41:呪いの真実・3
エルフの長の家を飛び出したシグルスは、村はずれの花畑に来ていた。
動揺からあがっていた息を整えると、はあ、と大きな溜息をつく。
(みっともねえ……今まで、何を言われても平気だったのにな……)
故郷のディフェットでもハーフエルフに対する差別はさんざん受けてきた。けれどもそれは、所詮何も知らない部外者の言葉だと流せていたもので……
「……“呪い”か……まさか、ホントにあったなんてな」
根拠などない、輪郭の見えない“呪い”なんて曖昧なものを信じてはいなかった。
それが突然、現実のものとして突きつけられて……ハッと思い当たったのが、自らが心から慕い仕える王に降り掛かった突然の不幸だ。
「俺はもう、独りで生きていった方がいいのかもしれない。陛下や隊長、あいつらに迷惑をかける前に……」
「今更それはナシでしょ、兄ちゃん」
「な……!」
割り込んできた呆れ声に弾かれたように振り向くと、そこにはサニーがいた。
ここまで気配も音も立てなかった彼女が、今度はわざとがさがさと草花を分け入ってシグルスに歩み寄る。
「なんでお前……」
「アタシはミスベリアで伝説の義賊だったじっちゃんの弟子だよ。こんな尾行なんてお手の物!」
「伝説の、義賊……?」
物心つく前にサニーを拾った老人の話は聞いたが、そんなすごい人物だったのか。
とはいえ、それならば彼女の年齢にそぐわぬ技量の高さにも納得がいく。
「まあそれよりさ、兄ちゃんは呪いの心配なんてしなくていいよ」
「は?」
「王様も助けられたし、アタシもみんなも隊長さんも何ともないでしょ? 今は“聖なる種子”が守ってくれてるんだってさ」
兄ちゃんったらろくに話も聞かず飛び出しちゃうんだもん、とサニー。
女神の力の欠片である“聖なる種子”は、確かにこれまでもさまざまなものから宿主を守ってくれた。
「……もっと早く言ってほしかったな」
「アタシも兄ちゃんを追いかけながら今聞いたとこ。みんなも今頃説明を受けてるんじゃないかな」
ね、とサニーが目配せした先で揺らぐ闇。おもむろにコクヨウがその姿を現した。
『……説明するより先に飛び出されたものでな。とにかく、他の者への呪いの影響は気にしなくて良い』
「だから兄ちゃんは、悪魔の奴をぶっ飛ばして呪い自体を終わらせちゃえばいいワケ!」
「そんなことが……」
そこまで言って、シグルスは言葉を止める。
女神ですら呪いそのものを消すことは叶わなかったのに、まるで大したことのないようにあっけらかんとした様子のサニーを見ていると、それまでの苦悩が一気にバカらしくなってきて……
「……できちまうかもな。今度はひとりじゃないんだから」
「そういうコト!」
ふたり顔を見合わせると、どちらともなく強気な笑みを見せる。
女神の旅路をなぞるだけじゃない。今度は、全てを終わらせよう。
そんなふたりのやりとりを、そっと見守っていた影がひとつ。
(今ここで私が出るのは野暮かしらね。前向きで逞しくて、なんだかあの人に似てきたわ)
十三年ぶりに再会した我が子に重なる面影を見つけ、静かに微笑むアムリア。
薄紫の長い髪が、振り向きにあわせてさらりと翻った。




