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3:星見の丘を越えて・1

 星見の丘でグリングランの青年・フォンドと出会ったエルミナは、旅の妨げにならないよう王女である身分を隠しエイミと名乗ることになった。


「ほら、食えよ。エイミも、そこのミューって竜も」

「あ、ありがとうございます」


 焚き火の傍に腰掛けると、フォンドから串焼き肉を手渡される。

 焼きたての肉は脂を滴らせて艶めき、食欲をそそる良い香りを漂わせていて、朝食からだいぶ長い間歩き回っていたふたりには魅力的に感じられた。

 ぐう、とエイミのお腹が素直に声をあげ、思わず赤面する。


「あ……」

「大丈夫。まだまだあるぜ」

『やけに親切にしてくれるのねぇ』

「そりゃ、グリングランでは竜騎士たちに助けてもらってるからな。お互い様さ」


 ミューから向けられる疑いを隠しもしない眼差しに、からからと笑って返すフォンド。


「まぁ、この丘を抜けるのに力を貸してほしいって下心もあるけどな!」

『堂々と下心って言うんかい』


 瞬間、エイミが堪えきれずに笑う。

 ずっと張り詰めていた彼女の心を、彼らのやりとりが解きほぐしたのだ。


「ふっ、ふふっ」

『エルっ……エイミ?』


 ミューは驚き、ぽかんとエイミを見つめる。旅に出てからしばらく、こんなにリラックスしたパートナーの笑顔を見ていなかったから。


「ごめんなさい、つい……わかりました。一緒に行きましょう、フォンドさん」

「助かる。恩に着るぜ」

「こちらこそ、ありがとうございます。フォンドさんもルクシアルを目指しているんですよね……?」

「ああ。ちょいと事情があってな。エイミもそうなんだろ?」


 がぶりと肉にかぶりつきながら、フォンドが尋ねた。


「ドラゴニカのこと、フォンドさんは聞いていないんですか?」

「ああ。そっちもグリングランで何があったか知らないみたいだな。グリングランは突然現れた魔族と魔物に襲われたんだよ」

『なんですって!?』


 ミューが声をあげ、エイミと顔を見合わせる。隣国でも似たような状況が起きていたなんて。


「オレはグリングラン近くの小屋で親父……ラファーガっていう、血は繋がってないんだけど、オレを育ててくれたホントの親父みたいな人と暮らしてたんだ」

「ラファーガ・ループス……ドラゴニカでもその名前は聞いたことがあります。十三年前の魔物の大量発生で活躍した英雄ですね」

「そ。オレはその時に両親を亡くして孤児になって、親父に拾われたんだ」


 さらりと重い事情を明かされて暗く沈んだエイミに気づくと、フォンドは慌てて話を戻した。

 彼の話ではそれ以降は平和なグリングランで穏やかに暮らしながら、ラファーガのもとで修行に明け暮れていたという。


「……そんな日常は、ある日突然壊された。空が裂けてそこから魔物が現れ、町が襲われたんだ」

「ドラゴニカと同じ……」


 ごくりと息を呑むエイミ。隣国の惨状は、自国とよく似ていた。


「オレたちにはもう一人、ジャーマっていう家族がいた。オレと同じような経緯で拾われたんだけど、一年前のある日、強さを求めて出ていっちまった。それが、魔物の襲撃の時にいたんだよ」

「えっ?」

「ジャーマは……おかしくなってた。魔族になっただとか、最強になってやるとか……実際、親父もジャーマには勝てなかった。魔族は魔物たちの長。魔物がオレたちを孤児にしたってのに、その仲間になるだなんて……」


 当時の情景を思い返しているのだろう。フォンドが俯き、ぐ、と拳を握る。


「……翌朝、親父は魔界へ行くという置き手紙を残していなくなってた。オレはそれを追いかけて旅に出た。けど魔界のことなんてわからないから、まずはルクシアルを目指すことにしたんだ」

「そんなことが……」

「エイミも似たような事情なのか?」


 生まれた静寂に、焚き火がパチリと音を立てる。エイミは胸元に手を置き、そっと目を閉じた。

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