42:最後の精霊・4
ベルシュの悲鳴に駆けつけた先は、番人が守る外側の森の中でもそれなりに広い空間がある場所だった。
道化師のような格好をした仮面の男が黒い魔力でベルシュを捕らえているのが見え、エイミたちに緊張が走る。
「おい、結界はどうなっているんだ?」
『あれはあくまでエルフの集落周辺のみのものじゃ。ある程度中に入れば魔物は出なかったじゃろ?』
光精霊が言うには、そもそも結界で島全体を覆う必要性はないらしい。
外側の森にはミハリソウがいて、大抵の侵入者はそこで弾かれる。
それに、結界を張れば森で生きる魔物までわざわざ追い出すことになってしまうからだ。
「おんやァ? 誰かと思えばハーフエルフのシグルス君……まさか、おトモダチでもできちゃったンですかァ?」
「ッ!」
ねっとりと下から張り付くような声で男が言う。
シグルスも誰だかわかっているのだろう。既に纏っていた彼の殺気が、ぶわ、と膨れ上がった。
「聞きましたよォ? ディフェットが悪夢から醒めた、と……せっかく食事場にしていたのに、残念無念デスね」
「ベルシュさんを放しなさい! 一体、何者ですか!?」
エイミが槍を構え、鋭い切っ先を向けると、男はわざとらしく震え上がってみせる。
「おお、怖いコワイ! そんなコトしなくても教えてあげますヨ。ワタシは悪魔イルシー……“千変万化”のイルシーと申しマス」
わざと恭しく一礼するイルシーに、モーアンが一歩進み出た。
「イルシー……幽霊船でも聞いた名前だ」
船の残骸を漂っていた死者の魂を縛りつけて悪霊に変え、通りすがりの船を引き込んで新たな犠牲者を増やそうとしていた幽霊船。
そこにいた悪魔が口にした、彼に指示を出していたであろう者の名が“イルシー”だった。
「幽霊船ン? ああ、あの“狩場”デスか……もしやアナタがたが近頃我々のナワバリを荒らしているニンゲンどもデスね?」
仮面の奥の瞳は見えないのにじっとりと絡みつく視線。ぱちぱちと乾いた拍手をしながら、イルシーが言葉を続ける。
「なーるホドなるホド、それならミスベリアの件も……聞きましたよォ。テプティさんが手を焼いている、と」
「テプティのことも知っているの!?」
「まっったく、余計なコトを……あの年増……イエ、お姉サマはご機嫌ナナメになると手がつけられナイというのに!」
悔しげに地団駄を踏んでみせるイルシー。だが、いちいち大仰で嘘くさい振る舞いのせいで、それがどの程度の本心を含んでいるのかはわかりづらい。
「悪魔の気配を察知できるエルフの血……せっかく森の中に閉じ込めておいたというのに、ここで出てこられるとジャマなんですヨォ」
「森の中に閉じ込めた? どういうことだ……?」
ぴく、とシグルスが反応すると、仮面の向こうで厭らしく嗤う気配がした。
「エエ、エエ。ここで会ったのも何かの縁。ワレワレの目的をすこーしだけ教えて差し上げまショウ!」
ケヒャヒャヒャヒャ、と耳障りな高笑いも、全てはシグルスたちを煽るため。
悪魔の道化師イルシーは、まるで劇場の案内人のように語り始めるのであった。




