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7. 回想――ロマナという人物

昨日、帝国皇子ネトバスの暗殺未遂があったらしい。

アイゼンバッハ先生が朝一番に私たちに注意を促した。

まだ刺客は捕まっておらず、特に高貴な身分の者は一人で行動しないようにと。

すでにウラクス騎士学園は累卵の危機にあるのか。


……刺客。

ネトバス皇子を殺そうとした目的は?


そこで私は思い至った。

皇子を殺すことで、国際問題に発展させようとしたのでは?

ウラクス騎士学園で被害者が出れば、公国の責任となる。


まさか時を遡った『犯人』が刺客なのか?

だが、未来で戦争を起こしたのもネトバス皇子本人だったはず。

あの皇子を殺せば戦争が起こらなくなる可能性もある。


「今回、ネトバス皇子を助けたのはアルトン、ロマナの二名だ。二人の働きに称賛を送ろう」


先生がそう言うと、生徒たちが拍手を送る。

私も前に習って手を叩いた。


アルトンにロマナか。

……となると、その両名が『犯人』の可能性は低いか?

いや、断定はできない。

そもそもネトバス皇子が生きていなくては、戦争が起こらなかった可能性もあるのだから。


これは噂に過ぎなかったが、ネトバス皇子は突然ひとが変わったように狂暴になり、公国へ侵攻を命じたという。

前代皇帝を謀殺し、自分が帝位に就いて戦争を起こしたと聞いている。

つまり、ネトバスを殺すことで戦争を起こしたかったのか、ネトバスを生かすことで戦争を起こしたかったのか……不得要領な問題である。


まだアルトンとロマナは白と言えない。

ロマナ……未来ではどういう行動を取っていたか。

正直、思い出したくはない。

だが必要な情報だ。


 ***


ムイネレフ男爵令嬢ロマナ。

卓越した治癒魔術の腕を持ち、多くの仲間を助けていた。

同時に氷の魔術にも優れており、戦時は状況を有利に導くことが度々あった。


臆病ながらも戦時は頼もしく。

公国の兵士からの好感度はとても高かった。



「きゃはははははっ! あぁ、馬鹿みたいですね!? 私に傷を癒してください……なんてお願いして、みーんな毒で殺されました! きゃはははっ!!」


……あの日までは、私もロマナを信じていた。

高らかに笑うロマナを前に私は立ち尽くす。


戦火の中、公国の兵士がみな倒れていた。

彼らはロマナが診ていたはずの負傷兵。

中には共に学んだヴァレリアの姿もあった。

周囲の天幕もすべて燃やされている。


みな、死んでいる。

確実に死んでいる。

信じていたロマナに殺されたのだ。


――"ロマナ、なぜこんなことをした"


私の問いにロマナは目を丸くした。

高笑いは一瞬で失せ、彼女はだらりと両手を下げてうつむく。


「ええと……えっと。す、すみません……悪気はないんです。あ、あの……本当に私は最低だと思います。人倫にもとる、最低最悪の女です。仲間のみんなを殺すつもりではありませんでした」


――"彼らはロマナが殺したのではないのか"


「あ、はい、そうです。私が……ふふっ、私が殺しました! 裏切られて無念でしょうねぇ……ああ、本当にごめんなさい……! 特にヴァレリアさんはずぅーっと、私に優しくしてくれたんです。本当なら殺したくはありませんでしたよ……」


……常軌を逸している。

正真正銘の変心だ。

臆病ながらも心根は優しい少女……そう思っていたのに。


憤懣やるかたない。

私はなぜ彼女の異常性に気づくことができなかったのか?

それとも、つい最近になっておかしくなったのか?


――"裏切った理由を教えてくれ"


「あ、理由……? ええっと、人間は利己主義な生き物ですよね? この戦争だって私欲で起こされたものです。そこに平和が転がっているのに、無意味な戦争は起きてしまった。それって人間の欲望があるからですよね?」


ロマナの問いに私は黙した。

煌々と燃ゆる炎の中、彼女は平然と講釈を垂れている。

なんだかアイゼンバッハ先生の講義を彷彿とさせた。

章々として彼女も同じ教師のもとで学んだのだから。


「私、人が嫌いです。悪意を持った人がいるから私が被害に遭うんです。でも人の悪意をなくすことはできないから……自分の安全を確保することにしました。ある日、大嫌いな実家から誘いを受けたんですよ。公国を裏切って、帝国と組め……ってね。なんと、頼もしいことにネシウス伯爵家も謀反に協力してくれるんですっ!」


――"だから裏切ったのか。それほどまでに私たちの絆は浅いものだったのか"


「き、絆……ふへっ。そんなふうに私を思っていてくれたんですね……嬉しいです。私ももう少し、みんなを信じられたらなぁ……でも死ぬのは、痛いのは嫌ですから。この戦争、どう見ても勝つのは帝国です。私は死にたくないので帝国の味方をしますね!」


私はそっと武器を構えた。

もう彼女に言葉は届かないのだろう。


――"みなが今のロマナを見たら悲しむだろう。だから私がここで始末してやろう"


「ひえええええぇっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 痛いのは嫌です! 殺さないでぇぇええええっ!!」


わめき散らす彼女を前にしても、私の心は動じない。

すでに精神に異常をきたしている。

知性のない動物と同じだ。


私が戦意を収める気配がないのを見ると、ロマナは笑った。


「あ、命乞いは無駄ですか。ひどいなぁ……仮にも同じ学園で学んだ同志じゃないですか」


――"学友のヴァレリアを殺した分際で何を言う"


「えっ!? ヴァレリアさんが死んでる!? ひぃいいっ!」


もういい。

黙れ。


私はロマナに全力で殺意をぶつけた。

さすがに手強かったが、何とか仕留める。

私とロマナの実力はほぼ拮抗していた。


「あぁ……痛い、痛いですぅ……」


倒れ伏すロマナ。

しかし私は警戒を解かずに尋ねた。


――"言い残すことはあるか"


しばらく沈黙が続いた。

灼熱に渦巻く沈黙、やけに長かったのを覚えている。


「あのぉ……輪廻転生って思想、あるじゃないですか……かはっ」


口から血を吐きながらロマナは語る。


「私、来世はもうちょっとマシな家に生まれたいです。自分のいびつさを環境のせいにしたくないですけど、この残念な性格って環境のせいなんですよ。どう考えても。……あ、意識が飛びそう」


思えば、私はロマナがどう育ってきたのか知らなかった。

誰も知らなかったのだろう。

だからこそ彼女の心に寄り添ってくれる人がいなかった。


ロマナの凶行を許すつもりはない。

だが、かつて同じ学び舎で過ごした生徒として……知る必要はあると感じた。


「もしも人生がやり直せるとしたら……私はどうするんだろうなぁ。また歪むのか、反省して真人間になるのか。ま、わからないですよねぇ……」


――"ロマナ、私は……"


「あ、すみません。そろそろ限界なので死にます。さようならぐふっ」


空気を読まずロマナは死んだ。

言いたいだけ言って、暴れたいだけ暴れて、死んでいった。



――"この外道が。せいぜい安らかに眠れ"



私は吐き捨て、その場を去った。

あぁ、アルトンにどう報告しよう……。

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