32:ドラゴニカは目の前に・4
ノール・エペ山の麓にひっそりとある小さな村・ピエモ。
ドラゴニカ城を魔族に奪われて以来そこに人影はなく、荒れ果てた姿を晒すのみとなっていた。
「旅に出てからそれなりに日にちは経っていますが……」
「人がいなくなった家はみるみる寂れて荒れていくからね……多少荒らされた形跡もあるみたいだけど」
幸いなのは、犠牲者が出たような痕跡が見当たらないこと。避難が無事に間に合ったのだろうかとエイミが胸を撫で下ろす。
「宿屋は使えそうだよ! ここで一旦休んでから行こうよ!」
「賛成ね。ここから山登りなんて、ちょっとキツいもの」
サニーとプリエールが宿屋の状態を確認して、仲間たちを案内する。
ちら、とエイミは山の頂上を見上げ、唇を引き結んだ。
「ドラゴニカのお城はもうすぐそこ。だけど……」
『エイミ……』
心配そうに覗き込むミューに、エイミはやわらかな微笑みを向ける。
「大丈夫よ、ミュー。わたしは大丈夫」
彼女にも、己自身にも言い聞かせるように、そう告げて。
(以前のわたしだったら、城を取り戻すことや魔族を倒すことばかりに気が逸って、このまま山に向かっていたかもしれない)
けれども焦って飛び出せばどんな結果が待っているのかは、もうよくわかっている。
南大陸の地下坑道で、ひとりの力の限界を、仲間の力の大きさを改めて知った。
それ以外でも、幾度となく……彼女の旅は、仲間の助けがあってこそここまで来られたのだと、そう感じる場面があった。
「おい、エイミ」
「きゃ!?」
想い出に浸っていたエイミは、ふいにかけられた声で現実に引き戻される。
振り向けば、シグルスの仏頂面の眉間に少しだけシワが寄っていた。
「そんなに驚くことはないだろ……」
「あっ、ご、ごめんなさい。考え事をしてて……」
「……まったく。気持ちはわかるが戦闘中にうわの空じゃ困るからな?」
やってしまった、と申し訳なさに俯くエイミと、沈黙のシグルス。
そこにすかさず助走をつけて体当たりをかましたのは、ふたりの空気に耐え兼ねたサニーだった。
「もー! 兄ちゃんそうじゃないっしょ? もっと他に言いたいコトあるって顔に書いてあるよ!」
「お前なぁ……」
「あのさ、エイミ。アタシもシグルス兄ちゃんもエイミたちには故郷を救ってもらったってでっかい恩があるんだよ」
サニーはそう言うとエイミの手を両手でぎゅっと握り、おひさまのような瞳を真っ直ぐに彼女へと向け、白い歯を見せて笑った。
高めの体温が、じんわりとエイミに温もりを伝える。
「だからさ、今度はアタシたちの番。いっぱい頼っていいよ。張り切って頑張っちゃうからさ!」
「……だいたいまあ、そんな感じだ」
「サニー、シグルスさん……」
んん、と唸り、そっぽを向いた横目でエイミを見る紅い瞳。かつては“半端者の証”と揶揄されたそれも、仲間たちの前ではすっかり隠さなくなったものだ。
「…………俺のこともシグルスでいい。フォンドの奴ともひとつしか違わないからな。大した歳の差はない」
「わかりました、シグルスさ……いえ、シグルス」
スナオじゃないなぁ、などとからかうサニーを睨むシグルスだが、否定の言葉はなかったという。




