馬頭観音のお礼
小摩ちゃんは、小学二年生の女の子。
小さい頃から、ご飯があまり食べられなくて、学校では、いつも、給食を残していました。
給食のパンを持って帰ると、お母さんに怒られてしまうので、いつも、通学路の途中の、観音様の掘られた、大きな石に、お供えしていたのでした。
不思議なことに、帰りにパンをお供えすると、朝には無くなっていたのです。
そのせいで、小摩ちゃんは、私の代わりに、観音様が、パンを食べてくれているんだと、思うようになっていました。
いつものように、パンをお供えした、ある日の夜、小摩ちゃんは、おかしな夢を見ました。
夢なのに、目の前が、光で真っ白で何も見えなかったのです。
薄目で良く見ると、その眩しい光の中に、誰か人が座っていました。
その人は、いつも、食べ物をありがとうと、小摩ちゃんに言いました。
もしかして、観音様なのかな?
小摩ちゃんは、眩しい光の先にいる人を、何とか見てみようと、何度も、薄目を開けて見ようとしました。
光の中の人は、小摩ちゃんを、食べ物をお供えする心の優しい娘だと褒めました。
小摩ちゃんは、ただ、食べきれなかったものを、お供えしただけなので、そんなことを言われると、戸惑ってしまいます。
光の中の人は、そんな小摩ちゃんに、何かお礼がしたいと言い出しました。
ですが、突然、そんなことを言われても、特に何も思いつきません。
わかんない。
小摩ちゃんは、そう言うしかありませんでした。
何でも良いと、光の中の人に言われて、小摩ちゃんは、色々と思い出してみました。
そこで、ふと、数日前の夜、お父さんとお母さんが、話していたことを思い出しました。
たしか、お父さんと、お母さんは、お金がほしいと言い合っていた気がする。
光の中の人は、それを聞くと、小摩ちゃんが喜ぶようなことをしてあげようと言い出しました。
これから、小摩ちゃんは、変な夢を見るようになる。それを、お父さんかお母さんに話してみなさい。
たったそれだけでいいんだ。
それだけで、お父さんとお母さんが、喜んでくれるんだ。
そう思うと、小摩ちゃんは、わくわくしました。
ただし。
光の中の人は、言いました。
もし、嘘を話したら、その時は、こんな夢、もう見たくないと、小摩ちゃんが思ったという風に思うからね。
おかしな夢を見た三日後、小摩ちゃんは、変な夢を見ました。
それは、白い兎が、蜜柑を食べている夢でした。
小摩ちゃんには、意味は全くわかりませんでしたが、それを、お父さんとお母さんに話しました。
お母さんは、可愛い夢を見たのねと、笑っていました。
お父さんは、あまり興味が無いという風で、朝ごはんを食べ続けました。
次の週も、同じように、変な夢を見ました。
それは、河童がキュウリを食べている夢でした。
やはり、小摩ちゃんには、意味はわかりませんでしたが、それをお父さんとお母さんに話しました。
お母さんは、面白い夢を見たのねと、笑っていました。
お父さんは、やはり、興味が無いという感じでした。
日曜日の昼間、お父さんは、テレビで、趣味のお馬さんを見ていました。
夕方、お父さんは、小摩ちゃんを見て、まさかなあと呟きました。
次の週は、変な夢を見ず、その次の週に、また変な夢を見ました。
今度は、フラミンゴが、赤いエビをついばんでいる夢でした。
それをお父さんとお母さんに言うと、お父さんは、携帯電話で、何かを調べはじめました。
日曜日の夕方、お父さんは、大喜びで、小摩ちゃんの頭を撫で、明日、ケーキを買ってくるから、一緒に食べようと言ってくれました。
お父さんが買ってくれたケーキは、大きなイチゴのたくさん乗った、有名なお店のタルトケーキでした。
お母さんも、嬉しそうに、美味しいと言って食べていました。
小摩ちゃんは、また変な夢を見ました。
亀さんが、黒い海藻を食べている夢でした。
それを聞いたお父さんは、すぐに携帯電話で、何かを調べはじめました。
お父さんの携帯電話を持つ手は、少し震えていました。
日曜日の夕方、お父さんは、小摩ちゃんを抱きかかえ、何でも好きなものを買ってあげると、大喜びでした。
そう言われても、小摩ちゃんには、特に買って欲しいものなどありませんでした。
お父さんも、お母さんも、にこにこしていて、何だか胸の中が、ぽかぽかしていました。
翌日から、お父さんは、毎朝、小摩ちゃんに、夢は見なかったのかと聞いてきました。
その週は、変な夢を見ず、次に見たのは、その次の週でした。
赤い金魚が、黒い餌を食べていたよと言うと、お父さんは、よしわかったと言って、大喜びしました。
日曜日の昼間、お父さんは、お母さんと、お馬さんを見て、大喜びしていました。
二人で、小摩ちゃんに抱き着いて、小摩ちゃんえらいと言って、にこにこしていました。
小摩ちゃんは、また、胸の中が、ぽかぽかしていました。
次の週は、変な夢を見ず、その次の週と、そのまた次の週に、変な夢を見ました。
お父さんは、その都度、携帯電話で、何かを調べて、今週は大きいぞなどと言って、喜んでいました。
ですが、お母さんは、徐々に、嬉しそうではなくなっていきました。
日曜日の夜、ついに、お父さんとお母さんは、喧嘩をしました。
お父さんが、お仕事を辞めると言い出したのです。
お母さんは、小摩ちゃんに、あなたのせいで、お父さんがダメになったと、怒りました。
この間まで、あんなに、二人で喜んでいたのに。
小摩ちゃんは、そんな二人を見て、とても悲しい気持ちになりました。
翌週、小摩ちゃんは、また変な夢を見ました。
ですが、また、お父さんとお母さんが喧嘩すると思い、見なかったと嘘をつきました。
ところが、お父さんは、見たはずだと、怖い顔で、小摩ちゃんに言いました。
小摩ちゃんは、そんなお父さんが怖くなり、泣き出してしまったのでした。
その日から、小摩ちゃんは、ぱたりと、変な夢を見なくなりました。
それから、しばらくしたある日の夜、久々に、小摩ちゃんは、おかしな夢を見ました。
前に見た、光の中の人の夢です。
光の中の人は、お礼はどうだったかなと、小摩ちゃんに聞きました。
もう、十分、お礼になったから、小摩ちゃんが黙っていたと思ったのでしょう。
ですが、小摩ちゃんは、私のせいで、お父さんとお母さんが喧嘩しちゃったと、泣き出してしまいました。
お父さんも、お母さんも、あんなに優しかったのに。
光の中の人は、戸惑いました。
お礼のはずだったのに、とんだことになってしまったようだ。
では、代わりに、お父さんとお母さんが、仲良くなるようにしてあげよう。
いつも、食べ物をくれる、お礼だから。
それからしばらくして、小摩ちゃんには、弟ができました。
お父さんもお母さんも、弟の世話ばかりで、前ほどには、小摩ちゃんに優しくはなりませんでした。
ですが、前より、にこにこしている日が、多くなった気がします。
そのせいか、前より、胸の中が、ぽかぽかする日が増えた気がしています。
ある日、小摩ちゃんは気がつきました。
よく見ると、観音様のお顔の上に、お馬さんの顔が掘られていました。
だから、あの時、お父さんは、お馬さんを見て、喜んでいたんだね。
あれからも、ずっと、小摩ちゃんは、観音様の彫られた石に、食べきれなかったパンを供えています。