気づかないの? そうか、呼ぶ方は認識が妨害されてるんだ。ユメ、魔力の流れを意識つつ一音ずつ読んでみて。おかしいところがあるはずだから」
「うん、いいけど。マ・〇・コ。あれ? マ・〇・コ……あれ、あれあれ? 一部が発音できない感じになってる!? 何があったの?」
「昨晩、研究用の材料を取りに洞窟に行ったら、そこに妙な箱があって、開けてみたら」
「呪われたの?」
「ええ、その通り。おかげさまで名前の一部の音が奪われて、なんだか、いかがわしい感じになってしまって」
「いかがわしい? マ・〇・コ。マ〇コ……あああああ、ほんとだぁぁぁあ! マ〇コになってる!! えっろ!!」
「えっろとか言わないで! ともかく、こういう事態だからしばらく名前で呼ぶのは避けてね」
このようにマ〇コはユメにお願いをするのだが……。
「ええ~、そんな、名前で呼んじゃ駄目なんて……魔女の塔にいた頃からずっと名前で呼んできたのに。そっか、もう私はマ〇コと友達じゃないんだ。マ〇コと遊べないんだ」
「いえ、そういう重たい話じゃなくて……」
「ああ、もう、私はマ〇コを見ることができない。マ〇コに触れることも許されない。柔らかくて暖かいマ〇コに!!」
熱情的に訴えるユメ。そのユメの胸ぐらを掴むマ〇コ。
「ユメ、わざとやってるだろ」
「イイエ、ゼンゼンだよ~」
このユメの言葉に、マ〇コはため息を交えながら胸ぐらを離して、がくりと肩を落とした。
「はぁ……もう、人が困ってるのにいつも通りのマイペースなんだから。だけど、これからどうしたら……?」
「とりま~、名字で呼べば?」
「呼んでみて」
「それじゃ…………あれ、マ〇コの名字が思い出せない!?」
「やっぱり、ユメもか。私も自分の名字が思い出せないのよ。名前を書き留めていた書類の類も全て表記がマ〇コになってるし」
「そんなのって……クッ! 思い出せ、マ〇コの名字! 文字の形は? マ〇コの……どんな形をしてたっけ? マ〇コ、丸い? 硬い?」
「ユメ、あなたさぁ……」
「あれあれ? マ〇コ、どうしたの~?」
「分かってるくせに。人の不幸を楽しんで。はぁ~」
マ〇コは大きく顔を振って再びため息を漏らすが、すぐに表情を真面目なものに変えてユメに問いかけた。
「とりあえず、冗談はここまでにして相談があるんだけど、いい?」
「相談?」
「あなたは占いが得意でしょ。呪いを解く方法のヒントがどこにあるのか占ってほしいんだけど?」
「うん、いいよ。マ〇コがお昼ご飯を作ってからなら」
「あなたねぇ……」
「だってぇ~、マ〇コを起こす代わりにお昼を捧げる約束じゃん。その盟約はちゃんと守ってもらわないと」
「そんな盟約結んだ覚えないけど……まぁ、いいや。落ち着くのも大事だしね」
――――昼食後
マ〇コの家の前に、マ〇コとユメが立つ。
周囲には出店が建ち並び、その店主たちが二人へ声をかけてきた。
「お、久しぶりに見たな。マ〇コ」
「相変わらず全身真っ黒だけど、見た目だけは綺麗だよな、マ〇コは」
「家に籠ってて、閉じっぱなしで開くことがないからな、マ〇コは」
一見、女性に卑猥な言葉をぶつけているように見えるが、彼らにその認識はない。
それでもマ〇コは苛立ちを覚え、彼らを一睨み。
その視線に怯えた三人は当たり障りのない言葉をかける。
「えっと、なんで睨まれたんだ? 軽口が過ぎたのか?」
「さ、さぁ? あ、そうだ、美味しい魚介類が入ったから良かったらあとででも……」
「そうそう、海藻とかもあって健康にいいぞ」
と言って、三人は遠巻きから二人の魔女の様子を見守ることにした。
マ〇コの方は、草原地帯にある町なのにどうやって海藻や魚介類を仕入れたんだろうと思いながらも、意識をユメへと向ける。
そのユメは近くにあった樽の上に地図を広げて、先端に紅い魔石――――魔法の力を宿す紅い石のついたペンダントをぶら下げて、地図の上で振り子のように揺らす。
そして、占いを補強する怪しげな詠唱を唱え始めた。
「ぶ~らぶ~ら、ここから先は行き止まり~。なすびから出てきたトマトの攻撃~。出勤してすぐに~、タイムカード代わりに~、上司のかつらを叩き落とす~」
「相変わらず、意味不明な詠唱。ほんとにそれで正しいの?」
「し、黙って、マ〇コ! 斜め向かい側の佐々木さ~ん、今日こそは寒風摩擦で焼き芋を~、ひよこと鶏にしてやるぞ~。よし、来た!!」
ペンダントの先が光り、ビクンビクンと反応を示すと、三角錐の先っぽを天空へと向けた。
地図ではなく、空を指し示すペンダントの様子にマ〇コは首を傾げた。
「どういうこと? ダウジングで呪いを解くヒントがありそうな地域を地図で探してるんじゃなかったの?」
「そうだよ。で、占いの結果、ヒントはお空にあるみたい」
「空……まさか! 神々が坐する城のこと!?」
「たぶん、そうじゃないかな」
「神々が坐する城……世界を創造した神々がたむろする場所」
「マ〇コ、たむろするって表現はどうかと思う」
「そんなのどうでもいいでしょ。それよりも城のことよ。天文学は畑違いだけど、たしか星見の魔女たちは、望遠鏡を使った城の観測に成功してるんだったよね?」
「うん、私は占いの魔法の都合上、星見の魔女たちと交流があるからしっかりそうだと聞いてるよ。神の城は星の静止軌道上に存在してるんだって」
「だとしたら、私たちが行ける場所じゃない。そんなところに呪いを解く鍵があるなんて……くっ」
マ〇コは呪いを解くことが絶望的だと考え、片手で自身の顔を覆い、目を閉じて眉をひそめた。
しかしそこに、あっけかんとしたユメの声が転がる。
「大丈夫、道はあるよ」
「え?」
「フフフ、マ〇コ。私の司る力と研究テーマは何?」
「司る力は時間と空間でしょ。そして、星と星の道を繋げる研究や転移のじゅつ――――あ!?」
「そう、転移魔法」
「だ、だけど、惑星内での転移成功例はあっても、その外への成功例はないはず。それに神々が坐する城には結界があると聞くし――」
「フッ、その結界をぶち破っての転移可能な術を――私はすでに開発しています!」
「うっそでしょ!?」
「ほんとだよ~ん」
ユメの軽い言葉に対して、マ〇コは零れ落ちるような笑いを返す。
「ふ、ふふふ、くくく、まさか、ユメの研究がそんなに進んでいたとはね。これは先を行かれちゃったかな?」
「マ〇コのテーマは永遠の命と生命の創造だもんね。そっちの方が難しいから仕方ないよ」
「いえ、あなたの研究テーマの方が……今はそんな話をする必要ないか。それで、できるの?」
四つも年下のユメに先を越され、それに驚きと悔しさを交えるマ〇コだったが、前人未到の研究を完成させていたということに興味を惹かれ、無意識に体が前のめりとなる。
だが、その期待を裏切るようにユメは首を左右に振った。
「残念だけど、行うために必要な材料が倫理に反していて理論止まり。実証実験ができないんだよ」
「倫理? いまさら倫理なんてどうでもいいでしょう? 私たちは禁忌の研究に手を出して魔女の塔を追い出され、この吹き溜まりの町・カパックにやってきたんだから」
「たしかに、ここは世界のはみ出し者たちが集まって作った町だし、私たちはそんな町に住む住人の一人だけど、超えちゃいけない一線があると思うんだ」
「その一線である材料って?」
「魂石。生命体に宿る魂を結晶化させたもの。それが大量に必要なの」
魂石――これを作り出すためには生命体の命を奪い、魂を抜き取り、精製する必要がある。それが大量に必要ということは……。
マ〇コは親指をカリッと噛み、周囲を見渡しつつとんでもないことを尋ねる。
「大量……ユメ、この町の住人を皆殺しにすれば足りる?」
この声を聞いた三人の店主たちは小声でぼそぼそと囁き合う。
「おいおい、ま~たマ〇コのやつがとんでもねぇこと言ってるぞ」
「大丈夫だろ。いつものようにユメちゃんが止めてくれるはずだ」
「そうだぜ。それにマ〇コは性格や言葉はキツキツだけど、子供や動物には優しいところがあるしな」
「そ、そうだよな。マ〇コはキツキツだけど当たり方によっては緩いところもあるからな」
彼らの言葉が耳に届いたマ〇コは、殺気を籠めて右手に魔力を宿す。
「あいつら……キツキツとか緩いとか、わざと!」
「落ち着いて、マ〇コ。みんなには名前が変だなんて認識できてないんだから。たまたまだよ」
「そ、そうだったね。はぁ~、いけない。気が立ってるみたい……ちなみに、あそこにいる三人の魂じゃ足りない?」
ギロリと殺意の籠る漆黒の瞳を向けられた三人は、何故そんな目を向けられるのか理由もわからずに怯えを見せる。
そんな彼女の態度をユメが諫める。
「やめなよ、マ〇コ。三人は事情が分かってないんだし。それに、あんなクゾザコナメクジの魂なんてなんの役にも立たないよ」
「そうなの? まったく、死んでも役に立たないなんて、何のために存在してるだろうね、あの三人」
「だね」
ユメの説得により、マ〇コは殺気を収めた。
それに対して男たちは胸を撫で下ろすが。
「ふ~、やっぱりユメちゃんが説得してくれたようだな」
「ああ……でも、なんていうか、ボロカスに言われている気がするが?」
「しっ! やめとけ、命あっての物種だ。蒸し返すな!」
三人の男たちはさておき、マ〇コはあることに気づき、それをユメにぶつけてみた。
「倫理……人間の魂の利用に問題があるなら、モンスターだったらどう?」
「それも考えたけど、結局量に問題が……あ、でも、マ〇コなら!」
「私? 私がどうかしたの?」
「魂石の質は素材となる生命体の強さに比例するの。つまり、強い生命体ならそこまで数が必要ない! 私の魔法の腕前じゃ強いモンスター相手に戦えないけど、魔女最強のマ〇コの魔法なら!!」
「私の魔法なら……具体的にはどの程度の強さの?」
「ウタマロ級モンスター」
「強さを十段階に分けた中で、上から三番目の等級。ドラゴン並みの強さ。その魂石がいくつ?」
「一万個は必要かも……」
「一、万個……ウタマロ級なんてめったにいないのに、実質不可能じゃ!」
ユメの転移魔法の研究のおかげで光明が見えた!
だが、その矢先に、転移に必要な材料が手に入らないという壁にぶち当たる。
ここでユメはわざとらしい悪人笑いを見せた。
「ふっふっふっふ~」
「ユメ?」
「マ〇コ、私の力と研究テーマを忘れた?」
「それはさっきも聞かれたけど……時間と空間。星と星を繋げる研究に転移、でしょ?」
「それに副次する魔法があるんだよ。今はまだ、星への転移は無理でも呼び寄せることなら――つまり」
「まさか、召喚魔法!!」
「ぴんぽ~ん、大当たり~」
「それで、何をどうするつもり?」
「ウタマロ級モンスターを異世界から召喚する。これなら私の魔力だけでもなんとかなるレベル。でも、連続して行えないから、魂石を集めるのに時間はかかるけど」
「それなら善は急げね。今すぐ召喚して!」
「今すぐって……町が壊れちゃうよ」
「構わないでしょ、こんな町。基本的に犯罪者しかいないんだし」
マ〇コとユメの会話を聞いていた店主の三人は、またもや囁き声を漏らす。
「おい、無茶苦茶言ってるぞ、マ〇コは……」
「まぁ、またユメちゃんが止めてくれるだろ」
「辛辣だけどな」
と、期待していたのだが――ユメは親指を立てて答えを返す。
「だね! じゃあ、召喚するよ~!!」
「「「「えええ~!?」」」
三人の重なり合う叫び声。
だが、そんな声の欠片一つ耳に入れることなく、ユメは全身を紫の輝きに包み、術式を編む。
「こいこいサンショウウオ。斜め上からサンバの産婆。出口と入り口の数は同じ数。う~う~、火事だ! てぇへんだ! 媒介は君に決めた!!」
ユメが指をパチリと跳ねる。
すると、目の前に紫に輝く円環が現れ、その内側に幾何学模様を記した術式が浮かぶ。
そこから光が飛び出して、店主三人が販売している魚介に命中した。
「来たれ、異界のモンスター!!」
ユメの声に応えるかのように、紫の光を帯びた魚介が大きく膨れ上がる。
それは三人のお店を完全に破壊しつくして、巨大な白き胴体を現した。
三人の店主は悲鳴を上げながらも、その白き巨大なモンスターを指さす。
「ひ~、俺の店がぁぁあ!」
「そ、そんなこと気にしてる場合かよ!?」
「そうだぜ、あれを見ろ!!」
彼ら三人が指をさした先には、三角頭を持つ巨大な生命体。
胴は太く長く、人の頭よりも大きく赤色をしたギラギラ瞳に、十本の触手を持つモンスター。
彼らは口々に雄々しく反り立つモンスター名を口にした。
「丘クラーケンだ!」
「陸クラーケンだ!」
「山クラーケンだ!」
「「「は?」」」
「いやいや、あれはどう見ても丘だろ?」
「どこに丘要素があるんだよ? 陸に現れたクラーケンだから陸だろ!」
「なに言ってんだよ、二人とも? 山のようにデカいから山だろ!」
「なんだとてめえら!」
「この野郎、やろうってのか?」
「いいぜ、以前からお前らのことが気に入らなかったからな」
と、三人は巨大なイカの化け物の前で喧嘩をおっぱじめてしまった。
その様子を見ていたユメが目を糸のように細くして呆れた声を漏らす。
「でっかいウタマロ級モンスターの前で喧嘩を始めちゃったけど、止めなくていいのかなぁ?」
「ほっとけば――って、あ……」
クラーケンの触手が三人に伸びてきて、彼らは絡み取られる。
「ひゃ~、ヌルヌルする~」
「ローションよりやばいぃぃぃ」
「でも、生臭さがなければ良いかもぉぉぉ」
彼らはそのままトゲトゲの歯がいっぱいついたクラーケンの口に放り込まれようとしている。
ユメは一言、マ〇コを呼ぶ。
「ねぇ、マ〇コ」
「はぁ、余裕そうに見えるから放っておきたいけど、仕方ない!」
青色の魔力がマ〇コの全身を包む
「水流魔法!!」
宮殿の柱のような太い水流がクラーケンの頭部にあたり、その衝撃で触手は緩み、三人は滑り落ちて水が逆巻く大地へと落ちた。
魔法を見たユメが興奮気味に声を荒げる。
「でた、マ〇コのスプラッシュ! マ〇コは水魔法が得意だもんね」
彼女の声に三人の店主の声が続く。
「助かったぜ。しかし、すげぇな! マ〇コのスプラッシュは!」
「ああ!! だけど、触手のヌトヌトが混じって、マ〇コのスプラッシュもヌトヌトだぜ!」
「そうだな! いつもは水のようなマ〇コのスプラッシュがトロトロになってやがる!!」
彼らの声を聞いたマ〇コはこう思った。
(こいつら、見捨てておけばよかった……)
後悔を抱きながらも、ほとんど無傷のクラーケンを前に新たな魔法を右手に宿す。
それは雷撃の魔法。
「クラーケン相手だと水魔法はあまり効果がないみたいね。だったら――雷撃魔法!!」
右手からバチバチと爆ぜる輝きが走り、クラーケンの触手の一本を消し炭へと変えた。
雷撃は水にも伝わり、ずぶ濡れの三人の体にも走る。
「びゃびゃびゃびゃ、濡れ濡れだからマ〇コので痺れちゃうぅぅぅ」
「ら、らめぇえぇ、体が勝手に動くぅぅぅ」
「ビクンビクンってなっちゃうぅぅぅ」
彼らの声を聞いて、マ〇コはこう思った。
(見殺しにしておけばよかった!)
そんな彼女の殺気に気づいたユメがそっと声をかけてくる。
「あの三人に悪気はないから、ね?」
「言っとくけど、あなたも大概だからね!」
「なんで! マ〇コが得意とする魔法の名前を呼んだだけだよ!!」
「呼ぶ必要なし! お口にチャック!」
「ぶ~、ぶ~! マ〇コは締め付けがきついなぁ、私に対する」
「だから、あなたわざと――ユメ! 離れて!!」
「へ? きゃっ!?」
マ〇コがユメを突き飛ばすと、彼女がいた地面に巨大な触手が突き刺さる。
さらに、ぬらりとした怪しげな光を纏う八本の触手がマ〇コへ迫る。
彼女はとっさに結界を張り、自身を守ろうとしたが、触手は折り重なり、マ〇コを締め付け始めた。
「チッ、うざい」
軋む結界。
このままでは結界は壊れ、マ〇コは触手に蹂躙されてしまう!!
――と、思いきや。
マ〇コは妖艶な笑みを生む。
「フフ、この程度。そんな脆弱な締め付けで私を壊せると思っているの? ウタマロ級が聞いて呆れる」
挑発されたクラーケンは触手に太い血管を浮き出させて、さらに強く絞めつけてマ〇コを壊そうとする。
「ガァアァァ!」
だが、マ〇コは何も感じていない。
ただ、結界内で静かに佇むのみ。
彼女は鼻で息を飛ばし、笑う。
「フッ、どうやらあなたじゃ私を満足させられないみたい。それじゃ、終わりにしようか」
言葉の終わりと同時に、結界は内側から弾け飛び、その衝撃によって触手たちは吹き飛ばされて、結界の破片が丸太のように太き肉に突き刺さる。
触手の先端に受けた痛みにクラーケンは怯え、体を後方へと仰け反らす。
体全体に震えを纏うクラーケンをマ〇コは漆黒の瞳で見つめ、魔法を用いて空へと舞い上がった。
塔よりも高いイカのモンスター・クラーケン。
それよりも高い空にマ〇コは足を降ろし、制止する。
そして、青白い魔力を全身に迸らせて、薄く笑う。
「フフフ、切り刻んであげる。あなたのご自慢の触手も、体もね……」
膨大な魔力によってマ〇コの周囲の空間が歪む。
それを見ていた三人の店主は唾をごくりと飲み込んだ。
「なんて魔力だ。空間が悲鳴を上げて、マ〇コの周りがうねうねと蠢いてやがる」
「ああ、マ〇コの周りが蠕動してるな」
「マ〇コの周りが輪状に収縮と膨張を繰り返している……」
彼らの声を聞いたマ〇コは心底こう思った。
(こいつら、殺す!!)
「だけどその前に! 死ね、クラーケン!」
「イギァアァァ!!」
クラーケンの真下から風が巻き起こり、それはすぐに巨大な竜巻となった。
風の刃を纏う竜巻はクラーケンの肉体と触手を切り刻み、細片すらも切り裂き、跡形もなく姿を消し散らした。
残るは、僅かばかりのイカ臭さ……。
ユメはパチリと指をはねて、薄靄のような細片が漂い、イカの匂いが濃く薫る場に魔力を充てる。
すると、薄靄は凝縮されて、そこにビー玉ほどの大きさの紅い結晶が現れた。
結晶はユメの元へ飛んでいき、広げた彼女の手のひらの上でふわりふわりと浮かぶ。
「魂石、回収完了だね。マ〇コ!」
空から舞い降りて、地面に降り立つマ〇コが言葉を返す。
「ええ、そうね。まったく、一つ集めるだけでこの大ごと。もっと効率よく集める方法を考えないと」
「それはまた今度考えよ。ともかく、私は連続召喚できないから、魔力を蓄えている間に旅でもして、強そうなモンスターを退治しながら魂石を集めていくとしようよ」
「地味な作業。でも、今はそれしかないか……だけど、その前に――」
ジロリと三人の店主を睨むマ〇コ。
その視線に気づいていない三人は気軽に声をかけてきた。
「いや~、助かったぜ。一見冷たいけど、なんだかんでマ〇コは温かいな」
「浅い付き合いだとわからねぇが、深く入れ込めば入れ込むほど、マ〇コのことを柔らかく感じるぜ」
「まるで慈悲深い観音様だな、マ〇コは! ありがたや~ありがたや!」
「とりあえず……あなたたちを殺す!!」
「「「なんで!?」」」
こうして、マ〇コは自身の名前の音を取り戻すための手がかりを得た。
それはまだまだ始まったばかりで前途多難であるが、最強と謡われる魔女マ〇コの魔法と、時と空間を司る魔女ユメの力があれば、必ずや呪いを解くことができるであろう。
――――――
二人の物語が幕を開ける――だがそこに、マ〇コと同じく名前の音を奪われた剣士が現れる!!
――その名は、チ〇コの剣士!!
彼女もまた呪いを解く鍵を求めているが、解けるのは一人だけだと言う。
争う二人――マ〇コのスプラッシュがチ〇コを包み、チ〇コの持つ太く鋭い剣がマ〇コに突き刺さる!?
予告・『マ〇コ、チ〇コと出会う! ~マ〇コとチ〇コの抜き差しならぬ関係!?~」
次回へと――続かない!!