36:常夜の島セレネ・1
ドラゴニカから一番近くの海岸でさざなみの貝笛を取り出すと、それはひとりでに鳴りだし、海の聖獣シュヴィナーレを喚び出した。
神殿の時のように魔法の泡に包まれたエイミたちは今度は振り落とされるようなスピードではなく、程よい快速で運ばれていく。
「最初はびっくりしたけど、慣れれば快適だねぇ」
ふよふよと宙に浮かびながら、気持ちよさそうに目を瞑るモーアン。
どういう仕組みなのか水中を漂うようでいながら呼吸もできる泡の中は、船とは違う解放感がある。
《こないだみたいなスピードに加えてぐるぐる大回転なんてのもできるが、そっちの兄ちゃんが昇天しちまいそうなんでね》
「ぐるぐる……?」
「魂その他ありとあらゆるモノが出ちゃうから遠慮しますぅ!」
《はは、だろうね》
色とりどり、大小さまざまな魚が泳ぐ海中の景色を眺めながら、セレネ島へと向かう一行。
休息をとる者、談笑を楽しむ者、この特殊な状況が鍛錬にならないかと体を動かす者と、彼らが思い思いに過ごす中、急に辺りが暗くなり始める。
「え、もう夜なのか? まだ昼間だと思ってたぜ」
「違うわ。本で読んだことがあるけど、ホントにそうなのね……セレネ島は別名“常夜の島”。不思議な力でいつも夜だという話よ」
ザザザ、と高度が上がり、地上が近づく。白い砂浜に降ろされると、頭上には確かに今の本来の時刻ではあり得ない夜空と、まばゆい満月。
「夜という割に明るいな」
『代わりにクレーシェの力の結晶である“精霊月”が辺りを照らしているからだ』
時間の感覚が狂ってしまいそうな、真昼の月夜。まさに月の精霊の住処に相応しい場所だろう。幻想的な光景に一同が息を呑む。
「綺麗だ……神秘的だなぁ……」
『改めて、精霊の力ってすごいのねぇ……』
見上げる精霊月は、島の三日月型のカーブの真ん中辺りに浮かんでいる。精霊の住処があるとすれば、月の真下ではないだろうか。
「あそこには何があるんだ?」
「千年前、魔界の侵略で滅んだ都市の廃墟があるって話だけど……定期船も通らないような島にわざわざ足を運ぶ人なんてそういないから、この島には謎が多いのよ」
船が通らず行く手段も限られる上に、辺りは常に夜。各大陸から離れたそんな孤島に好きこのんで上陸する人間など滅多にいないだろう。
と、辺りをきょろきょろ見回していたサニーが、何やら見つけたらしく一点を指さした。
「ねえねえ、あそこに足跡がある!」
「ホントだ。まだ新しいね」
砂浜に残る足跡は、森の中へ入って島の中央部へ。誰かが先にこの島にやって来たということだろうか。
『イヤな予感がするわね……』
「わたしたちも行きましょう!」
《気をつけて行くんだよ!》
さく、さくと音を立て、六人ぶんの足跡が増える。
森の中へ消えていく彼らの背をしばらく見守って、海の聖獣はゆっくりと海中へ潜っていった。




