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3:星見の丘を越えて・2

「ドラゴニカにも魔族が現れていたなんてな……」

「ええ。あの男は魔族の王、ガルディオと名乗っていました」


 エイミの話を聞き終えたフォンドは、火にかけっ放しで片面が焦げてしまった串焼きを取り、苦味に顔を顰めながら齧りついた。

 ドラゴニカの王女であり女王パメラの妹であることを伏せても、城を奪われた事実は充分に伝わったようだ。


「けど、グリングランにいた竜騎士たちは何も言ってなかったな」

『タイミングでしょうね。今頃避難してきた人たちがグリングランに受け入れられていると思うけど』

「そっか……」


 フォンドがドラゴニカのことを知らなかったように、エイミもグリングランが襲われていたことを知らない。もしも彼女が南下してグリングランを経由していれば、痛々しくあちこち崩れた町を見ることになっただろう。


「わたしは魔族から城を取り戻すため、旅をしています。それに、ルクシアルにはこのことを報せなければいけません」

「確かに……人魔封断で切り離された魔界の連中が再び現れただなんて大事件だもんな」


 しばし考え、腕組みをするとフォンドは空を仰ぐと唸りだす。そして、澄んだ空色の瞳をした少女に改めて顔を向けた。


「ここで会ったのも、きっと何かの縁だ。オレにできることなら協力するぜ」

「フォンドさん……ありがとうございます!」

「おう。じゃあまずはここを抜けなきゃな!」


 休憩を終えたふたりは立ち上がり、女神像の丘を降りた。ミューが空からあちこち見回し、出口を確認する。


『ここまで来ればもうちょっとね。出口が見えてきたわ』

「ありがとう、ミュー」


 案内のお陰で、迷いなく進む一行。えらい違いだな、とフォンドが呟く。

 気持ちに余裕が出てきた彼は、ふとエイミに視線をやり、口を開いた。


「エイミってさ……綺麗だよな」

「え?」

『はァ!?』


 唐突な発言にきょとんとするエイミと、熱り立つミュー。

 するとフォンドは裏表なく輝く瞳で拳をぐっと握り締める。


「あの槍さばき! 綺麗で無駄がなくて、鋭く速く、決めるところはズドンと豪快でさ!」

『…………え?』


 どうやら、綺麗という発言はミューの想像するところとは大きく掛け離れた意味だったらしい。


「港町でのオレの戦いを見ての言葉もそうだけど、槍を振り回してあれだけの動きができるんだから大したもんだよなぁ。きっといっぱい鍛錬を積んだんだろうなぁ」

『アンタ……見るところそこ?』

「おうよ! 槍と拳じゃ間合いも違うが、いつか手合わせしてみたいもんだぜ!」


 呆れ顔のミューの質問の意図が本気でわからないといった風のフォンド。

 色白の肌にほんのり赤みを差した、少女らしい丸みを帯びた頬。桃色の唇も愛らしく、儚げながらも芯の強さが見える澄んだ蒼穹の瞳。淡い水色の長い髪は艶めいて、清らかな流水のようで。

 エイミほどの美少女を前に……そこまで考えて、ミューはフォンドが彼女と同類のタイプだと察した。


『警戒してたのがバカみたいじゃない……』

「なんか言ったか?」

『なんでもないわよ。港町では悪かったわねってこと!』


 ほとんどドラゴニカから出たことのないエイミとミューだが、世間知らずでおっとりしているパートナーを守らねばと過敏になっていたのはミューの方だった。

 外の世界に出たばかりとはいえ、いきなりナンパやチカン呼ばわりはさすがにまずかったと反省する。


「それはもういいよ。不安で必死だったことはよくわかったし、オレも最初はそうだったから」

「フォンドさん……」

「呼び捨てでいいぜ。たぶん歳も近いんだろ?」

「……はい。では、フォンド。改めてよろしくお願いしますね」

「ん、よろしくな!」


 屈託なく笑うフォンドにつられてエイミも柔らかく微笑む。

 ドラゴニカ城という閉じた世界。そして王女という立場から、彼女にはミュー以外に同年代の友人と呼べる相手がいなかった。

 経験の乏しさからか、やや内気で控え目で……そんな彼女から、フォンドは恐らく意図もせず、自然な笑顔を引き出している。


『外の世界で最初に出会ったのがコイツで良かった……かもね』


 まだ完全に信用したワケじゃないけど。

 既に打ち解け始め始めたふたりを眺めながら、ミューはしみじみと呟いた。

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