35:戦いのあと・3
山道を少し下っていくと、エイミたちも休憩に使った山小屋がひっそりと佇んでいた。
ただしその中からは……ぎゃあぎゃあと騒がしい声がふたりぶん。
「だ、誰かー!」
「助けてくれぇ!」
ガタガタと物音もするが、拘束からは抜け出せていないようだ。
念のため警戒しながら扉を開けると、野太い悲鳴に出迎えられた。
「ひぃぃ! に、人間っ!」
「ころされるぅぅぅぅ!」
ぐるぐる巻きに縛られた男ふたりが決して広くない山小屋の中、身を寄せ合って震えている。
体に鱗やヒレを生やし、ベースの肌は白という彼らは真っ青になっているかはわからないが、可哀想なくらいに怯えているのは伝わった。
どうしたものか……悩みながら、エイミは彼らの前にしゃがみこんだ。
「……あ、あの、落ち着いてください。確かに急にこんなところに閉じ込めたのは悪かったのですが……」
「へ?」
「わたしたちは城を取り戻しに来ただけです。あなたがたが人間に危害を加えなければ、こちらも何もしませんよ」
なるべく刺激しないよう、ゆっくりと優しい声でそう告げるエイミを、魔族たちはしばらくぼんやりと見つめる。
「……あんた、あの城の人なんだな」
「え?」
「俺たちが城の門番として連れて来られた時に、片付けろって言われて……何人か、似た格好の人間が倒れてて……」
「!」
女王パメラは必死に仲間を逃がそうと食い止めたが、急な空からの襲撃に犠牲者はゼロとはいかなかった。
彼らが言っているのはそんな竜騎士たちの亡骸だろう。エイミとミューが暗く俯く。
「あっ、で、でも、墓は裏庭にちゃんと作ったし、名前はわからなかったが……一応、誰が眠ってるかわかるように、持ち物を添えてある! 祟られちゃたまったもんじゃないしな!」
「そう、ですか……」
「「………………」」
ドラゴニカ王女の悲痛な表情と声音に、門番たちはばつが悪そうに顔を見合わせた。
実際に城を襲ったのは彼らではないが、同じ魔族がしたことに胸を痛めているようだ。
「……上からの命令とはいえ、城の修復やドラゴニカの民をきちんと弔ってくださったこと、ありがとうございます」
「お、おう……まあ、墓までは命令されちゃいねえけど」
「そうでしょうね。あの男なら遺体を投げ捨ててしまえとでも言いそうです。だからこそ、感謝を」
きちんと膝をつき、頭を下げる王女。真摯な態度が、門番たちの心に響く。
(魔界でもこんな風にして貰ったことねえのに……)
魔界では生まれた種族で格差があり、鱗生人である彼らは全員からではないにしろ、何かと馬鹿にされることが多かった。
同じ魔族でそうなのだから、人間からすれば魔族など、憎き敵で一括りにされてもおかしくないはずなのに……
門番たちはもう一度見合わせるとぐっと口を引き結んだ。
「なあ、俺たち魔界には自力で帰れねえんだ。かといって人里におりたところで他の人間からは怖がられ、攻撃されるのがオチだと思う」
「だから、このまま城の復興の手伝いをさせてくれよ。そっちとしても目の届くところにいた方が安心だろ?」
「それは……」
彼らの提案は、最善のように思えた。おずおずとエイミが振り返ると、仲間たちも頷いている。
「ありがとうございます。ええと……」
「俺はヴェルソー。こっちの太っちょが……」
「ペッシだ」
緑の鱗の中肉中背の青年がヴェルソー、太っちょと呼ばれた赤い鱗の方がペッシというらしい。
エイミは彼らの顔を順番に、しっかりと見つめた。
「よろしくおねがいします。ヴェルソーさん、ペッシさん!」
「へへっ、新しいご主人様は可愛らしい姫さんだな!」
「威張りくさったあの野郎よりよっぽどいいや!」
こうして、魔族のふたりは縄を解かれ、ドラゴニカの城へと戻っていった。
長い間敵対関係にあった人間と魔族の、これがほんの小さな、けれども大事な一歩となるのであった。




